【7】勇者王子の一日、お昼、不揃いのサンドイッチ
お勉強をしたあとは、お昼だ。
「ゼバス、僕も作る」
「ありがとうございます」
離宮のちいさな
「こちらをお好みで重ねてください」
お手伝い用の台にのったアルトルトの前に、パンに、レタスやトマト、キュウリなどの野菜、ハムやチーズのサンドイッチの材料を並べる。
「わかった。僕の好きでいいのだな?」
「セロリを抜いてはダメですよ」
ポタージュをかき混ぜながら、ゼバスティアが告げれば「う……」と後ろから聞こえた声に、口の片端をつり上げる。振り返らずとも、眉を下げた可愛い顔が思い浮かぶ。
「セロリごときに怯えていては、ご立派な勇者となって魔王は倒せませんよ」
「せ、セロリなど、怖くはない! それにゼバスのマヨネーズなら食べられるし……」
「ありがとうございます」
そう、セロリ嫌いのアルトルトのために、この魔王が三日もかけて開発したマヨネーズなのだ! おいしくないわけなかろう! と、心のなかで胸を張るゼバスティアだった。
アルトルトがあれもこれもと欲張って重ねたため、具だくさんだがちょっと不格好なサンドイッチが出来上がるのは、いつものこと。もちろん、しっかりセロリもはいっている。それに揚げたイモを添えるのも定番だ。今日は小さなコロコロした小芋が手にはいったので、それを皮ごと丸揚げにした。
それに牛乳たっぷりのポタージュ。こちらもしっかり煮込んで形のわからなくなったセロリ入りなのは、内緒だ。
デザートはうさぎさんの形にきったリンゴに、カラメル輝くプリンだ。
「いただきます」
ちょこんと席についたアルトルトは、横目で見て。
「今日もゼバスは一緒に食べてくれないのか?」
「食べておりますよ」
席についたアルトルトの横に控えた、ゼバスティアは、皿を片手に優雅にサンドイッチを口に運ぶ。
「そうじゃなくて……」とアルトルトがつぶやく。手にとったサンドのトマトと目玉焼きの断面に瞳を輝かせて、がぶりと一口。口の端についたケチャップをゼバスティアがさっと取り出した、ナプキンで拭いてやる。
「…………」
そんな自分の顔を恨めしそうに見るアルトルト。上目づかいの大きな瞳が愛らしい。その姿は、仔犬がおねだりする姿のようだ。
アルトルトが言いたいことはわかっている。ゼバスティアにも、一緒のテーブルの席について食事して欲しいということだろう。
しかし、アルトルトは王子であり、ゼバスティアは執事、使用人なのだ。主人と一緒の席で食事などけしてありえない。
いくら、この場が二人きりであっても、その“けじめ”はつけねば。
「トルト様のサンドイッチはとても美味しゅうございます」
「僕ははさんだだけだぞ」
「それでもです。トルト様が作ってくださったと思うだけでも、美味に感じます」
「それは、僕がゼバスのご飯を美味しいと思うのと同じだな!」
少し不満げだったアルトルトの顔は、ようやく満面の笑顔となって「このポタージュも大好きだ」とご機嫌となる。
本当は、使用人が食事の姿を主人に見せるだけでも、あってはならないのだ。しかし、アルトルトの喜ぶ顔が見られるのならば……と、つい甘くなってしまうゼバスティアだった。
そして、お昼のあとは食後のお茶に、椅子でうとうととし始めるアルトルトを、ベッドに運んでのお昼寝の時間となる。
すやすやあどけなく眠る姿は、神聖にして清らかで、ベッドの傍らに両膝をついてつい、お祈りしたくなるほどだ。いや、魔王がなにを祈るんだ? なんだが。
しかし、ぷくぷくしたほっぺに、色付いた薔薇色の頬にさす、長いまつげと。その大きな瞳をふせていても、愛らしい。普段の天真爛漫な元気さが隠れて、神秘的でさえある。
……と、その寝顔を傍らで無表情に見つめながら、ゼバスティアは悶々と想いを飛ばした。お昼寝する幼児に熱視線を送りながら微動だにしない、魔王の姿を見たら、側近は涙するだろう。
魔王様、それではヘンタイです!
と……。
本人は執事として主人の眠りを、見守っているつもりである。そして、そんな視線をガンガン受けながら、すぅすぅと寝ているアルトルトも、さんちゃいだが、さすが勇者! 大物であった。
◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇
お昼寝をたっぷりしたあとは、遊びの時間だ。勉強は午前のみ。お昼寝のあとは剣の稽古をすると言った、アルトルトを、詰め込み過ぎはよくないと、たしなめたのはゼバスティアだ。
「アルトルト様のお身体はお小さい。剣を振るう前に、まずは軽い運動からはじめましょう」
そもそも三歳児が剣を振るうこと自体が早いのだ。無理に素振りなどすれば、へんなクセがつくどころか、身体が歪む可能性もある。
なんで魔王がそんなことを知っているか? 我に知らぬことなどないのだ! そう、一晩で古今東西の人に関する医学書に教育書、一万冊を速読しまくったぐらいにはだ。
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