【6】勇者王子の一日 お手伝いとお勉強

   


「ありがとうございます」


 初日は指パッチンですべて整えたところ、「もう終わったのか、ゼバスはすごいな」とアルトルトにしょんぼりした顔をされたのだ。『失敗した』と思ったゼバスティアは、それ以来、寝室の清掃はともかく、ベッドメイクだけは、わざとゆっくりすることにしている。

 もちろん、かわいいお手伝いさんの到着を待つためにだ。ゼバスティアの持ったシーツの反対側を「んしょ、んしょ」と持つ姿は、なんて可愛らしい。シーツの長さにまだまだ足りない、両手を一生懸命広げる様も。


「トルト様に助けて戴いて、このゼバス、大変助かっております」

「どういたしまして」


 えっへんとちょっと生意気に得意げな顔もまた、頭からバリバリと食べたくなるぐらい可愛らしい。その尊さは、空は抜けるように青く、小鳥が歌い、緑はキラキラと輝き(以下略)。


「さあ、出来ました」

「うん、できた」


 ゼバスティア側のシーツはぴしりと皺一つないが、腕の長さが足りないトルト側はその端がくしゃくしゃだが、それがどうしたというのだ。一仕事終えたと満足げなアルトルトの背に、白手袋の手をあてて退出をうながす。

 そして、振り向きもせずにゼバスティアはもう片方の手で指をぱちりと音無く鳴らす。

 そのとたん、乱れていたシーツの端はぴしりと皺一つなく整えられた。




   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇




 朝食を食べて“お手伝い”をしたあとは、アルトルトは文字を手習いし、本を読む。

 三歳なのだからまだまだ遊んでいればよいと、ゼバスティアなどは思うが、これはアルトルトが決めたことだ。


「ぼくはゆうちゃなのだから、武芸だけでなく勉学もできねば、立派な大人になれない!」


 なんと尊い! と、それを聞いたときゼバスティアは、悶え床をダンダンと踏み鳴らしそうに……もとい。


「ご立派にございます、トルト様」


 と胸に手をあてて一礼をした。

 そして、今日もアルトルトは羽ペンを手に、一文字一文字丁寧に書き写す。それをゼバスティアは横に立って見守る。

 教師など当然いない。要求したところで、あの継母王妃のザビアが寄こすわけなどないのだ。そんなわけでは、ゼバスティアがすべて教えている。


「しまった。字をまちがえた」

「大丈夫にございます。一文字程度、意味はわかります」


 そう三歳の手習いなのだ。今はそんな些細なことにこだわらずのびのびと……と、ゼバスティアは微笑む。


「でも、間違いは間違いだ。もう一度書く」

「ご立派にございます、トルト様」


 アルトルトはふたたび、丁寧にゆっくりと書き直す。三歳なのだからもちろんつたないが、大きくてしっかりした文字だ。大地に両足をふんばるような、その文字だけでいいと、ゼバスティアは微笑む。

 手習いをしたあとは本を読む。声をあげて、ゆっくりとだ。その声も大きくはっきりしていて、大変よい発声だと思う。よく舌が回らないところは、ちゅるとか怪しい発音になるけれど。ちゅるちゅるちゅる、ああ、その可愛らしい声もイイッ!! と、心の中で床をごろんごろんし(以下略)。

 しかし、その声が止まり、アルトルトは口に手を当てて考えこんでしまった。


「どうかいたしましたか? トルト様」


 まさか、自分が編集した、ちゃんさいじ……ではない、三歳児でもわかる良い子の歴史書に、不備でもあったのか? と不安に思いつつ、ゼバスティアは涼しい顔で訊ねる。

 そう、アルトルトが読んでいる、歴史書はゼバスティアがてづから執筆したものだ。三歳児のための歴史書がないのは、人間界とはなんと劣っているところだろう! とぶつくさいいつつ、魔界の学者共を指揮してだ。

 魔梟の学者長は内心で『魔王様、魔界にも幼子のための歴史書などありませぬ』と内心思ったが、口にしなかった。

 かくして幼児が持っても重くない、幻想獣の革の装丁に、軽く薄い天草紙の世界で一つの特製、歴史絵本が出来たのだった。


「大王ロロが、偉大な王なのはわかった。でも、作物の不作で困った民を、道を作るのにかりだすのは、おかしいと思う」

「彼らには十分な食べ物も日給も住居も与えられたと書かれているでしょう」

「たしかにそうだ。でも困っているのだ。仕事などさせず、すぐに必要なものを与えるべきではないのか?」

「それは、いつまでにございますか? 困窮した者達を働かせずに、一生すべてお国が面倒を見ると?」

「それは出来ない。国は民が働き納めた税で成り立っている。王や貴族が勝手に使ってよいものではない。国を守り、人々の暮らしをよくするために使うものだと、本で読んだ」


 うーんうーんとうなるアルトルトにゼバスティアは目を細める。本とは、当然ゼバスティアが監修した、良い子のための国と税の成り立ちだ。

「そうか! だから、大王ロロは民に仕事を与えたのだな。働けば食べ物や住むところが用意され、必要な物も買える金も与えられると」

 ひらめいたとばかり大きな目を見開いた、アルトルトに、ゼバスティアは静かにうなずく。


「すばらしいお答えにございます、トルト様。すべての人はトルト様のように、良い子ばかりではありません。働かずに欲しいものが与えられれば、それが当たり前となり、ナマケモノばかりとなるでしょう」

「ナマケモノばかり……では困るな。民が働き王や貴族は、民と国のために奉仕するべきものだ」


 これも、良い子のための帝王学の文句だ。もちろんゼバスティア監修の本である。書きながら、さて、そんな崇高な精神の王や貴族どもなど、皆無ではないか? とは思ったが。

 しかし、これも清く正しく勇者を導くためだ。勇者とは常に理想高くあらねばならない。

 そして、綺麗な心と身のまま、将来は魔界の聖堂で、自分とリンゴーンするのだ! 

 梟の学長が魔王ゼバスティアの決意を知ったなら、内心でつぶやいただろう。

 魔王様が育てているのは良き花嫁ではなく、勇者なのですか……と。



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