謁見の間

 帝のおわす壇上には天井より幾重にも羅紗らしゃがかけられており、玉座も帝も見えない。

 だが重量のある足音が聞こえ、ドスンと尻を落とした様子は、一同息を殺した広間によく響いた。

「始めよ」

 雷鳴のような不機嫌なうなり声が聞こえる。

「謁見を始める! 各々、献上物を用意せよ! 一番! ジョウルモ司祭!」

 最初に進み出たのは、帝の系譜末席の辺境諸侯。

 司祭とされているが、三代前の政変で王への弑逆しいぎゃくを狙い、計画が露見して一族郎党処刑された。

 国教の庇護下にすべり込み、どうにか難を逃れたが、その際建前上すべての財を喜捨したという形をとった。

「信者より、帝への献上品でございます」

 差し出された品は、司祭の地元で採鉱できる水晶柱である。

 献上という形を取っているが、実質はただの租税。

――なんだ、あのしょぼくれた鉱山の主ではないか。

 献上品は司祭の財を食いつぶす形で準備されており、今代はもはや老い、次の代にはその財も枯渇すると言われている。

――我らを鼻で笑っている場合でもなかろうに。

 エラゴステスは陰険な気分になる。

 鼻息聞こえんがばかりに嘲笑ったのが、この司祭であった。

陳情ちんじょうを申せ!」

「御帝の壮健こそ、我ら下々の望みにございます」

 いつでも処刑名簿の最上位にいる血筋である。屈服の姿勢を見せる以外の選択はなかろう。

「二番! 養蚕施設長ザレイシフォ!」

 ひょろりとした若き男が、薄絹の束をもって進み出る。

 宝物係の男が、儀礼的にその品質をあらため、よしとうなずく。

「陳情を申せ!」

 男がうやうやしく首を垂れ、掲げた両の指を僅かに重ねて言う。

「帝の養蚕場の上流にて、野党共が暴れております。討伐に行かせた者たちは、逆に討たれてしまいました。何卒きゃつらめの討伐を」

 うなり声が聞こえた。

 遠雷の天鳴りと思ったが、それが帝の声であったと、大臣が羅紗に入って気づいた。

「ザレイシフォ。貴様養蚕施設の長でありながら、何故その身で討伐にむかわぬ」

 大臣が戻ってザレイシフォに問う。

「わ、私はしがない職人で……!」

「その者を獄に!」

「お慈悲を! 何卒なにとぞお慈悲を!」

――確か施設を任された二代目であったか。親は勇壮と聞いたが、子育ては柔弱であったようだ。

 二人つづけての惨状に、エラゴステスは帝への同情を禁じえなかった――グツグツとなにかを煮るような音――羅紗の中でのうなり声が、笑いと気づくまでは。

「三番! 帝都建設次長ガルゴラン・クパレ!」

 その名を聞いて驚いた。

 クパレは王家の名である。

 現帝の名も、ギングリン・クパレ。

 もっとも帝位にあるうちに王族以外がその御名を口にする事は、重罪である。

「昨日午前に、二年にわたる、南方橋梁改修が終りました事を、共に寿ことほぎたいと馳せ参じました」

 男は帝の弟である。

 南側には大門があり、空堀をかける橋は長く改修していたが、この程ようやく修繕が終った。

 ガルゴラン・クパレの献上品は、言葉通りにあえせんである。

 山盛りの高価な食材が、巨大な篭に狭しと盛られている。

「では毒見ののち、無事開通の儀を終えた夕べに、これを用いよう!」

 大臣の声はいちいち喧しい。

 開通の儀は長久を祈るための儀式だが、国教の教えに従えば、首長たる帝が一番にその橋を渡らねばならない。

 謀略を好む者には絶好の機会となるので、当日の警備はさぞ厳しいものになるだろう。

 王族でありながら、三番目に呼ばれるこのガルゴラン・クパレのような者は、警戒される一人なのかもしれぬ。

「四番! 西部警備軍長ハルニニが従者、トロポサ!」

 またも美丈夫である。

 将軍が戦場に連れてゆく、男娼であろう。

「現在南より敵救援の進軍兆候アリ。戦域を遷移させるべく奮闘中であります」

 この謁見は、報告の意味合いが強いようだ。

 ハルニニは音に聞こえし猛将だが、西の帝国との小競り合いではかなり苦戦させられていると聞く。

 主因は馬である。

 砂漠地域は暑さ乾きに耐久力と持久力のあるロバやラバが遠征の主たる足だが、涼しい西方では脚力の強い馬を使う。

 物資を運ぶだけでなく、馬を戦闘機動にも使うので、ハリングツが派遣した軍隊は自然、後手後手に回る。

 ハルニニの得意な包囲戦術が、機動力の高い敵には通用しないのだ。

――一度砂漠まで引き下がって戦えばよいのだ。草と水を大量に消費する馬は、砂漠で長くは使えぬ。

 素人のエラゴステスにすら分かる戦略だが、退けば死罪が軍規である。

 非現実的な軍規の在り方が、長年にわたる帝国の組織硬直を物語っている。

――成程それで“戦域の遷移”などという持って回った表現なのだな。

 要は撤退であるが、古来軍隊はこの表現を嫌う。

 それを行うのは敗軍の将である故だ。

 ゆえに様々な言葉で虚飾し、時には敗退をも勝利かのように偽装する。

 このあたりの理屈、商人のエラゴステスにもよく理解できる。

 言葉一つで、商品の価値は変動するのだ。

「遷移は、ならぬ」

 帝がうなる。

 銅鑼を打ち鳴らしてこするような、胴間声どうまごえ

「ハルニニは、いくつも予の命を破ってなお、戦場から戻らぬ。何を暢気に報告などしておるか」

 なんと、くだんの将軍は帝命を無視して、戦地に居座っているらしい。なんとも痛快な話である。

「その者を、鞭打ってハルニニのもとに返せ」

 衛士が男を連れて行った。こうなる覚悟をしていたのか、男は抵抗しなかった。

 大臣が告げる。

「五番! 段通職人組合施設長デルギンドリと、商人エラゴステス!」

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