都市国家ハリングツ

 製作を始めて五〇〇の日を数えた。

 大段通は見事なる美品に仕上がった。



 説明が前後するが、都市は名をハリングツという。

 内陸部、砂漠気候の外縁にある。

 周辺部族を併呑した、小さきながらも帝国の首都である。

 城塞都市であり、城内は名目上、王城であった。

 エラゴステスは、そこに荷車を進めていた。

 防衛のため、通りはすんなりとは進めぬものの、人は場外ほど多くはなく、雑多ではなく、みな身ぎれいであった。

 荷車はたったの一台。

 エラゴステスとティグル、そしてデルギンドリ、さらに吟遊詩人の四名と、ようやく完成した段通が乗っている。

 段通は折りたたまれ、厳重に封が為されている。

「あれなるが天守だ」

 デルギンドリが、緊張した声で言う。

 通りを進んで現れたのは、実用一辺倒の外縁部城塞とはうって変わった、壮麗な城壁である。

「ふむ。聞きしに勝る、立派なものだ」

 エラゴステスも圧倒されている。

 今から謁見するほどの貴人に、これまで面会した事がない。

 ティグルは静かなものだ。

 悪ければ自分が死ぬだけ、とでも思っているのだろう。

 門前にたどり着く。

 堀があり、橋が渡してある。

 屈強な衛士が、長き槍を交差させて荷車の前進を止める。

「何者か」

 衛士の長が誰何する。

「段通組合施設長のデルギンドリと、商人エラゴステス。後は従者と吟遊詩人だ」

「何用か」

御帝おんみかどへの献上である」

 衛士長が部下に、彼らの身元と荷車と荷物を丹念に調べさせ、目録とを照らし合わせる。

「通れ」

 城門が開き、跳ね上げ式の橋を荷車が渡る。

 ここから先が、実質の王城である。


 内部の壮麗さは、外観以上であった。

 ここが話に聞く天国であっても、おかしくないとエラゴステスは思った。

 庭園は緑にあふれ、舗装は艶をはなつほど見事に磨かれ、宮殿は石づくりの強固なものであった。

 宮殿内部の宝飾は、いずれもエラゴステスが扱った事がないほどの美術品で、商人心を大いに刺激された。

「宮廷であるぞ。あまりきょろきょろ見ぬよう」

 案内を務める男娼が言う。

 チョビ髭の、色気はあるが嫌味も強い男だ。

――確か、帝の従弟であったか。

 今代の帝は、浪費はせぬが色を好むこと見境がなかった。

 女、男、幼きも若きも老いし者も、美しければ皆閨房けいぼうに上げた。

 大男である。

 とは聞いているが、玉体の評価など衛士に聞かれでもしたら、死罪である。ので誰も何も口にしない。

 謁見えっけんの間には、エラゴステスのほか、貴族や神職、御用商人たちがひしめいていた。

 皆内部の宝飾に劣らぬ衣装に身を飾り、献上品もいずれ劣らぬ美品である。

 エラゴステス一行は、その中であまりにも見すぼらしく、場違いであった。

 彼らも明らかに侮った態度で一行を眺め、鼻を鳴らして笑う者までいた。

――何を。砂漠の商人の心意気、見せつけてくれる。

 エラゴステスの反骨心が、背骨をゾワゾワざわめかせる。

 デルギンドリはすでに委縮しており、連れてきた吟遊詩人も不安げにオドオドとしている。

 ティグルのみ泰然としていて心強い。

 ふと、風が変わる。

 ざわめきが止み、全員がすみやかに腰を落として首を垂れる。 

 一行もそれに倣うと、親衛隊たちが足音をそろえて威圧的に入場し、兵器を鳴らして謁見の間、奥の高台を背にとり囲んだ。

 部屋の隅につめていた楽団が、帝の将来を告げる楽句を奏でる。

 割れた角笛の音が耳を刺す。

「帝の御成おなりである!」

 進行係の大臣が、謁見の開始を宣言する。

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