第20話

 翌年、3年生にあがった美羽は、月光園に入り浸る日々が続いた。


 週2日の実習に加えて、公開日には月光園の手伝いも入る。ますます家から足が遠のく美羽に、家族は何も言わなかった。




「じゃ、今日の配置はーっと」


 3年生になって初めての公開日。ロビーに集められたのは、3年生と4年生。久しぶりに1学年上の先輩たちと会った。


「佐倉さん、久野さんは受付、そのサポートに江崎くんと望月くん。売店は九條さん、福山くん、増井くん。松山くんが3人に教えてあげてくれ」


「はい」


 美羽に任された仕事は、安珠や京とは違うもの。杏珠がそばにいないのは少し心細いが、博之や康介が一緒にいるのだから、不安に思うことはない。それに、不愛想だけど親切な先輩もいる。


「3年生が仕事を覚えたら、4年生の3人にはもっと飼育員に近い仕事を教えるから、できるだけ早く覚えてくれ」


「はいっ」


 責任重大だ。それぞれが気合を入れ、それぞれの持ち場に入っていく。


「九條さんはレジに立って。男子2人は売り場担当。とりあえず、どこに何が置いてあるかは覚えた方がいい」


「はい!」


 博之と康介が売店内を回る。


「九條さん、こっち」


「はい」


 美羽は松山に呼ばれてレジの前に立った。


「レジ打ちの経験は?」


「……ありません」


 当然だ。アルバイトなんてさせてもらっていない。こんなところで活かせるなら、父に頼んでアルバイトの1つでもしておくべきだったか。


「そんなに難しくないから」


 そんな美羽の不安な気持ちを拭うように、松山は優しい声音でそう言った。


 そしてその言葉通り、1つ1つを丁寧に教えてくれる。


「わからなかったら聞いてくれ。近くにいるようにする」


「ありがとうございます」


「松山センパイ、売店って客多いんですか?」


 美羽が答えた時、店内を回り終えた博之が戻ってきた。


「月光園に来た客は記念にって寄っていくし、入園料が高くて払えない人も、安いグッズ1つくらいはって買いにくる客もいる」


「うわ、マジか」


「だるいとか思うなよ、ヒロ」


 さっそく友人を牽制する康介と一緒に、美羽も博之を睨む。


「はいはい、わかったって。怖いなー、もう」


 2人の友人からにらまれた博之は、冗談っぽく両手を挙げて降参を示した。


「月光園って、こんなにグッズ作ってたんですね」


「一応ネット販売もしてるらしい。遠方の客が注文したのを、梱包して送ることもある」


「ほえ~。物好きだな」


 月狼たちの世話をしたいと思っている側の人間なのに、客に何を言っているのだろう。博之には呆れることもできない。




「いらっしゃいませ」


 客が1人入ってきた。


「もういいのかしら」


「どうぞ」


 月光園の方の開園時間にはまだ早いが、売店の開店時間は少しだけ早い。


 その1人を皮切りに、数人の客が続けて入ってくる。


「すみません、ネットで見つけたこれほしいんですけど」


「あ、こちらですよ」


 博之はもう慣れた様子で客を案内する。接客の経験があるのだろうか。


 といっても、売店自体は小さい。小さな店内に、いろんなグッズが雑多に置かれている。


 月狼は意外にも人気なようで、月狼の写真がプリントしてあるグッズがたくさん並ぶ店内は、にぎやかだ。


「お願いします」


 客がレジに商品を持ってくる。すごい量だ。一瞬戸惑うが、


「はい」


 と笑顔を作ることはできた。


 大丈夫、落ち着いて。難しいことは何もない。商品のバーコードを読み取り、ボタンを押すだけ。


「4300円になります」


 合計金額を伝えれば、客は現金で支払う。お釣りを渡せばそれで終わり。


「ありがとうございました」


 最後にできるだけ明るい声で挨拶すると、


「よくできてた」


 隣から褒めてもらえた。直接的な接点はほとんどない先輩からでも、褒められるとやっぱり嬉しいものだ。


「ありがとうございます」


 美羽が微笑むと、彼の表情も柔らかくなった。


「おねえちゃん、おねがいします」


 今度は小さなお客さん。買っていくのは鉛筆か。


「はい、どうぞ」


 お金をもらって商品を渡してあげると、


「ありがとーございます!」


 と元気な返事が返ってきた。少し離れたところで待っていた母親らしき女性に駆け寄っていくその横顔は、楽しそうな笑顔。


「おじいさん、もう順番ですよ」


「あぁ、はいはい」


 次の客は老夫婦。


「ごめんなさいね。これもお願いできる?」


「はい」


 レジ横の商品も入れて、大きな袋2つ分のたくさんの商品。


「ここは素敵なところね。九州から来た甲斐があったわ」


「そうおっしゃっていただけて光栄です」


「ふふふ。あなた、まだお若いけれど、お仕事頑張ってね」


「ありがとうございます」


 温かい出会いが、そこにはあった。




「疲れたぁ」


 ようやく閉園時間を迎え、山を下りながら、博之が声を上げる。


「ほんと、怒涛のような一日だったね」


「受付なんてすごかったよ。いつもは少ないと思ってたのに、あれってごく一部だったのね」


 公開日の月光園を見ることなんて、これまでに何度もあった。しかし、実際裏方として働いてみると、普段は見えなかったものが見えるもの。


「美羽は元気みたいね」


「疲れたけど、楽しかったわ」


 働くというのはこういうことなのか。初めてのことで楽しかった。


 月光園の閉園時間は18時を過ぎる。この時間に帰るのももう特別なことではない。


 どうせ父も兄も仕事でいないのだから。


「次の公開日はいつかしら」


「また朝から急に決まるんだよな……。せめて前日までにわかってたら、準備もできるんだけど」


「月狼の気分次第だもん。仕方ないでしょ」


 全て、月狼が一番。月光園はそういう場所だ。


 裏方でもこんなに楽しい。大好きな月狼たちのために働くというのは、どんなに楽しいのだろう。


 早く飼育員になりたい。美羽はそう思った。

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月の光に輝いて~夢を叶える君の物語~ @kinkan0213

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