03.初仕事にて、先輩? 現る

 トイレの神もとい、ヘドバンロリータブラシネキの執拗な追撃から逃れ、なんとか自室まで戻ってきた。

 デッキブラシを、いやらしい笑顔で振り回して、「君も心の底から綺麗になってみたくはないかしら? フフフ……」と追い回される。

 今思い出すだけでもかなり恐怖体験であった。


「しばらくは顔出さないでおこ……」


 心に固く誓い自室のベッドに腰を下ろす。災難もあったが、収穫した情報は多く、その一つ一つを整理していく。

 ここは神の世界で、自分たちは人間世界で神として、人間の生活をサポートする。それで生じる感情を食して生活し、これを毎日繰り返す。


「問題は何のためにこの生活を続けるのかってことだよなぁ。自分自身のこともわからないし、思い出せすらしないんだから」


 それに不思議なのが、食事はあるのに全く腹が減らないことだ。机の上にあった時計を確認すると、時刻は二十一時を回っている。普通であれば飯の一つでも食べたくなる頃合いだ。それでも、食べたい気がおきないのである。

 だが、疲れるという感覚はあった。初対面のトイレの神と一悶着して、嫌でも体に疲労を感じる。

 腹が減らないのに、食を得ることは何を意味するのか。それなのに、疲れたり、恐怖を感じることがあるのはなぜか。


「もし、ネキみたいに趣味的な感じで食事を楽しむことが、正しいのなら、食事が娯楽のような扱いなのかもしれない。でも、望めば色々用意してくれるみたいだしなぁ。そうすると食事が娯楽である意味があまりないし……」


 いくら悩んでも、考えが堂々巡りするだけであった。まとまらない思考に腹が立って、頭をぐしゃぐしゃと掻き回す。


「一体この世界は、俺自身はなんで存在してるんだよ!?」


 思いが言葉となって口から出ていった。その言葉と共に体の力も抜け、ベットに横になる。


「はぁ……とりあえず明日だな。ていうか、トイレの神ってのもあるのはすごいな! 意外とこの世界が人間の想像が元で出来て……たり……し……」


 急な眠気に意識が段々と混濁していく。体の力も抜けていき、水の中で漂うような感覚に落ちていく。


 ――あぁ。眠くはなるのか。


 薄れる意識のかたわらで、ふと思った。






 あれからどれくらいの時間が経ったのだろう、パチッと目が覚めて飛び起きた。時刻は八時半。


 ――よくよく考えたら、神の世界なのに時刻があるんだよなぁ。


 寝起きでも頭は昨日同様に回り、「不思議だなぁ」で完結していったそのとき。


 ――仕事ノ時間。九時ヨリ二十一時マデ。人ノ子ノ魂ヲ十人連レヨ。


 頭の中に鎌を触った時と同じ声が響いた。


「本格的に仕事ってわけですか。てか普通に書き置きとかでもいいんで、直に頭に話しかけてくるのやめてもらえます!?」


 もちろん返答はない。鎌を手に取って、肩掛けに収める。鏡の前に立って、改めてラフな私服に、鎌を背負っている姿は変だなと思う。

 これだけで仕事が真っ当できるのかは謎だが、トイレの神も自由時間があると言っていた。そこで何かこの世界の手がかりを見つけられるかもしれない。


「さてと……」


 気持ちを切り替えて、緊張しながら昨日の扉へ。期待と不安が入り混じって、扉へ向かう一歩が重くなる。そんな自分を奮い立たせ、俺は扉の前に立った。


「はぁ……高いところは苦手なんだけどなぁ」


 覚悟を決めて扉を開け、右足をその向こうへ入れて、残った左足で地面を蹴って宙へ飛ぶ。

 その段階まで来て一番大切なことを忘れていた。


 ――飛ぶ具体的な方法って、なんか言ってたっけ?


 慌てて後ろを振り返るも、そこには扉はなく、果てしない青空が広がっていた。

 

「ちょっ!」


 必死にもがくも、体は重力に捕まって、落下していく。体が回転して、目の前の景色が目まぐるしく変わる。緑に囲まれた山々、点々と広がる建物、青く広がる空と海、輝く太陽。

 アドレナリンドバドバの頭は、打開策を提示してくるが、どれも成功しそうにないものばかりであった。


「やっばいこのままじゃ死ぬぅ!!! ハッ……」


 そこで俺は閃いた。こういう時は"飛びたい"とか"飛べ!"と念じれば、飛べるようになると相場が決まっている。

 トイレの神も念じて神の世界に戻っているのなら飛ぶことだって同じであろう。

 全身に力を入れて、心の底から願い、叫んだ。


「とべぇぇぇええ!!!」


 その結果、飛べなかった。ライト兄弟もニッコリ。「そう簡単に飛べるわけねぇだろ、甘えんな」という声が、脳内で自動生成される。


「さよなら世界。うああああ!」


 野太い声と共に俺は地面に激突した。痛みはないし、頭も回る。どうやら無事だったようだが、腰が抜けてしまっているみたいだ。


「はぁ……はぁ……こんにちは世界」


 涙目の俺は震える下半身を、ゆっくり動かしてなんとか起き上がった。背中から鎌をとり、地面に突き立て杖のようにする。その瞬間。フワッと体が宙に浮いた。


「……ほぇ?」


 何が起こったのかわからず、思考停止する。さっきまで恐怖と絶望の中、飛べずに落下し切ったのに、今は難なく飛べている。

 何も考えずに鎌を背中に戻してみる。そうしたらストッと静かに地面に降りた。

 また鎌を手に取ってみると、フワッと宙に浮いた。


「ほ〜ん」


 鎌を全身の力で握りしめて睨みつける。ただの鎌なはずなのに、ふつふつと怒りが湧いてしょうがない。

 だが、道具に怒ったところで仕方がないので、深呼吸をして怒りを鎮めた。


「ちゃんとマニュアルとか作っておいて欲しいな。仕事なんだし」


 鎌を納めて文句を言いながら、まだ若干震える足で歩き出す。


 ――人の子の魂を十人ねぇ。


 その辺を歩いていれば普通に見つかりそうなものだが、そのあたりはどうなのだろうか。

 俺はとりあえず降り立った街中を歩いてみることにした。


「なんだか新鮮だなぁ」


 ついさっきまでは白塗りの世界にいたせいなのか、彩り豊かな人間界は案外悪くなかった。そして、宙には所々綿のようなものが漂っている。


「人間の感情ってのはこれかな?」


 手をその綿に伸ばして、引き寄せる。どうやってりんごの形にできるのかは、わからなかったのでとりあえず丸めてみることにした。


「お! 当たりかな」


 どうやらそれが正解だったようで、綿は青い林檎へと変化した。と言ってもサイズは飴玉くらいで、腹の足しになるかと言われれば、そういうわけでもなさそう。まぁもともと、食べなくても苦ではないのだが。

 林檎を集めながらトボトボと歩いていると、所々に自分と同じような、色白の者たちを見かけた。

 その時、本を読みながら歩いている学生の姿が、なぜか目にまった。それとなくその学生を観察してみる。

 すると、学生は赤信号を渡り、車を貫通して歩いて行くではないか。


 ――死者を判別できる? これも『死神』の力なのか? 


 なんにせよ、一人目発見である。死神とは案外簡単な仕事だと思いながら、学生に声をかけた。


「やぁ! なんの本を読んでいるんだ?」


 連れて行く方法なんかわからなかったから、とりあえずフレンドリーに接してみたが、反応がない。無視されてるのかと思い、もう一度声をかけてみたが、結果は同じだった。


 ――聞こえてない?


 訳がわからず悩み込んでいると、後ろから学生と瓜二つの少年が、慌てふためく表情で二人を追い越して行った。


「今のって……同じ……だよな?」


 呆気に取られていると、後ろから何者かの手が肩に乗った。


「あれは生霊。ああやって、生きた人間の習慣づいた行動が霊として出てくる。あの子の場合、いつもは本を読みながら登校しているみたいだね」

「あんたは?」

「同業者だよ。それも死神。見たところ君は新人みたいだから、先輩って言ってくれると個人的には嬉しいかな。僕たちの固有名詞も職業名だけだから、同業者を区別するとか大変なんだよね」


 ローブのフードを深く被っていて、顔はよくわからないが、様相から見て間違いなく死神だろう。プラスアルファ、先輩呼びを勧めてくるときた。まぁここは合わせてみよう。


「生霊ってことは、連れて行くことはできないってことでいいんですよね?」

「そうなるね。元となる人間は生きているわけだし、仕事は死者の魂を連れて行くことだから。本命はあっち。君にも見えるかな?」


 そう言って先輩は、振り返って指を指した。指が示す遥か先、一本に伸びた光の柱が天に向かって煌々こうこうと伸びている。


「どうやら、見えたようだね。まぁ、近くに死神がもう一人いれば、大抵同じ場所に二人分魂があるものだ」

「普通はあれ見えないんですか? それに二人分って?」

「いや。見えるけど、君には君の光の柱。僕には僕の。要するに自分専用の柱しか見えないんだ。それがおそらく、君と同じ所に見えている。だから、二人分の死者がいる」

「なるほど。じゃああそこに……」

「そう。死者が出るとき、あるいはいる所、その場所を表す天に伸びた一本の光のたもと。それに従って、仕事をするんだ」


 そう言い終わると、先輩はその光へ向かって歩き出す。自分も遅れないようにとすぐにその後をついって行った。

 このときは、このあと起こることが、自身に深く関わってくることだと、考えもしなかった。


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2024年11月26日 17:05
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成化身神ーナルカミガミー 華想 和真 @kazuoka

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