第5話.覚悟


「ここは……」


 自分と同じくらいの歳の黒髪ロングの美少女。

 あられもない姿で維持装置から出てきた彼女に、赤面しながら上着を羽織らせる。


『おかしい……どういうことだ……』


 また小言だろうと思ったカフカは小さく呟いたパラケルススの言葉を無視して、カフカはヒスイに手を差し伸べる。


「はじめましてヒスイさん。僕の名前はカフカ」

「ヒスイ……?」


 いまだ理解できない様子のヒスイ。

 手を取り立とうとするも、崩れ落ちそうになるところをカフカが支える。


『人の娘に色目を使いやがって……』


 ヒスイには聞こえないよう小声で狡猾に嫌味を言ってくるパラケルススを無視してカフカはヒスイを背負う。


「あ、あの……」

「まだ立てないでしょ?地上までおぶっていくよ」


 頬を赤らめ恥ずかしそうに、背に乗るヒスイ。

 その場から立ち去ろうとする一行だが、地下にも響く地鳴り。


『……来たか』

「まさか、ゴブリンキング!?」

『君の残り香を追って、洞窟を破壊しながら着実に施設に迫っている』

「じゃあどうすれば……!!」

『君がこの洞窟に入って来た時点で、全ての情報は把握できていた』

「な、なんで」

『あのゴブリンキングはただのゴブリンキングじゃないんだッ!!そんなことは今はどうでもいい。カフカ。早くその子を連れて地下通路から逃げろ』

「でもッ!!」

『頼む。いまヒスイを救えるのはお前しかいないんだ。早く行ってくれ!!』


 カフカは指示に従い、秘密裏に作られた地下通路の一本道を走る。


「カフカ様……」


 記憶すらもなくしてしまった少女は、悲しげに後方を見やる。


「……」


 真っ暗な一本道をひたすらに走る。

 本当に。

 本当にこれでいいのかと。


「……」


 ―――本当にこのままでいいのか。


 今までの人生も誰かに助けられ生きてきた。

 誰かの後ろで隠れて生きてきた。


『お前は生きている価値もない無能だ』


 脳内でアラタがそう呟く。


『この世界でも役に立たず金魚のフンとして生きてろよ』


 脳内でタクトがそう囁く。


 ―――本当にこのままでいいのか。


『カフカ。強くなくていい。弱くていいんじゃ。人に寄り添う優しさを持て』


 警察官だったじいちゃんがよく言っていた。

 いろいろな犯罪を見てきたと。

 さまざまな人種と触れ合ってきたと。


『己の信念を貫け。心は強くあれ』


 懐かしい言葉を思い出すものだ。

 そうやってじいちゃんは信念を貫き、とある事件で殉死した。

 家族を置いて。


「……結局は、強いものが生き残る」

「カフカ様……?」


 この世界で惨めな思いなどしたくはない。

 あぁ、もう弱かった自分を封印してしまおう。


 デバッファーは最弱職?知ったことか。


 ここにいるのは一之瀬カフカ……ではない。

 異世界で生き延びるため強くなろうと決めたただのカフカだ。


 僕は……。


「……は、お前の親父を助けに行く。ゴブリンキングを狩る」

「お……とう……さん?」

「まだ覚束ないだろうが、お前はこのまま先に進んで逃げ延びろ」

「待ってください……!」


 背を見せたカフカを弱々しい声で呼び止めるヒスイ。


「私も連れて行ってください」

「いやそれは……」


 あまりにも危険な懇願。

 振り返り、断ろうとするも。


「……あぁ、そうか。お前は……」


 記憶がなく、状況さえ掴めていないであろうヒスイだが、その眼差しはあまりにも真っ直ぐで、カフカはしばらく考えた後ため息を吐く。


「わかったよ」

「本当ですかっ!!」

「ただ、俺が逃げろといったらどんな状況でも従え」

「わかりました!」


『ふんす!』と聞こえて来そうなほどに気合の入っているヒスイ。

 カフカは、心の中でパラケルススに謝罪しながらも来た道を急いで戻る。


「大丈夫か?さすがに目を覚ましたばかりで走るのはきついんじゃ……」

「だ、大丈夫です!これ以上カフカ様に迷惑はかけられません」

「そうか、じゃあしっかりついてこいよ」

「はいっ」


 ヒスイは息を切らしながらも、カフカを追従する。

 真っ暗な一本道をひたすらに走る。


「パラケルスス……か」


 疑問の多く残る人物だ。

 最初はただ怪しいおっさんというだけ認識だったが、あの場に俺が現れること。

 そしてゴブリンキングの存在。

 ただの偶然で片付けることはできるのかもしれないが、やはり引っかかる。


「それもこれも、あのおっさんを助ければ聞けるか」


 だが、救出には大きな問題がある。

 当然ゴブリンキングの存在。

 あれは今の自分では到底叶わない相手。

 正面から戦闘しても勝ち目はゼロ。

 スロウをかけたとしても、あいつの俊敏性は俺のはるか先を行っている。

 デバッファーはアタッカーが居てこそ輝く職業。


「悔しいけど、今の俺は最弱職と嗤われても、反論の余地もないな」

「どうかしましたか?」

「いや、なんでもない」


 ましてや、こちらの保護対象は二人。

 かなりの無理ゲーというかほぼ詰みの盤面だろう。

 一人でも生き残れたら奇跡。

 三人無事生還などこのままでは夢のまた夢だ。


「どうすれば……」


 ようやくたどり着いた地下室。


『なぜ帰って来たんだ!?』


 どうやら、通信範囲内に戻って来たのか、再び襟元からパラケルススの声が聞こえる。


「もともとあいつは俺を追いかけてきたんだ。俺が始末をつける」

『無理だ!アタッカーの職が居ない今、君が一人で戦うなんて……!!』

「ひとつ……ひとつだけあいつの隙を作る手段がある」






―――――――――――――――――――――――――――――――――――


もしよろしかったらレビューや応援コメントよろしくお願いします。

作者のモチベになります。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る