第11話 探検は男のロマン
「すっげー!生け簀が空中に浮いている!」
回遊魚であるマグロの生け簀を見て、俺は大興奮だ。さすがは異世界、マグロの養殖用の水槽が宙に浮いているのだ。でっかい丸い球体が、ドカーンと庭に存在しているその様は、まさに異世界で、ただただ感動するしか無かった。
「ケイタ殿、気に入って頂けましたか?」
黒いローブを着た魔法省のお偉いさんだというラムダが、俺の案内役だった。メイドさんでも良さそうなのに、と思ったのだが、何かあった時に俺を守ることが出来ないから、この国で一番魔力に長けた魔法省のトップが担当してくれるのだと説明された。騎士だと力はあるが、魔法に対処出来ないんだそうな。魔法ならシールドの魔法を俺にかけておけば問題ないから、と説明されたけど、じっさいは全く見えていないので俺には実感はまるでない。時々キラキラしたのが視界の端に見えるから、おそらくそれがシールドの魔法なんだろう。
「コレも魔法なの?」
率直に聞いてみた。だって、巨大な水の塊が宙に浮いているのだ。触ってみたらガラスはなくて、直に水だった。舐めてみたらしょっぱかったので、異世界もマグロは海水に住む魚らしい。ただ、生簀の水を舐めたので、ラムダがめちゃくちゃ慌てていたけどな。
「そうです。この設備は我が魔法省が開発したのです」
鼻高々と言った感じでラムダが説明をしてくれた。ようは風魔法との組み合わせで海水が中に浮き、海流が生まれていく仕組みになっているそうだ。物理と地学の組み合わせ的な説明をされて、俺の頭はだいぶ飽和状態になってしまった。
よくわからないが、とにかくすごい!
「サーモンも同じシステムなのか?」
そうなると同じく養殖されているというサーモンも気になるところだ。
「いえ、サーモンは違う設備で養殖されています」
ラムダに軽く否定されたが、そうなると今度はどんな設備なのか気になるところだ。
「それも見たい」
「もちろんです」
ラムダが即答して、次はサーモンの養殖場に向かうことになった。城の中とは言うものの、俺がいたところは内部で今いる所は外部らしい。つまり、内部は王族の生活スペースで、外部は政治なんかを行うスペースらしい。ま、ざっくりとした解釈なんだけどな。マグロとサーモンは国の一大事業だから、城内で行っているんだそうだ。まだ民間に委託できないんだってさ。特にマグロが。ま、あの水槽を見れば分かるけど。
「こちらがサーモンの養殖場にございます」
意気揚々とラムダが案内してくれたのは、パッと見浄水場みたいな設備だった。デカイ池みたいなのから折れ曲がった水路が繋がっている。どうやらその水路で水が巡回しているみたいなんだけど、どこかで見たことがあるだまし絵みたいな構造だ。俺は頭を右にかたむけたり左にかたむけたりして水の流れを確認する。折れ曲がる水路には、サーモンとおぼしき魚が泳いでいるのが見える。
「いかがですか?こちらの設備も我が魔法省が手塩にかけて作り上げたんですよ。削られた予算の中で……」
なんか、最後の方に愚痴が入っていような気がするが、そこはスルーしておこう。
「あのさ、なんで水が循環してんの?スゲー勢いあるけど、どうなってんのこれ?」
さっきっからぐるぐると水の流れを追いかけてはいるんだけれど、あの池から流れた水が、どうしてここまでの激流になるのかが、この構造からまったく理解できないのだ。だって、どう見ても平に見えるのに……ホント、だまし絵を見ている気分だ。
「この設備も我が魔法省の英智の結晶なのですよ。聖女様がサーモンは川を登ってくる。とおっしゃていらしたという文献が残されておりましたので、そのような設備を作り上げたのです」
またもやラムダは鼻高々な感じで説明してくれた。
サーモンが川を昇る……うーん、北海道の方の出身者だったのかな?聖女は。平野のど真ん中で生まれ育った俺は、残念ながら川というものをほとんど見ないで生活してきた。てか、サーモンって川魚?アラスカとか、寒い地域の海で取れるイメージなんだけど。川を昇るのって、産卵のためなんじゃなかった?うなぎと逆で。
「聖女様の文献によると、海水と淡水が入り交じる箇所があるといい。とのことでしたので、この流れは淡水、あちらの池は海水になっています」
ひょえぇ、聞いただけですごい設備だってことが分かる。あれだけデカイ地球という世界で繰り広げられているから、川と海が交わるところが汽水域と呼ばれて、海水が薄まることなんてないんだろうけれど、こんな小さな設備でそれを可能にするなんて、魔法かよ。
いや、魔法なんだけど。
「ここは水……あっちは海水……」
俺はまだ信じられなくて、パタパタと小走りに池の縁に近づいた。手につけて舐めてみれば確かにしょっぱい。そして流れる水を舐めてみればたしかに水だった。こんな所で大自然の神秘が再現されている。
「イクラは取れるの?」
当然聞きたいことはこれだ。だって、イクラとサーモンの親子丼、食べたいじゃないか。この世界にも痛風と言う病気があるのなら、ちょっとは気になるけれど、たまの贅沢で食べる分はいいと思うんだよね。俺はそこまでエビ好きじゃないからさ。
「イクラ?…………なんですか、それは?」
ラムダが不思議そうな顔をした。
いや、まって、養殖って、もしかして海から撮ってきたのを育ててるだけ?稚魚から育てるんじゃないの?
「イクラは、ほら、サーモンの卵だよ。ほぐしてだし醤油に漬け込んで食べんるだ。サーモンイクラの親子丼は憧れの贅沢なんだぞ」
俺が力説をすると、ラムダはちょっと慌てた様子で、誰かを呼んでいる。あの様子だと、本当にイクラを知らないようだ。しかし、この水の流れ、気になるよな。折れ曲がった水路は別に深いわけではなく、サーモンが泳げる程度の水深、多分30センチぐらいだと思われる。その代わり海水の池は随分と深い。これはなかなか面白い設備だ。
そんなわけで、どんなわけかはないんだけれど、俺は水路の最初に行ってみた。本当にだまし絵みたいで、不思議が過ぎる。
「しかし、目れば見るほど」
俺のナカの少年の心がむくむくと膨れ上がってきた。もうどうにも止まらない。
「そおれっ」
俺は掛け声をかけて水路に飛びこんだ。
バッシャーン
っていういい感じの音がして、俺は遡るサーモンを押しのけるように水路を流されていく。水が冷たくて気持ちがいい。
うん。これ、水温が間違ってるよな?俺の知ってるおいしいサーモンは、冷たい海で育つから、脂がのってておいしいんだ。
しかし、この水路のウォータースライダーはなかなか勢いがあって面白いな。落ちた先の海水の池も全然冷たくはない。これじゃだめだよ。サーモンに脂がのらないじゃないか。
「ひゃっほーい」
そんなことを考えつつも、俺は水路のウォータースライダー二回戦目を楽しんだ。実際、水が冷たかったら楽しめないからな。サーモンが俺を避けていくのもなかなかのスリルで面白い。
二回目の着水が決まった後、三回戦目に挑もうと海水に池から水路に手をかけた時、その手をがっしりと掴まれて、俺は驚きすぎて固まった。なぜなら、ここにいるはずのない、金髪イケメン王子ガリアスが俺の手をしっかりと掴んでいたからだった。
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