第12話 いわゆるGPSのようなものですか


――――王子の執務室にて


「な、なにが起きている?」


 ガリアスは、そこに映し出された光景に息を飲んだ。単純な話だが、まったく予想だにしなかった映像が送られてきたからだ。

 その映像を送ってきているのは、愛する番、運命であるケイタの首につけたチョーカーの宝石からだった。もちろん、そんな機能がついていることなんてケイタにはいっさい説明なんてしてはいない。だって、この世界では、自分の色の宝石を贈るということは、そう言った監視をすることがイコールだからだ。もちろん、異世界からやってきた運命であるケイタがそんなことを知らないということぐらい知っている。聖女の文献に嫌というほど書かれていたからだ。


「いかがなさいましたか?」


 同じ部屋で仕事をしている文官が驚いた顔でガリアスを見た。もちろん、文官はガリアスがケイタに宝石を贈ったことを知っているから、ケイタの身に何かが起こっていることぐらい察しているのだ。だからこそ、さっさと事態を把握して、ガリアスにはそちらを片付けてもらいたい。というより、ケイタにはあのラムザがついているはずなのに、どんな不測の事態がおきたというのだろうか?という茫漠とした不安しかない。


「ケイタが水に落ちた」


 ガリアスが放った一言は、文官にとって衝撃的だった。

 水に落ちた?

 水とは?

 まさか、養殖用の池に?

 そんなことがあるはずがなかった。

 マグロを養殖している水球は、魔法省の能力の結集で、許可のないものは手を入れることさえ敵わないのだ。表面を撫でることができる程度で、もちろん、中で泳いでいるマグロだって外に出ることは出来ない。そうなると、落ちたのはサーモン用の池だろうか?しかし、あの池も外周には柵があって、それこそ魔法の防御壁であるから、許可のないものは入ることができなかったはずだ。

 まさかとは思うが、異世界から来たという王子の番は、魔力がないと聞いた。魔力がない物には魔法が効かない。なんてことがあるのだろうか?いや、そんなはずはない、魔力がほとんどなく、魔法を操ることのできない平民の兵士でも、あの魔法の柵を超えることができなかったのだから。そもそも、魔法の柵は、事故防止のためではなく、盗難防止のための柵であるから、抜け道なんてあるはずがないのに。


「ケイタ?」


 送られてきた画像を見て、ガリアスが戸惑いの表情を浮かべた。不測の事態が衝撃的すぎて、情報処理が追い付いていない。見守る文官はそう思った。思ったのだが、ガリアスは駆け出しもしなければ、椅子に座りなおすこともせず、中腰の姿勢のまま映像に見入っていた。


「ばかな、自ら水に入るだなんて……」


 ガリアスのつぶやきを聞いて、文官は我が耳を疑った。

 自ら水に入った。だと?

 聞き間違いではない。

 聞き間違うはずがなかった。

 何しろ仕事中は、使える相手の言葉を聞き洩らさないように、魔道具を装着しているからだ。自分のいる部屋の中の誰かの声は残さず広い上げ、なおかつ録音されている。仕事の効率化を図ることが第一の目的ではあるが、同時に議事録でもあるのだ。番に関する些細なつぶやきではあるが、それさえも王族の言葉の記録として十年は保管される。


「はしゃいでいる?」


 文官には聞こえては来ないが、どうやらガリアスの番であるケイタは、その状況を楽しんでいるらしかった。どうにも理解しがたいが、水に入って楽しむだなんて、理解に苦しむ。


「いや、だがしかし……」


 番が楽しんでいるのならそれはそれで構わない。と思ったのか、ガリアスはいったん椅子に座った。だが、再び目にした映像に、思い直すことがあったのだろう。すぐさま立ち上がり、声にならない何かを呟いている。魔道具を身に着けている文官がまったく聞き取れていないので、本当に声になってはいないのだろう。

 ガリアスは開きかけた口を慌てて閉じると、おもむろに叫んだ。


「この目で確認する」


 そう宣言するが早いか、文官の視界から、ガリアスの姿が消えたのだった。

 そうして、次の瞬間、ガリアスの姿はサーモンの養殖池のそばにあった。普段は使用を禁じられている転移魔法であるが、番の危機には許可されているため、今回はすんなりと発動された。

 そうして間違いなく、ガリアスの目に飛び込んできたのは、奇声を上げながらサーモンの養殖用水路を滑っていく運命の姿であった。豪快に上がる水しぶきをものともせず、声をあげて笑っている。楽しくて仕方がないとでもいうような運命の顔を見て、ガリアスは胸をなでおろした。だが、王子であるガリアスの運命の護衛は魔法省トップであるラムザに任せていたはずだ。辺りを見渡しても、姿が見えない。


(減給してやる)


 魔法省の予算をこれ以上削ることができないので、ラムザにしてやれることは、もはや個人レベルのいやがらせである。なにしろ自分の大切な運命が水路に落ちているのだ。水にぬれるなんて、とんでもないことである。そんなことを止められなかったラムザは正直職務怠慢だと判断せざるを得ない。

 だがしかし、今はそんなことをいっている場合ではない。大切な運命が水に流されている。早急に対処をしなくてはならない。ラムダは奇声を上げて水路を流されていく運命を見た。流されているから、終着点は池である。なかなかな勢いで流されているから、水路の途中で捕まえるのは得策ではない。ガリアスは養殖の池に勢いよく落ちた運命が、手を伸ばしてきたところをしっかりと捕まえた。


「ケイタ」


 シッカリと手をつないで助け出そうとしたところ、ガリアスの手を掴んだ運命は、目を大きく見開いたのだった。

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