第10話 異世界探検隊


――――王子の執務室にて


「番様を少し自由にさせた方がよろしいかと」


 金髪イケメン王子ガリアスにそう進言してきたのは、ケイタ付きのメイドである。ケイタの動向をガリアスに報告してからの進言だ。何しろ、ガリアス自身が言ったのだ。「何か提案はあるか?」と。だからこその進言である。


「自由に、とは?」


 ケイタは異世界からやってきた大切な番である。しかも運命だ。ただの番では無い。アルファとオメガは2人でひとつ。互いの放つフェロモン物質の匂いを嗅ぎ分けて、自分だけの番を見つけ出すのだ。それはもちろん種の保存に基づく本能と言ってもいい。相性が合わなければ妊娠率100パーセントと言われるオメガだって、アルファを拒絶するほどなのだ。特に王族や貴族たちはそれが顕著に現れる。より優秀な種を残すため、より膨大な魔力を有するために相性がいいだけではなく、己の運命を嗅ぎ分けて探し出す。

 ガリアスはとても優秀な王族であり、類まれなる魔力を有していた。だからこそ、運命でなければ番ことが出来ないのだ。そのため2年の歳月をかけて、魔法省の予算を拝借して運命を探していた。それなのに見つからず、神頼みとして召喚の魔法陣を使ったのだ。そしてそれが見事に成功した。他国にバレれば国際問題になる案件である。まさにハイリスクハイリターン。そこまでした運命を、自由に?何馬鹿なことを言っているんだお前。まさにガリアスの胸中はそうだった。


「まずは番様に贈り物をするべきです」


 いけしゃあしゃあとメイドはガリアスの前に巨大なトレーを出した。そこにはガリアスの瞳の色に似た宝石がズラリと並んでいる。


「番様はオメガと言う存在を理解されてはおりません。異世界からいらしたのですから仕方の無いこと。ですが、だからと言って番様になんの贈り物もしなくていい。などという言い訳にはならないのです」


 メイドは厳しい口調でガリアスに詰め寄った。


「いいですか、ガリアス様。貴方様は高貴なるお方。王族のしかも王子であらせられる。言わば国一番のアルファです。それなのに、運命の番様に贈り物を何一つ送っていないだなんて、なんて嘆かわしいことなのでしょう」


 つい先程までメイドに対して不愉快な気持ちを抱いていたガリアスは、ハッとした表情をして目の前に並んだ宝石を見た。


「番様に自分の色を贈るのは至極当然のことにございます。まさかとは思いますが、番様をあの部屋に閉じ込めておくおつもりでしたか?」


 ここまで言われてガリアスはようやく気がついた。大切な番であるから、囲いたいのはアルファの本能である。だが、ガリアスの立場上そんなことは出来ないし、何より歴代の聖女たちからの忠告があった。だからこそ、可能な限り自由を与えなくてはならないのだ。そうすることにより、信頼を得ることができるのだと。


「そうだな。…………うん、これがいい」


 ガリアスは宝石のひとつを手に取ると、両手でしっかりと包み込んだ。


「これを使って我が運命に似合う装飾を」


「かしこまりました」


 メイドが恭しく返事をすると、どこから現れたのか職人風の出で立ちの男がその宝石を立派な銀の盆に掲げた。


「最高の贈り物をお作り致します」

「任せたぞ」

「夕刻までには仕上げさせていただきます」

「ありがとう。夕食の時に渡せそうだな」


 ガリアスがそう言うと、職人風の男はそのまま小さな扉から出ていった。


「番様はサーモンやマグロの養殖に興味があるようです」

「そうか、ならばそこの見学から始めるのがいいな。そこからゆっくりと城下を見て回れるように取り計らってくれ」

「護衛はいかが致しますか?」


 ガリアスは少し考える。精鋭の騎士たちはアルファである。ベータの騎士もいるにはいるが、自分の運命の傍にそんなヤツらを配置するのは頂けない。


「ああそうだ。魔法省のラムダにやらせよう」

「魔法省の?」

「そうだ。我が運命が目覚めなければまた魔法省の手助けが必要だと言えば、積極的に協力するだろう」

「かしこまりました。そのように手配致します」


 メイドは深深と頭を下げると、退出していった。


「マグロとサーモンか……」


 味は好きだが、生臭さが苦手なガリアスの為に養殖が始まったのは運命には秘密なのであった。



 夕食の席、俺はガリアスと隣同士で食事をしていた。よくわからないが、ガリアスがやたらと俺の世話をやきたがるので、仕方なく隣に座って貰ったのだ。さすがに真正面から口に食べ物を入れられるのは恥ずかしくてたまらないからだ。メイドさんたちは置物だと思うように言われたけれど、其れは無理だった。結構無表情なように見えて、メイドさんたちは微笑ましいものを見るような目で俺をているからだ。

 気の所為かもしれないけれど。


「ケイタ、大切な贈り物があるんだ」


 唐揚げをガッツリ食べて、ちょっと油まみれの手をふきふきしていると、ガリアスがなんだか嬉しそうな顔で言ってきた。うーん、この場合贈り物を貰う立場の俺の方が嬉しい顔をするものだと思うのだが、そこは異世界あるあるなきがしてなんだか微妙な笑顔を作ってしまう。ほら、日本人だからぁ。


「これを、ケイタに贈りたい」


 まだ唐揚げの余韻に浸っていたい俺に向かって、ガリアスが何かを見せてきた。一瞬、なんの事だか理解できないようなシロモノだった。


「え?」


 思わず声が出てしまったことは許して欲しい。だって、日本にいた時はお目にかかることなんてないような、銀座とかそういうセレブな街の宝石屋さん?にしかきっと置かれていない。そんな感じのするデカさの宝石が俺の目の前に出てきたからだ。


「でけぇ」


 次に出てきた言葉はコレだ。

 だって、見たこともない程にでっかいサファイアなんだから。


「ケイタ、この世界では自分の番に己の色をおくるのが習慣なんだ。受け取ってもらえるだろうか?」


 はいキター

 来ましたよ。異世界あるある笑

 自分の色を送る。ってやつね。髪の色だったり、目の色だったり、カラフルレンジャーな異世界のお約束だ。だってさ、髪の色が緑とか青とかピンクなんて、現実世界じゃありえないもんな。うん。日本じゃそんな色はカラーリングでもしなけりゃ存在しないんだよ。

 俺はゆっくりと目の前のでっかいサファイア、きっとサファイアだと思う宝石と、ガリアスの目を見比べた。

 すんごい青い。

 沖縄の海より青い。

 しかもでかい。五百円玉よりデカイ。きっと億の金額がしそうなシロモノだ。


「受け取って貰えるだろうか?」


 ガリアスが小首を傾げてそう言った。

 うーん、なんて、卑怯なんだ。この金髪イケメン、顔面の破壊力が半端ないことを絶対わかってやっている。断れない。言葉が出ない。

 俺は無言で頷いた。


「俺の色を身につけていてくれれば、ケイタに無体を働く奴はいないだろう。これは魔道具でもあるから、常にケイタの身の安全を保証するよ」


 そう言いながらガリアスは、デカくて真っ青なサファイアを、俺の首につけた。


 カチリ


 と言う音が聞こえた。

 ん?魔道具?


「食事も普通に出来るようになったし、明日から城内を見て回ってくれ。もちろんケイタが入ってはいけない、、見てはいけないところなんてない。好きなところを好きなだけ見てくれて大丈夫だ」


 なんと、ガリアスの口からとんでもない提案が出された。


「え?マジで?すっげー異世界のお城探検出来んの?すっげー!マジでスゲー。ありがとうガリアス」


 魔法のある世界のお城を探検出来るなんて、まるで国民的アイドルRPGのゲームみたいだ。俺はその夜。興奮してなかなか寝付けなかった。なんてことはなく。唐揚げで満腹になり、日本国民を代表するメガネの男の子の如く秒で眠りについたのだった。

 

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