第9話 ワガママなのは俺ではなくて


「すっげー、うまそー」


 恭しくワゴンを押すメイドさんが再びやってきた。

 銀色の丸い蓋の中にはきっと、マグロサーモン丼が入っているのいるのだ。俺は期待に胸を膨らませて布を押しのけて出ようとした。


「お待ちください。番様」


 メイドさんに止められてしまった。


「まだ体調が万全ではございません。寝台の上にてお召し上がりくださいませ」


 そう言うとメイドさんは「失礼いたします」と言って布を開け、俺の背中にクッションを入れて姿勢を整えると、病院の設備にありそうな細長いテーブルを俺の前に出してきた。多分、これもきっと。


「こちらのテーブルも、聖女様のお知恵のたまものにございます」


 やっぱり―、と俺は心の中で盛大に突っ込んだ。やはり、こういった細やかな配慮のある道具は、日本から取り入れられたと考えるのが正解らしい。


「番様特別仕様のマグロサーモン丼にございます」


 恭しく掲げられて、俺の目の前に鮮やかな赤とオレンジのマグロサーモン丼が現れた。隣にはわさびの入った小皿、そして醤油が入っていると思われるガラスの瓶。


「聖女様が考案されました緑茶にございます」


 いわゆる寿司屋の湯呑にアツアツの緑茶が入って添えられていた。


「すげえ、うまそう。完璧なマグロサーモン丼」


 そえられているのがちゃんと箸だ。聖女ディティールこだわってるなぁ。日本人としてありがたい限りだけどな。


「お味噌汁もご用意できますが、いかがいたしますか?」


 ここにきてなんと、メイドさんが素敵な提案をしてきたのだ。


「具は何ですか?」


 思わず俺はメイドさんを見て聞いてしまった。


「聖女様がお好きだった豆腐とわかめでございます」


 おおおおおおお、豆腐とわかめ。シンプルイズベストだ。口の中がさっぱりするよな。


「ください。ぜひください」


 俺がそう答えるのが早いか、何かの合図が出され、ドアがノックされた。

 早っ


「番様、豆腐とわかめのお味噌汁にございます」


 違うメイドさんがワゴンを押してやってきた。

 すごいな。

 回転ずしより速いぞ。


「うわぁ、ありがとうございますぅ」


 俺はだされた豆腐とわかめの味噌汁に口を付けた。

 シッカリとだしの風味が効いた味噌汁だ。まさに五臓六腑に染み渡る味である。さすがは聖女。味噌汁は発酵食品だからな。体にいい食べ物なのである。


「うまぁい」


 俺は猛烈に感動しながら、マグロサーモン丼を食べた。驚いたことに、わさびは天然ものだったのだ。てっきり魔法でこねくり回して作ったものだと思っていたら、ちゃんと目の前で追加をすりおろしてくれたのだ。しかも、わさびの抗菌作用までメイドさんは知っていたのだ。これはもしかして、歴代の聖女に看護師さんでもいたのかな?なんて思ってみたりもする。


「番様に気に入っていただき至極光栄にございます」


 メイドさんが恭しく頭を下げたけど、俺はそんなことに気をとれないほどに、マグロサーモン丼に夢中になっていた。口の中でねっとりとして、とろけるように消えていく、まさに最高の食べ応え。身はぷりぷりしていて噛み応えは抜群だった。


「おいしいよ。うん。すごい、最高」


 息つく間もなく、俺はマグロサーモン丼を食べきり、味噌汁を飲み干した。そして、寿司屋の湯呑に入った緑茶を飲んで一息ついた。


「はぁ、食った食った」


 行儀が悪いが、俺は腹いっぱいになったので、満足満足と言わんばかりに自分の腹を撫でた。ちょっとポッコリしているのは、少し食べすぎの証かもしれない。だがしかし、このなんとも言えない満たされた気持ちは何物にも代えがたい。そう、俺は今、最高に幸せなのである。


「食後のデザートはいかがいたしますか?急に食べすぎると腹痛のもとになるかもしれませんが」


 メイドさんが遠慮気味に聞いてきた。

 うん。そうだよな。お粥からのまぐろサーモン丼はハードル高かったかもしれない。デザートという言葉にものすごくそそられる。聖女チョイスの美味しい甘味に違いない。だがしかし、今は食べ過ぎだとハッキリわかっている。なにしろ腹がパンパンだ。


「や、やめておきます。ものすごく食べたいけど、腹がパンパンなんで」


 ここでデザートが何かを聞いてしまったらたべたくなってしまうから、俺は腹を撫でながら断った。うん。腹八分目。既に九分目まで、来てるけど。


「かしこまりました。3時のおやつにお出し致します」


 おおおお、三時のおやつ。これもまた、日本人の好きなワードだよな。


「はい、楽しみにしてます」


 俺は腹が満たされて、そのまますーっと眠りに落ちてしまった。

 そうして次に目が覚めた時、時刻はきっかり3時であった。


「番様、お待たせいたしました。おやつにございます」


 メイドさんが恭しくワゴンを押して登場してきた。素晴らしい程に時間がピッタリだ。


「すっごい楽しみ。何かな?」


 お昼の時と同じく、ベッドに簡易テーブルが出される。テキパキと動くメイドさんは、流れるような動作で全く無駄がなかった。


「聖女様考案のプリンにございます」


 キターーーー

 正しく美味しいおやつの代表格。日本人、プリン好きだもんね。異世界でチョコレートはハードル高いんだろうな。だって、カカオの実からチョコの作り方なんて知らないもんな。プリンは家庭でも作れるから、記憶を頼りにすれば再現出来たんだろう。


「素晴らしいビジュアル」


 台形の形をした頂きに黒いカラメルソースがかかっている。まさに日本人の心、富士山を思わせる姿だ。


「プルプルしてて、いいねぇ」


 俺はそっと皿を動かしてみた。白い皿の上に鎮座するプリンは、プルプルと小刻みに揺れ、カラメルソースがこぼれ落ちた。瓶に入った柔らかめも好きだけど、やっぱり基本はこの形だよな。そっとスプーンを入れれば、なんの抵抗もなく切れていく。カラメルソースを自分好みの量にして、スプーンの上で自分だけの小宇宙を作り出し、俺はゆっくりと口に運び入れた。


「…………!」


 口の中に広がる甘みと苦味のハーモニー。

 舌の上で優しく砕けるプリンの食感がたまらない。噛むのではなく、舌で優しく崩すようにして味わい、俺はゆっくりと飲み込んだ。

 鼻から抜けるバニラの香りがまた最高だ。


「うまぁい」


 まさに至極の味。

 聖女印のプリンと言って過言では無い。

 ありがとう歴代の聖女たち。

 そうして、夕飯は聖女様直伝の冷しゃぶだった。ポン酢もちゃんと作られていて、とても美味しかった。ただ、金髪イケメン王子ガリアスが、フォークとナイフで食べていたのがものすごくシュールだった。

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