第8話 異世界の設定は色々あるようです
「よく寝た」
腹が満たされて眠れることは、大変幸せな事である。
俺、
ほんのわずかな間にいろいろありすぎて、俺の脳みそはキャパシティをオーバーしてしまっていたらしい。脳の栄養は糖分って聞いたことあるしな。お菓子を食べてお茶を飲んだりはしていたけれど、やはり食事が重要だったのだ。お粥は、俺の疲れた心と体を癒してくれた。
「今何時だろ?」
起き上がってみれば、ベッドは再び薄い布のカーテンでおおわれていた。ゆっくりと頭を動かし、その布の向こうを見てみれば、やっぱり誰かがいた。朝の人とは違うが、似たような髪型をして、服装は同じメイドさんのソレだった。
「今何時ですか?」
布の開け方がわからなかったので、失礼だと思いつつも、布越しに声をかけてみる。まあ、この布は病室のカーテンみたいなものだと思えばいい。
「お目覚めでございますか、
おお、返事がもらえた。
普通に時間を言われたということは、夜中じゃなくて昼の一時八分でいいんだよな?
「ええと、あの」
つなぎ目のわからない布をどうしようかと手を伸ばした時、俺の腹がいい感じで鳴いてしまった。
顔を見られたわけではないけれど、初対面の人に腹の音を聞かれるなんて結構恥ずかしいものだ。俺は顔が見られていなかったことを幸いに思いつつ、布越しにそのまま話を続けた。
「お腹が空いたみたいなんですけど、お昼ご飯はまだありますか?」
この世界の時間軸が分からないけれど、日本からきた聖女があれこれしているのなら、多分24時間で一日が設定されているはずだ。それならきっと、お昼は12時に違いない。俺はそう確信して言ってみた。
「もちろんでございます。番様が欲しがられた時にお出しするよう申しつかっております」
流れるような返事をされて、俺は驚いた。そもそもいつからそこに立っていたのか謎すぎる。俺が起きた時?ってか、俺のこと番って呼んでる?なに番って?なんとなくニュアンスはわかるんだけど、わかりたくはないんだよな。俺の本能が拒否してるんだ。
「何が食べられる、ん、です、か?」
なんて話したらいいのかわからなくて、俺の言葉は途切れがちだ。
「わたくしどもに敬語は不要でございます。番様はガリアス王子の運命の番にございますから、わたくしどもには命じてくださればよろしいのです。それから、わたくしどもは番様のお名前を口にすることは許されておりませんので、お呼びするときには番様。とお呼びいたしますのでご承知おきくださいませ」
ものすごい勢いで言われたけれど、なんだかとんでもないことになっているようだ。名前を呼んじゃいけないって、それってつまり、俺が身分の高い人になっちゃったってことだよな?俺ってば、異世界で金髪イケメン王子の番になっちゃったわけ?番ってようするにお嫁さんてことだよな?
お嫁さん。
うう、嫌すぎる。
「お食事はいかがいたしましょう?朝と同じおかゆにいたしますか?聖女様の残されたレシピは色々ありますので、お好きなものをご用意できます」
そう言って布の中にファミレスなんかで見かけるメニュー表みたいなのが差し込まれてきた。俺にはわからなかったが、布の切れ目があったらしい手渡されたメニュー表を見てみれば、お粥に始まりパスタ、ピザ、唐揚げなど多種多様な食事のメニューが写真付きで乗っていた。もちろん、最後のページはデザートだった。聖女の趣味なのか、イチゴを使ったデザートがやけに多かったが、女子高校生にとってイチゴは特別。なんて聞いたことがあるから、そこについては触れないでおこう。
「海鮮丼まであるだなんて」
俺は丼物のページで目が釘付けになってしまった。もちろん、かつ丼や親子丼もあったのだが、異世界あるあるできっとかつ丼の肉はオークだろうし、親子丼はコカトリスってやつなんだと思う。そうなると、この海鮮丼ってやつはいったいどんな魚を使っているのだろうか。だいたい、異世界物ではほとんど海の幸が出てこない。たいてい内陸部の街に住み着いて冒険者になったり、クラフト系になったりするのが定番だ。そうして金がたっまて新鮮な魚が食べたい。とか思い立って海辺の街に出かけるんだよな。そう、異世界では魚を生で食べる習慣がない。というのが定番だからだ。
「海鮮丼をご希望でいらっしゃいますか?」
布の向こうに立っているメイドさんが聞いてきた。
「あ、あの……」
俺は聞きたいことを慌てて口にした。
「さ、魚はどんな感じなんですか?」
これ重要。
重要なやつだから。
「はい。魚は取れたて新鮮なものを魔法便で届けられております。歴代の聖女様が『サーモン』という魚が大変お好きでしたので、その魚をメインに海鮮丼を作っております。番様がお好きな魚があればご用意いたします」
さらっと言われたことに俺は衝撃を受けた。
さすがは聖女である。
きっと異世界あるあるの魚なんか食べられない。とでも言ったのだろう。俺だってそこについては激しく同意である。深海魚みたいな魚はビジュアル的に無理なのである。まあ、知らないままに食べてしまえば「うまい魚」として片付けられるのだろうけれど、下手に異世界あるあるの知識があるだけに、気になって仕方がないのだ。
「サーモンがあるの?」
思わず食いついたのは仕方がないことだろう。
「はい。歴代の聖女様がお好きでしたので。聖女様が直々に確認されておりますので、品質は完璧にございます」
そう言うと、なんとメイドさんの手にサーモンが現れた。
まさに魔法、ファンタスティックってやつだ。
「おおおおおおおお、紛れもなくサーモン」
下あごが突き出している特徴的な顔に、銀の鱗、しかもビチビチと動いている。
「聖女様が広めて下さったので、国内で一番人気の魚になります。もちろん、この城内で飼育もしておりますのでご安心ください」
おお、さすがは聖女。異世界物あるあるの性悪聖女でなくてよかった。グルメなのはよいことだ。やはり食は大切だからな。日本人にとって大切なのは、清潔なトイレと綺麗な風呂、そして旨い飯だ。
「マグロは?マグロもあるんですか?」
とれたて新鮮な(生きてるやつ)を見てしまい、だいぶ興奮してきた俺は、食い気味にメイドさんに聞いてみた。日本人ならやっぱりマグロだ。大トロはそりゃ憧れだけど、赤身のうまさは別格なのだ。マグロサーモン丼ならやっぱり赤身だろう。
「もちろんでございます」
メイドさんの持っていたサーモンが瞬時に入れ替わり、黒いダイヤと呼ばれるマグロが現れた。もちろん生きている。
「す、すげえ」
なんか水が垂れてる気がする。まさかと思うが、これも養殖されているのか?たしかどっかの大学がマグロの養殖に成功したってテレビでいっていたよな?異世界の、魔法のある世界なら、マグロの養殖もたやすいのかもしれない。
「もちろん、こちらのマグロも城内で養殖しております。ご安心ください」
メイドさんが自信満々に言ってきた。
多分あれだ、聖女がいつでもサーモンとマグロが食べられるようにと、王様が頑張った結果、王族も大好きになってしまったんだろうな。うまいからな、マグロとサーモン。
「ぜひ、マグロとサーモンの海鮮丼を!ご飯の酢飯はきつめでお願いします」
思わず食い気味で言ってしまったのは仕方がないことだろう。いや、海鮮丼のご飯を普通のが選べるようになっている昨今、きっと元女子高校生であろう聖女は酢飯は苦手だったのではないかと、かってに俺は推測するのだ。握りの酢飯はそこそこがいいのだが、海鮮丼の酢飯は酢がきつめなのがいいのだ。
「きつめ……酸っぱいのがお好みでございますね」
メイドさんは素早く解釈し、挨拶をするとあっという間にいなくなってしまった。
魔法でも使ったのではないかと思うほど、音もなく部屋から出て行ってしまった。もちろん、でかいマグロも瞬時に消えていたのだから驚きである。
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