第7話 やっぱり異世界は魔法の世界


「あ、網戸が破れるぅ」


 ぎちぎちぎちぎち


 推定バッタの歯ぎしりが部屋に響き渡る。

 こんなの、聖女じゃなくたって無理である。


「大丈夫だ、網戸は魔法でおられているから虫ごときに破られることはない」


 ガリアスがそう言うけれど、魔法で編み込んでいるってなんだよ。網戸はナイロン糸だろ。あんなでかいバッタの重さに耐えられるわけがない。


「だからぁ!ビジュアル的にむりぃ」


 俺は顔を引きつらせながら叫んだ。猫みたいにでっかいバッタなんて無理に決まっている。網戸が破れないとか、部屋には入ってこれないから。とかの問題ではない。ただただ気持ちが悪い。恐ろしい。それに尽きるのである。


「そうか、わかった」


 ガリアスはそう言うと、網戸に張り付く推定バッタの方を見た。つまりは俺に背中を向けたわけだ。


「消えろ」


 ガリアスが指先を小さく振ると、推定バッタの頭がボトリと落ちた。だが、大きかろうと虫は虫、とげとげとした足はしっかりと網戸にしがみついたままで…………


「いやすぎるぅ」


 俺は再び絶叫した。まだぎちぎちとした音が聞こえる。(気がする)


「ちっ」


 ガリアスが小さく舌打ちをした。

 すると、網戸に張り付いていた推定バッタの胴体が落ちていった。

 

 ドスっ


 何かが鈍い音を立てた。それが何なのかはわかっているのだが。頭が理解することを拒否していた。

 俺は生唾を飲み込んだ、これはもう、ドッキリの企画でもなんでもなく、ホントの本当の異世界なのだ。あんなデカイバッタなんて作れるはずがない。リアルすぎるし造りが精密すぎる。素人を騙すために金をかけすぎである。

 俺は、ゆっくりとした足取りでガリアスの隣まで歩いた。今更ながらに、怖いもの見たさではないが、興味本位で見に行ってしまった。そのことを激しく後悔することになるとわかっていながらやってしまう。ガリアスの隣に立ち、網戸越しに下を見てみれば、予想通りに地面には、バッタもどきがぐちゃぐちゃに潰れて落ちていた。その光景を語りにして、やはり作り物ではないと確信した


「嘘だろ」


 今更ながらに、俺はそれを見て、ここが異世界なのだと、思い知らされた。どこかで信じたくないと言う気持ちが働いて、これはドッキリの企画なんだ。テレビの企画なんだ。そう。自分に思い込ませたかっただけなのだ。

 自慢じゃないがグロテスクなものが苦手な俺は当然ながら恐怖のあまり腰を抜かして、その場にへたり込んだ。網戸に手をかけていたから、そこに寄りかかるようにではあるが、ゆっくりと床にへたり込んだため、特にどこかが痛いと言う事はなかったが、当然、床に敷かれたふわふわの絨毯のおかげでもある。そんな俺を見て隣に立つガリアスが、慌てて俺の顔を覗き込んできた


「ケイタ」


 心配そうに俺を俺の顔を覗き込んでくる。ガリアスの目は見たこともない位きれいな青い色をしていた。こんなきれいな色をした目の人物なんて俺は日本にいた時に1度たりとも見たことがない。海外の映画スタート目だって、こんなにキラキラとして濃い色をしてなどいなかった。本当に作り物みたいにキレイで、俺は思わずガリアスの目をそのままじっと見つめてしまった。


「ケイタ?」


 ガリアスが不思議そうな顔をした。それはそうだろう。鏡を見た訳では無いが、俺の顔色は恐ろしいほど悪いはずだ。そんな酷い顔をした男がじっと見つめてきたのだ。嫌に違いない。


「あの、うん。ごめん、立てないわ俺」


 素直にそう言うと、ガリアスは小さく頷いて、おもむろに俺に手を差し出してきた。立てないって言ってきたから手を掴んで立ち上がれってった事なんだと理解して、俺はガリアスの手を掴もうとした。


「へぁ」


 ところが、である。あろうことか、ガリアスは俺の背中と膝裏に素早く手を回し、あっさりと俺の事を抱き上げたのである。


「もう少し休んだ方がいい」


 ガリアスはそう言って俺をベッドに戻してしまった。着替えていなかったから、寝巻のままだ。


「ええと」


 ベッドに戻されたものの、俺は半身を起こした状態で、背中の後ろには大量のクッションが置かれている。なんだかすごいセレブ感あふれる状態だ。


「まずは食事をとろう」


 ガリアスがそう言うと、ワゴンを押したメイドさんが部屋に入ってきた。見た感じおかゆというか、リゾットというか、何かが煮込まれてトロッとした感じの料理が金色の皿に入っている。添えられているスプーンも金色だ。他にワゴンに乗っているのは水差しとコップだった。


「これは過去の聖女がこの世界にもたらしたという食べ物だ。体調がよくないときに食べるといい。と文献に書かれている。味付けはシンプルに塩のみがいいとあったので、そのように調理してある」


 でてきた食べ物は、なんとおかゆだった。しかも過去の聖女がもたらした食べ物。うん、これは当たりだろう。間違いなく日本人が日本人のために残してくれた食べものである。ありがとう。過去の聖女よ。


「おいしそう」


 俺の口からは素直な感想が出た。いやもう、ほんとに、異世界あるあるだと具合が悪くても肉、とにかく肉食えば元気になる。とかあったからな。あとは治るまで隔離されるとか(死ぬよ)さ、いろいろ頭をよぎったけれど、何はともあれありがと聖女様。ってやつだ。


「ケイタ、あーん」


 俺が感動していると、口の前に金色のスプーンが差し出された。そこには米が程よく煮込まれた独特の匂いを放つおかゆが控えめに乗っていた。驚いて金色のスプーンを持つ手の人物を見れば、当然ながら金髪イケメン王子のガリアスが満面の笑みで俺を見ていた。はっきり言おう、この年で「あーん」とか、ほぼ拷問である。まして相手は男だ。どんなにイケメンであろうとも、男である。


「え」


 戸惑う俺に、金髪イケメン王子のガリアスは、さわやかな笑顔で再度言ってきた。


「ケイタ、あーん」


 一瞬、俺の体がびくっとしたが、その反動なのか、俺は反射的に口をあーんと開けてしまった。


「ん、んぐ」

 

 口の中に入ってきた金色のスプーンは冷たくなくて、ほんのりと温かかった。そして、舌の上に降りてきたお粥はちょうどいい塩梅の塩味がして思わず喉が何のためらいもなく受け入れたのだった。


 ゴクリ


 喉がなってお粥が俺の喉を通り抜け、胃にへと滑り落ちてゆく。

 おいしい。

 とんでもなくおいしかった。

 俺は何度も口を開け、ガリアスにお代わりを要求した。

 そうして、俺は出されたお粥を全て平らげ、水差しからコップ一杯の水を飲み、大変満足をして眠りについたのだった。

 

 

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