第6話 パワーワードは異世界あるある


「知らない天井だ」


 中二病を患ったことがあるのなら、一度は口にしてみたいセリフである。

 俺、高橋圭太はなぜだか知らないが、異世界召喚されてしまったらしい。

 こんな状態になっても、まだ違うと信じていたいお年頃なのだ。なぜかって?それは未だに恋人がいたことがなかったからだ。ラノベでよくある設定で、主人公はボッチの高校生、ブラック企業の社畜、コミケ帰りのオタク、etc.....なんてあるけれど、共通しているのは童貞ってところなんだよな。まぁ、彼女いない歴=年齢ってやつ。

 まぁ、俺もその例に漏れず、大学デビューを目論んでいたわけだ。だが、小心者であるが故、その手のお店に行く前に神社で祈願したのがいけなかったのかもしれない。子どもの頃からのささやかな夢、『おっぱいの大きな恋人が欲しい』って、祈ってしまったのがいけなかったのだろう。恋人が欲しいといいながら、授業の合間に脱童貞をはかる大学生なんて、神様は許してくれなかったのだろう。話の流れから言って、俺は童貞を卒業するのではなく、処女を捨てなくてはならない状況に陥っているんだから。


「はぁ、オメガバースなんて、エロ漫画でしか聞いた事ないよ」


 俺は深いため息をついた。そして、落ち着いてゆっくりと状況を確認すると、天井だと思っていたものは天蓋であることが判明した。俺のいるベッドの周りには、薄い布が張り巡らされていたのだ。


「平安時代のお姫さまみたいだな」


 確か御簾とか、そういう名前の家具?だった気がする。平安時代とかそういった着物を着ていた時代、偉い人とかお姫様とかは顔を隠す文化だったんだよな。で、偉い人からしか声をかけちゃダメなルールだった。と思う。

 うん。

 多分そんなルールだったと思う。

 なんで、かって?

 今更なんだけど、いるんだよ。人が。

 ベットの天蓋から垂れる布の向こうに人の姿が見えてるの。いや、参った。誰かがいるのに結構普通に喋ってたよ。普通に独り言。絶対聞こえてたじゃん。だって、布越しとはいえ、何となくたってる人の顔立ちが分かるんだからさ。俺のいる天蓋付きベッドのワキに立っているのは、金髪を結い上げて、いわゆる触覚を左右に垂らしている女の人だ。瞳の色は分からないけれど、目が大きくて鼻が高い。唇は血色がいいのか口紅を引いているのか、結構赤い。立ち姿勢はそう、背筋がビシッとして、手をお腹の辺りで組んでいる。着ている服はそれこそ中世ヨーロッパ風なデザインのドレスだ。腰の辺りからふんわりと広がるデザインのやつ。色は落ち着きのあるあ緑色っぽい感じだ。

 布越しだからそんなぼんやりとした観察だけど、さっきっから微動だにせずたち続けている。さて、オレはどうしたらいいんだろう。


「あのー」


 ベッドの上に座っていたからか、朝のもよおしが今更ながらやってきた。まさか、ツボということはないとは思うが、俺は意を決して話しかけてみることにした。


「トイレはどこでしょう?」


 昨日、お茶を飲んでお菓子を食べた。覚えているのはその辺だ。だから、まぁ、なんだ。俺はこの世界に来てからまた、1度もトイレに行っていなかったのだ。


「あちらの奥の扉にございます」


 布越しでもハッキリとわかりやすい動作で指ししめられた方を見てみれば、確かに扉があった。

 俺がそちらに行こうと、彼女(声で判断)とは逆の方に出ようとしたら、彼女がものすごく素早く動いて、何かを床に置いた。


「室内ばきをご用意致しました」


 言われて見てみれば、ふわふわの絨毯にいわゆるスリッパが置かれていた。異世界なのにスリッパ、なんて世界観なんだろうか。よく異世界設定は中世ナーロッパ風なんて言うけれど、スリッパは日本が生み出した文化だ。そこから推測するに、いやいや、推測したら駄目だ。負けてしまう。


「立派な扉だなぁ」


 何も考えずにドアノブに手をかけたけど、レバータイプのドアノブって……いや、だから推測したら負け。


「…………(負けた)」


 俺はトイレに入って膝をつきそうになった。


「水洗トイレ……」


 俺の目の前には、とても異世界とは思えない清潔感あふれる水洗トイレが鎮座していた。しかも、オートで蓋が開いたのだ。


「最新の水洗トイレって、もはや疑う余地もない……よ、な」


 俺はもう、推測をやめた。これはもう、疑う余地のないほどに、異世界なのだ。こんなに長時間拘束されるドッキリなんてない。トイレの機能は素晴らしく、最新のオート洗浄機能だったのだ。おまけに、トイレットペーパーはダブルのソフト仕様で香り付き……これはもう、疑う余地なく日本人の感覚で作られたトイレだ。

 

「…………」


 トイレから出てくると、なぜか部屋の中に金髪イケメンのガリアス王子がいた。


「おはよう、俺の運命」


 そう言ったガリアスは、三人掛けと思われるソファーに大変優雅に腰かけていた。長い足が邪魔なのか、足を組んでいる。むむむむ、スタイルいいじゃねーか。ちくしょう、リア充め。


「……おはよう」


 納得いかないままに俺は返事をした。なんと言っても日本人だから、挨拶をされて返事をしないなんてありえないのだ。さわやかにかわす挨拶いい朝だ。


「おいで、ケイタ」


 手招きをされ、俺は仕方なくガリアスのいるソファーに向かった。そして、昨日の再現のごとくガリアスの膝に座らされた。


「よく寝られたか?寝巻は肌触りのいい布を使ってあるんだが、日本人の肌は繊細だと文献に書いてあった。どうだろうか」


 いや、うん。

 スルースキルを発動するしかないらしい。だって、文献に日本人についての記述があるって……もう、ほぼカクじゃん。


「トイレは水洗トイレと言って、百年以上前に日本から召喚された聖女が教えてくれたものなんだ。壺なんてありえない。とストライキをおこしたそうだ」


 はい。確定。

 この世界と日本の時間軸がわからないが、水洗トイレ、しかもオート洗浄機能が当たり前って時代の日本人てことは、俺とたいして変わらない時代の日本人ってことだよな。


「日本人は綺麗好きだからな」


 俺はスルースキルを決め込んで、さらっと答えた。


「ああ、ケイタのために文献を読み漁り、日本人仕様に部屋を仕上げたんだ。窓にはも付けたぞ」


 はいきた。

 網戸はオプションなんだよ。サッシ窓にはついていないんだよ。ついていて当たり前、しかも網戸を欲しがるってことは、その聖女はきっと虫が嫌いだったに違いない。うん、虫が好きな女の子何てそうそういないからな。


「網戸、ってことは、この世界虫がいるんだ」

「ああ、いるぞ。そんなに怖がる必要もないとは思うんだがな」


 ガリアスがそんなことを言った時だった。

 

 ガッ


 何か大きな音が聞こえた。

 反射的にそちらを見れば、網戸に何かがぶつかっていた。多分、その形状は見たことがあるのだが、俺の知っている大きさではないのだ。俺の知っているサイズの軽く十倍はありそうな大きさをした物体は、おそらくバッタだ。ちょっとした猫ぐらいはありそうな大きさだ。


「いや、いやいやいやいや。無理、無理だろ。ないわ。ないだろぉおおおおおお」


 俺は絶叫した。

 俺だって、日本男子だ。子どもの頃は虫取りをして遊んだ記憶ぐらいある。だが、網戸に張り付いている推定バッタは、大きすぎてありえない顔をしていた。ぎちぎちと鳴らしているのはおそらく歯だろう。そう、つまり、網戸にとまっている推定バッタの顔が見えてしまっているのだ。小さいからいいのであって、ちょっとした猫バリの大きさのバッタの顔なんて、もはやホラーである。


「ケイタ」


 驚きすぎて、俺はガリアスの膝から飛び降り、壁際まで逃げたしたのだった。

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