第5話 現実逃避を許して欲しい


「これがケイタのステータスだ」


 そう言ってガリアスが解説してくれたのだが、俺の頭は予想以上の事態にパニックを起こしてしまったらしく、まったく説明が頭に入ってこなかった。


「ここに子宮があるんだけど、成長、つまり妊娠可能な状態になるためにはオメガのフェロモンが必要なんだ。そのためには魔力が必要で、魔素を体内に取り込む必要がある。魔素は先ほど医師が言ったように呼吸をするだけでも摂取ができる。あとは食事だな。ケイタはまだ少しのお菓子しか食べていないから、摂取量は大したことがないのだろう。これからここで過ごして毎日の食事でも魔素を摂取していけば、魔力が溜まってオメガのフェロモンが分泌されるだろう。そうすれば俺のオメガとして覚醒できる」


 そう言ってガリアスが俺の首筋に唇を押し当ててきた。


「そうしたら、ケイタの項を噛んで番になろうな」

「ひっ」


 俺の口から小さな悲鳴が出た。


「ケイタ、覚えておいてくれ。ここはオメガの急所だから。俺以外のアルファに触れさせてはいけないよ」


 ガイアスはそう言って俺の腹に手を当ててきた。


「ここにケイタの子宮がある。今はまだ小さいが、俺の子を宿せるまでに成長することを願っているよ」


 そうガリアスが言った途端、俺の腹に当てられたガリアスの手が熱を持った気がした。


「なんか、熱い?」

「わかるんだ。うれしいな」


 ガリアスの声が耳元で聞こえて、その後俺の記憶はプツリと途絶えたのだった。


――――――――――


「あれは間違いなく異世界人であったな」

 

 玉座の間で国王がラムダに確認をした。この世界に存在するはずのない黒髪黒目。その姿は紛れもなく異世界から召喚された者の証であった。


「はい」


 ラムダは至極まじめな顔で返事をした。


「異世界人の召喚は神の名において禁忌となったのではなかったのか?」


 国王はいらだったようにひじ掛けを指でたたく。それを見ながら、ラムダは涼しい顔で答えた。


「禁忌でなかったから召喚されたのでしょう。現に魔導書から運命の番を召喚する魔方陣は消されてはいなかったのですから」


 ラムダにそう言われ、国王は先ほど見た分厚い魔導書を思い返した。タイトルはあるが魔方陣が描かれていないページがいくつもあった。残された魔方陣は、今では魔法で何とかなるようなものがほとんどで、唯一残されていた召喚の魔方陣が運命の番を召喚する魔方陣だったのだ。

 かつてこの世界では、異世界召喚が当たり前に行われていた。自分たちの国からの犠牲を抑え、かつ他国に迷惑をかけない方法として異世界召喚が当たり前のこととして受け入れられていたのだ。もちろん、召喚された異世界人には拒否権などなかった。何しろ違う世界から強制的にこちらに連れてくるからだ。当然帰る方法などないから、召喚された異世界人たちは現状を受け入れ、押し付けられた使命を全うしてくれた。最初のうちは拒否したり歯向かってくる異世界人が多かったが、何度も異世界召喚を繰り返すうちに、従順で流されやすい異世界人が定まってきた。

 それが黒髪黒目の異世界人だった。

 知識が豊富で手先が器用、協調性がありお人好しでとても真面目な異世界人は、ニホンという国から召喚されていた。

 当然、異世界召喚であるから、あちらではある日突然人が消えるわけだが、神隠しという言葉で片付けられてきたらしい。だが、何度も何度も、それこそこの世界の国々が、ニホンという国を狙って召喚し続けた結果、そのニホンという国の神々がついに怒りをあらわにしたのだ。なんと恐ろしいことに、ニホンという国には八百万の神々がいたのだ。この世界の神はたった一人しかいないのに、八百万の神々が怒り、この世界を襲撃してきた。たった一人の神では敵うはずもなく、この世界の神はニホンからきた八百万の神の前に敗北した。

 そうして今まで異世界召喚をしてきた罰を受け、この世界から異世界召喚に関する魔方陣が永遠に失われたのだ。


「運命の番なら、異世界召喚は許されるのか」


 そう言って国王は深いため息をついた。自分にも番がいる。だからこそアルファの王子であるラムダがいるわけだ。優秀なアルファは運命の番であるアルファとオメガの間からしか生まれない。それがこの世界の常識である。互いのフェロモンと魔力の相性が完璧に混ざり合った時、運命と番になれるのだ。


「神が許して下さったのなら、まさしく運命の番なのでしょう」


 傍らに立っていた自分の番、つまりは王妃が優しく微笑んだ。その微笑みは国王を安心させるに十分だった。


「八百万の神々の頂点にたつ神は恋愛に寛容であった。と記述されています」


 ラムダはほとんど白紙となった魔導書を開いて国王に見せてきた。


「どれ」


 国王はラムダの開いたページに目線を移す。


「この、運命の番を召喚する魔方陣の解説に書かれているのです。こちらの一文をお読みください」


 国王は魔導書を手に取り、示された一文を目で追う。傍らに立つ王妃も同じ一文を目で追った。一度ではなく、二度三度と繰り返し読んでいることが目線の動きでよくわかる。


「なんて素晴らしいのかしら」


 王妃はうっとりとした声音でそう告げた。

 そんな王妃を見て、国王も満足げに頷いた。

 ラムダはすでにその一文を読んでいたから、国王と王妃が納得し、感動していることを理解した。そう、かつてこの世界を救うための勇者や聖女を召喚し使い捨てていた。自国の強化のために勇者を召喚した。新たな魔道具開発のために手先の器用なニホンジンを召喚した。自分たちの守る国から勝手に召喚という名の拉致を繰り返された八百万やおよろずの神々を怒らせた結果、異世界召喚は禁忌となったわけだが、なぜか八百万の神々は恋愛に関してだけは許しを与えてくれたのだ。それが運命の番の召喚である。


「魔方陣に神々が許したもう。との言葉がつづられているではないか」


 一文だけではなく、魔方陣まで読み解いていたとはさすがは国の指導者たるアルファである。さりげなく王妃にその個所を示し、国王はラムダを見た。


「他国にはまだ知られてはいないのだろう?ならばあえて公表することはない。番うときまでは内密にしておけ」

「もちろんでございます。ガリアス様の大切な運命をかすめ取られては困りますからね」


 ラムダは恭しく頭をたれて玉座の間を後にした。

 魔導書を手にした王妃は、あることに気づいたが、黙って閉じたのだった。

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