第3話 ここは何処?俺は運命の番?


「ケイタは甘いものは好きだろうか?」


 連れていかれた先で、俺は状況が全く理解できないでいた。

 ふわふわなじゅうたんが敷かれた客間と思しき部屋に連れてこられ、綺麗な刺繍の施された布張りのソファーに座らされた。しかもガイアスの膝の上だ。そしてテーブルの上に並べられたたくさんのお菓子を前にして、先ほどのセリフを言われたわけだ。ほんとに、このドッキリの設定がよくわからない。手が込みすぎていて、もはや俺をどんなふうに騙したいのか全貌が見えないのだ。まさかとは思うが、異世界転生ドッキリで、王様が出てきて「魔王を倒してほしい」とか言われるのだろうか?だとすると、この状況が謎すぎる。


「これなんかどうだ?間に挟まれているクリームは果物でできているんだ」


 スッと目の前に、いわゆるジャムサンドクッキーらしきものが出てきた。色の具合からいって、オレンジとかの柑橘系だと推測される。大穴はマンゴーだけどな。見せられた世界地図と、世界の裏側というワードからして、この世界も地球のような球体なのだろう。それでもって、真ん中あたりがいわゆる赤道だとすれば、南国も存在するはずである。そうすると、この金髪イケメンは王子であるから、珍しくて貴重な果物を使ったお菓子を食べている可能性は高い。と、すると。このお菓子のクリームは大穴のマンゴーである可能性が高いな。


「おいしそうだな」


 俺は意を決して目の前のジャムサンドクッキーを食べた。オレンジだったら酸味があるはずだが、口の中にはまったりとした甘みが広がった。なんと、俺の予想の斜め上を行く、バタークリームだったのだ。そしてあとからやってくる柑橘系の爽やかな香り。


「……くぅ」


 予想外の味の展開に、俺は小さな声を出してしまった。


「どうした、ケイタ」


 俺が声を出したものだから、ガリアスが驚いてしまった。


「うまい」


 そう。うまいのだ。クッキーは俺好みのサクサクで、予想の斜め上をいったクリームは口どけがよくしつこさがなかった。

 もうひとつ食べたくなって、さらに手を伸ばそうとしたら、その手をガリアスに止められた。


「俺が食べさせてあげるから」


 そう言ってガリアスは今度は違う色のクリームが挟まったクッキーを手にした。うっすらと緑がかったクリームだ。予想ではピスタチオなんだが、この世界設定にもピスタチオは存在するのだろうか?でもまぁ、木の実は野生動物の主食だろうから、栄養価の高い食べ物として人も食しているはずだ。いやしかし、果物を使っていると言っていたから、もしかするとメロンかもしれない。俺の知識の範囲だと、緑色の果物はメロンぐらいしか出てこないのである。


「ほらケイタ」


 口を開けろと言わんばかりにガリアスが俺の口元にお菓子を持ってきた。バタークリームから感じ取れる甘い匂いに微かに瓜の匂いがした。


「いただきます」


 俺はパクリと一口でいった。


「っ」


 ガリアスが頬を赤くした。別にガリアスの指は食べていないのだが。まぁ、いい。

 サクサクと崩れるように口の中で溶けるクッキーに、濃厚なバタークリームが舌に絡みつく。その味は予想通りにメロンだった。メロンは高級な果物だろうから、こんな風にぜいたくな使い方をするのが王族のお菓子ということなのだろう。


「うーん、美味しい」


 鼻から抜けるメロンの匂いがなんとも言えない。高級なお菓子を食べた。と言う満足感が俺を包み込む。


「あ、お茶」


 これだけ美味しいお菓子を食べてしまった満足感を、お茶で流してしまうのはもったいない気もするのだが、固形物、しかも粉物である。ちょっと喉の奥がまったりとしすぎだ。


「どうぞ」


 俺が手を伸ばす隙もなく、ガリアスが俺の口元にカップを持ってきた。程よい温度になっているらしく、熱さは感じなかった。


「飲みやすい温度になっているから大丈夫だよ」


 言われて一口飲んで見れば、確かに喉越しにちょうどいい温度だった。入れられてから随分と時間が経っていると思うのだが、とても飲みやすくてカップも熱くなく冷たくもなかった。つまり、カップが適温だったのだ。


「もっと、冷めているのかと思った」


 俺が思ったことをそのまま口にすると、ガリアスがにこりと笑った。


「もう少し熱い方が好みだったか?」


 カップの中の飲みものが微かに振動したのか、いくつもの円が生まれては消えていった。その不思議な光景を俺は黙って眺めた。


「このくらいでどうだろう?」


 再びカップが俺の口元にあてがわれ、俺はお茶を飲んだ。


「え?熱くなってる」


 先程よりもお茶が幾分温かくなっていた。お湯を足したわけでもないのに、カップの中身が温かくなるなんていったいどんな技術がこのカップにあるというのだろうか。駅弁で紐を引っ張ると温まるヤツがあるけれど、どう見てもこのカップにそんな仕掛けがあるようには思えない。そもそも、ガリアスはなにもしていないのだ。

 ただカップが振動しただけだ。


「ケイタの国ではこういうことはしないのか?温め直すよりも冷やす方がポピュラーなのかな」


 温め直す?いや、するけど。でもそれは電子レンジを使ってすることで、手にしたカップの中身が温まるなんて魔法みたいな事は出来るはずがない。


「冷やす時は氷を使うけど、温めるのに電子レンジ使わないといけないから」


 俺が何も考えずにさらっと答えると、ガリアスはなんだか怪訝な顔をした。


「コオリとはなんだろう?デンシレンジ?ケイタの国にある魔道具なのか?」


 今度は俺が怪訝な顔をしてしまった。いや、だって。氷を知らない?この世界冬ってないの?いやその前に、魔道具って言った?魔道具っていったよな?


「魔道具?」


 俺は思わず口にしてしまった。だってそうだろ?魔道具だよ魔道具。なにそれ、この世界魔法があんのか?


「ケイタは魔力が少ないから、魔道具を使って生活をしていたのではないのか?」


 ガリアスがさも当たり前だと言わんばかりに言ってきた。


「俺の魔力が少ない?」


 何の話だ?

 魔力?

 そんなもんあるわけがない。

 もしかしてあれか?有名な魔法使いの少年が主人公の映画みたいな世界設定なのか?魔法が使える人種と使えない人種がいるってやつなのか?と、なると、魔法があるこの国だと魔法が使えない俺は迫害される設定か?もしかして、そういうドッキリなのか?そんな面倒くさい設定でドッキリしかけるのか?いや、面倒くさいだろ。


「ああ、ケイタからは魔力をほとんど感じない。だがいい匂いはする。俺のオメガの匂いがする」


 そう言ってガリアスは俺の首筋に鼻を近づけてクンクンと匂いを嗅いできた。鼻筋がしっかりと通ったイケメンであるから、ちょっと鼻の頭が当たってくすぐったい。が、ところで今なんて言った?


「オメガ?」


 なんだか聞いたことがあるようなないような単語だ。いや、知ってるよ。時計のメーカーだよな。うん、世界的に有名な時計のメーカーの名前だよ。でも、なんか違う響きがあったんだが。


 

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