第15話 灯台

 旦那様は就寝されましたか。


やれやれ、風雨に足止めされて帰宅が遅くなった。屋敷の戸締りは私めが確認しますから、君も休みなさい。


どこでサボっていたのかと、明日は朝から旦那様に怒られちゃいますかねえ。いや、誉められるかな?


お土産話にちょうど良い体験をしましたから。興味があるならば、君へ一足先に語りましょうかな。


私めでないとスムーズに事が運ばないお使い物だと、気安く出かけたのが運のツキ。


……海辺は苦手で、10年以上も近づいておりませんでした。


急な大雨で崩れた道を大きく迂回した馬車の窓から、暗い空と飛沫を背景にして、白い塔がくっきり浮かび上がっていました。


灯台です。


船が沖に出ているのか、波間にさらわれそうな岩の縁にて存在を主張して、煌々と、眩しく燃えています。


白い煙が細く、闇に向かって立ち昇るのを見ました。


灯台の天辺から斜め上に細長く。光とは違う天を遡る揺らめき。


雷でも落ちたのかと。何かの錯覚かと。しばらく注視しておりましたなら。


灯台の屋根に、純白のスカートをなびかせて立つ少女。少女の手の先から螺旋が放たれておりました。


更に目を凝らせば、包帯でぐるぐるに包まれた少女の身体。


空へ伸びるのは長く長く、解けた包帯なのでした。


嵐の只中で、濡れもしない様相で直立する少女。激しく叫ぶ雨にも風にもさらわれる事無く、白い糸が天へと駆け登る。


ーーかなりの距離だったのに、何故にここまで、細やかな情景が理解できたのでしょう。


片眼鏡をかけている私めの右目。若い頃に無茶をして以来、少々見えにくいのですが。


時折、変わった存在を勝手に探し出して、私めをも捕らえます。


街へ向かいカーブした馬車からは、もう灯台も海も、それ以上は臨めませんでした。


灯台の少女は嵐の度に、ああして心を乱しているのですかな……気の毒なことです。


窓ガラスが、風に叩かれて酷い悲鳴を上げている。早く仕事を終わらせて、休んでしまいましょう。



【了】

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おしゃべりな紅い蝶 小太夫 @situji

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