第12話 蟻の行列そのニ

 こほん。くだらない話で、退屈させて申し訳ありませんでした。


それでは、蟻に関してお話をもう一つ。


とある場所に。崩れかけたお城があります。随分と昔に住む者もいなくなり、草生して荒れ果てております。


没落した貴族の持ち物だったとかで。白い影が徘徊したり悲鳴が聞こえたりすると、怖ろしげな噂が流れておりました。


私めは、場所を大まかにしか知らなかったのですが。偶然に、城の近くへ行く用事がありまして。


お使いごとの休憩をするついでにと、しばし城の敷地内で休んでおりました。


日当たりが良く、ヒバリなんぞが空高く舞って嬉しそうに鳴いていましてね。怪しい噂が嘘のようでした。


ふと、爪が伸びているのに気づいて。


身だしなみをキチンとしないと、主人から怒られますから……持ち歩いている細いナイフで、指先を整え始めました。


削り落とした爪が、ぱらぱら足元に散らばり。しばらくすると、蠢く黒い粒が大量に足元に集ってきました。



蟻です。行列を作り、私めの落とした爪を運んでいくのです。


ちょっと嫌な気分でしたね。自分の身体の一部を、食料として提供してしまうのは……。


地面に注目して見渡してみますと、やたらと蟻が歩くのに気づきました。


大きな黒い蟻、赤茶色の小さい蟻。蟻それ自身は、ちっとも珍しい種類ではございませんでしたが。


城の石垣に絡むツタの葉にも、落ちている小石の影にも、無量大数の蟻が群れておるのです。


蟻の行列が渦を巻いて、中心の城を取り囲んでおります。


恐らく気づいたのは私めだけでしょうねえ。土の上など、そうそう凝視する人間もいないでしょうし。


いかにもな怪しい城を探索したい誘惑に駆られましたが、一人で崩れかけた建物の内部に入るなど、危険というより無謀です。大人しく帰宅いたしました。


それからすぐのことです。城が取り壊されました。


城の奥深く、忘れ去られたような地下室から、大量のミイラと人骨が発見されたそうです。


地下墓地というのをご存知ですか。


弾圧を受けた宗教の徒が、違う信仰を持つ守り人の鎮める地に眠るのを拒否して、人目を避けた建物の地下を墓場にしているのです。


地下には祭壇があり、何らかの神を崇めていた形跡があったそうですが。先祖代々、人目を避けての信仰だったのかもしれません。


とっくに主のいない古い城ですから、地下墓地が存在していた理由など、はっきりしなかったようです。


噂されていた白い影や悲鳴は、未だに神を崇める人々が、夜な夜な、こっそりと城に集まっていたから。


……などと私めは想像しましたが。幽霊の正体見たり枯れ尾花。まあ分かりませんがね。


気になるのは、まだ半乾きのミイラがあったことと、数多いミイラのほぼ全てに、チクチクと齧り取ったような細かい網目の虫食い穴が無数にあったことです。


蟻ですな。周辺に異常繁殖する蟻の仕業。


私めの爪を喜々と持っていったのも、人の味を知っていて。栄養があるのを理解していたから。


ーーああ、少しそのまま。あなた様の服の袖を、蟻が何匹も歩いておりますよ。


虫に罪はありませんが、首筋がちくちく痒くなるようなお話でございましょう。


数を組んで襲われたりしたら、怖いですねえ。あの場所に住む大量の蟻が、積極的に肉を狩ろうとしなければ良いですが。




【了】

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る