第7話 人形
ふう。小さな町のお祭りとはいえ、スゴイ人波だ。共に来た使用人仲間とも、はぐれてしまいました。
賑やかで懐かしい雰囲気に浸れたのは良いですが、屋台で人形など買わされてしまいました。私めは子供がいないどころか、華の独身ですぞ、全く。
幼い頃は貧しくて、このような玩具で遊ぶ余裕など無かったですねえ……。
しかし人形といえば、ささやかな思い出もございます。
アレを観たのも……カーニバルの晩でしたかな?
祝い事や祭事がありますと、人が集まります。芸を見せたり商売する人間も集まります。
あの腹話術師は、そうしてやって来た旅芸人のようでした。
楽団の音色が胸をときめかし、様々なパフォーマーに人々が群れる中。まばらにしか集客のない一角がありました。
私めは幼くて貧弱なチビでしたから、人気の演目など人垣の果てからでは、ちっとも観れず。そちらの空いている場所に進んだのです。
大柄な男が背を丸めて椅子に座り、人形を膝に乗せて腹話術を披露しておりました。
人形は一メートル以上ありましたかね。当時の私めを、ひと回り縮めた位で。
男の体躯が立派でしたので、木偶人形はますます小柄に滑稽に映り。しばらく見入っておりました。
カラカラ カラカラ
男が話す度に人形の右腕が揺れて、物悲しく乾いた音色を立てます。妙に耳に残っております。
やがて腹話術師は、人形との会話を唐突に切り上げて巨大なカバンを開き、片付けの準備を始めました。
地味な見世物のせいか、あまり人がいませんでしたからね。場所を変えよう、とでも思い立ったのか。
看板を畳もうとして手間取る男。人形だけが椅子にポツンと座っております。
灯りに魅かれて集まった虫に、私めは何箇所も食われておりました。
手足をぽりぽり掻いていますと。人形が身じろぎしたように思いました。
……人形のほっぺたがね、赤く腫れているのです。虫に刺されて。
近づいて凝視する私めを、人形もギロリと見返して
『さっさと行け』
声こそ出しませんでしたが、確かにそんなセリフを形作る口元。
「一人で来たのかい。」
頭上から降ってきた野太い声に、私めは飛び上がりました。話しかけてきたのは、腹話術の男です。
人形を二つに折って巨大なカバンにすっぽり収め、ニヤニヤ笑いかけてくる男に怖気立ち。慌てて走り去りました。
子供……私めと歳もそう変わらない小柄な……手足は間違いなく木製……でも顔は……?
自分も人形にされていまいそうで、しばらく人の多い場所から遠ざかって過ごしました。
人形の正体は、誘拐でもされた四肢の無い子供だったのか。それともアレも腹話術師の術だったのか。
今は昔。真実を知る術はありません。
祭りで灯される、カラフルなランプを眺めていますと、懐かしくも恐ろしい気持ちが甦ります。
ーー買ったこの人形は、近所に住む子供にでもやりましょう。
私めの思い出話のオマケ付きで、ね。
【了】
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