第5話 ホクロを買う
変わった薬入れをお持ちですね。古そうな銀細工の丸い小箱。
これは……多分、ホクロ入れとして作られた物ですな。似た物を、見たことがありますぞ。
いきなり話しかけて、失礼しました。私めはシュメッターリングと申します。
懐かしい物を視界に入れましたので、つい。
あなた様にお時間があるならば、合い席をよろしいでしょうか?
どのくらい前でしたか……『付けボクロ』のオシャレが、貴族のご夫人方の間で流行しました。男性にも広まりましたね。
黒いビロードを葡萄の種粒ほどに切り、肌にチョンとくっ付けて。
あなた様がお持ちなのは、そのホクロを入れておく小箱です。予備のホクロとか。
目元や口元のホクロ。またドレスからチラリと覗く胸元のホクロなど。色気が増して、肌の白さが引き立ちますな。
失敬。昼間のカフェーで、初対面の方とするには馴れ馴れしい会話でした。
ホクロは、人格や運勢をあらわすとして、占いでは重要な地位を占めております。
遠国で天下を取った、ある人物の内股には72個のホクロが並んでいたとか。これが吉相となり天下を取れたと、ものの本には書かれております。
……ちょっとこれは極端な例ですかな。
付けボクロに話を戻しますと。
大流行した時代には、ホクロを扱う物売りも現れました。ちょっと評判のホクロ売りがいたのです。
その人物の売るホクロ。肌から離れにくく色艶も宜しく、なかなか具合が良いと、人気がありました。
でもね。
ホクロを主人より買いに行かされる、私めたち使用人の間では、必要以上に売り子へ近づくなというのが鉄則でございました。
見目も悪くない妙齢の女性なのですが、無口でマントをすっぽり頭に被って、黒い手袋をしておりまして。
手袋じゃないのですな。よく観察すると。
全部、ホクロなのです。女性の指先から肘までを、黒く染めているのが。
本物なのか付けボクロなのか。ついぞ聞けずじまいだったのが悔やまれます。
森で出会ったことがございました。ホクロ売りの女性に。
大きなバケツを、重そうにぶら下げて歩いておりましたので、手伝おうかと持ちかけました。
木製のバケツに、太ったコウモリがびちっと詰まっていて。私めは危うく落とすところでした。
ホクロ売りの女性は、黒いビロード生地ではなく……もっと別の材料……
鳥でなく哺乳類ですので、コウモリの羽は飛膜と呼ぶのですか。
その柔らかい膜を切り取って、上等の付けボクロにしていたのです。
ホクロを肌にくっ付けて、喜々とするご婦人方へは、教えるわけに参りませんでしたねえ……。
付けボクロの流行が間もなく去りまして、ほっと安心を致しました。奇妙なホクロ売りに会わずにすむ。
森に行っても、2度と女性に会うことはございませんでした。
色々と謎は残ってしまい、今は心残りです。大量のコウモリを、どのような方法で捕まえていたのか、とか。
超音波を発し、対象物より跳ね返ったエコーを感知して、コウモリは移動しています。
イルカなどと同じ方法ですね。エコロケーションと呼びます。
超音波を操る怪しい術を、ホクロ売りは何やら心得ていたのかもしれません。それとも、腕を染めていたホクロに何か秘密が……?
あなた様の持つ、銀の丸い小箱。変わった花の紋様が、フタに彫ってありますよね。
長いヒゲを垂らした猫のような、翼をだらりと下げた鳥かコウモリのような。
『バットフラワー』という花なのです。ブラックキャット、デビルフラワーの別名もありますな。
最初に申しました。私めは似た物を見たことがあると。
ホクロ売りの女性が、お得意の客にサービスで渡していた小箱と。一緒のデザインです。
あなた様の指先までをまとう黒い手袋。
本物の手袋を、はめていらっしゃるのですよね?
【了】
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