第4話 お腹の中に蝶がいる
兎のパエリヤは、お口に合いませんか。食が進まないご様子ですが。
くせのある兎肉は好みでない方もいらっしゃいます……え、違う? 失礼しました。
ははあ、皆が仕事の話ばかりで退屈ですか。胸をふさぐ悩みもお持ちのようですな。
では。一足先にデザートでも。もっとくつろげる、暖炉側のテーブルへどうぞ。
あなた様は大切なお客人ですから。商談に夢中の旦那様に代わり、僭越ながら私めが話相手を。
ーーお待たせしました、リンゴのタルトと紅茶でございます。
ふむ、お若い方の悩みは十中八、九が恋の病と相場が決まっておりますが。
図星ですね、はは。相談も秘密を守るのも無料です、ご安心下さいませ。
異国の言葉で、恋のトキメキを『お腹の中に蝶がいる』と表現するそうでして。
蝶を捕まえた経験は、おありですか。
両手に閉じ込めた蝶々が羽ばたき、サワサワと手の内を撫でる。あれは、何とも嬉しく、くすぐったい感覚でございます。
恋に落ちると、身体の内部を飛び回り胸やお腹をくすぐる蝶を飼うわけですな。なかなか詩的な表現です。
私めの胸元を飾る石が気になりますか。話になぞらえて、蝶の飛ぶ石が?
琥珀でございます。虫や植物を内包する琥珀は珍しくないですが。これは蝶が浮かんで見えるよう、台座に彫刻がしてあります。
この蝶にまつわる恋物語もありますが……今はこの通り。琥珀に固く閉じ込めて語る事は出来ません。ハッピーエンドではございませんので。
あなた様の内を飛び回る蝶が石化してしまわないよう。恋しい相手に、ぶつかってみるのをお薦めします。
季節の花を席に飾り、お茶に誘いなさい。お相手を知り、自分を知ってもらうのが最善の策と存じますよ。
贈り物なら、最初はあまり高価でない品をーー偉そうな助言は、この辺りで止めましょうか。
夜が更ける前に、馬車をお呼びします。家へお戻りになり、恋しい方を誘う招待状を準備して下さい。
お休みなさいませ。あなた様の幸運を願います。
【了】
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