ある人間の振り返り

夕霧ヨル

1 電車

(はぁ……今日も、仕事か……)


 私は、揺れる電車の中で座っている。

 今日は、運が良いのか、イスに座ることができた。

 いつもは、有り得ないくらい人が乗っている電車の中で、1時間ほど立っている。


(やっぱり、疲労感が違う。立つのって、疲れるんだな)


 久々に座れたことで、私は、再認識した。

 いつも、窓の外を見上げる余裕なんてものはない。

 だが、今日は違う。


(久しぶりに、外でも見るか)


 私は、窓から空を見る。

 夏場とあって、太陽がまぶしい。

 映像の早送りのように、建物が流れていく。


 どこに向かっているかは分からないが、車がたくさん走っている。

 歩道には、日傘をさした人が歩いていた。


(歩くのも、運転するのも大変そう。私は、座っているだけだけど、目的地に近づいているから、勝ち組!)


 私は、一瞬だけ、勝ち誇った気持ちになる。

 だが、すぐにその考えを否定した。


(いや、別にあの人たちと私に違いはないか。多分、待遇は違うけど、働くっていう点では、一緒だと思うし)


 私は、窓の外を見るのをやめる。

 別に窓の外を見てても、意味がないことに気づいたからだ。


(少しでも休憩しよう。寝るか)


 私は、盗まれないように、カバンをギュッと握った。

 目をつむると、目の前が少しだけ暗くなる。


(はぁ……小さい頃から、勉強と運動を頑張ってきたのに、なんでこんな風になったんだろう……)


 私は、人の圧力を感じながら、そんなことを考える。

 昔から、勉強も運動も、人並み以上にはできたつもりだ。


『周りよりも優れている自分の将来は、きっと明るいだろう!』


 小さい頃は、そう信じて疑わなかった。

 今から考えてみると、傲慢な考えだったと思う。

 だって、現実は、電車の中を見ても分かるように、自分とその他大勢に違いはなかったのだから。


 なんの疑問も持たず、親に言われるがまま、良い中学に行き、高校、大学と順調に人生を進めてきた。

 多少、困難なこともあったが、努力をして、乗り越えることができていた。


 就活も、早くから準備していたおかげで、それなりの企業に入ることができた。

 世間的には、順調そのものに見えているだろう。


(でも、なんかしっくりこないんだよな……)


 私は、電車の揺れる音を聞きながら、そう思った。

 小さい頃、思い描いていた未来は、こんなに灰色じゃなかったハズだ。

 少なくとも、出荷される荷物のように、電車に押しこまれて通勤することになろうとは、考えてもいなかった。


(これを、あと何十年も続けるのか……)


 そう思うだけで、めまいがしてくる。

 私は、目をつぶりながら、片手で目頭を押さえた。

 ギュウッと握った後、放す。


 少しだけ、頭がクリアになった気がする。


(昔の人は、今よりも劣悪な環境で、何十年も働いていたんだよな……考えられないよ)


 私は、自分の職場環境を思い浮かべながら、そんなことを思う。

 最近は、世間の目とか、コンプラの遵守が叫ばれている。

 おかげで、私の働く環境は、それほど悪くない。


 むしろ、かなり良い方だ。

 人は優しいし、職場はキレイで、働きやすい。

 私が働いている企業は、俗に言うホワイト企業なのだろう。


(まぁ、それでも、つらいのには変わりないけどね)


 丁寧に仕事を教えてもらったおかげで、それなりに仕事はできていた。

 上司や同僚からの評価も悪くない。

 だが、それでもつらい。


(客観的に見たら、つらい要素なんて、なにもないのに、なんでつらいのかな?)


 私は、原因を探ろうと、考える。

 これは、非常に悪い癖だ。

 考え抜かれた結果は、大体、どうしようもないことだからだ。


 それでも、考えてしまう。


(体力的につらいからかな? でも、今も土日とかはランニングしてるし、それはないと思う)


 私は、頭の中に浮かんだ考えを消し去る。

 続いて、次の可能性を考えた。


(もしかして、精神的につらいのかな? たしかに、人付き合いとかで気を遣うことが多いし、多分、これが原因だろう。仮面を被り続けるのは、思った以上に大変なんだな)


 私は、そう結論づけた。

 というより、考えるのやめようと思った。


(そういうことにしておこう。今、このことについて考えてたら、寝る時間がなくなっちゃう)


 私は、強制的に思考をシャットダウンすると、眠りにつこうとする。

 電車の中といえど、眠れる時間というのは貴重だ。

 まして、いつも立っているから、寝れたものではないから、なおさらだ。


 ガタンゴトン、ガタンゴトンと電車は音を立てて、進んでいる。

 私は、揺れに身を任せ、眠ろうとした。


(ああ! もう、全然、眠れない!)


 いつもだったら、眠くて、眠くて、しょうがなかった。

 だが、ゆっくりと座れる今日に限って、全然、眠くならない。


(さっき、太陽光を浴びたせいかな……)


 私は、原因を探るために、頭を起動してしまう。

 だが、少しでも、外界からの刺激を受けないように、目だけはつむっていた。


(もういいや。とりあえず、目だけをつむっていれば、休憩くらいにはなるだろう)


 私は、そんなことを考えながら、目的地に到着するのを待っていた。

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