第11話 招待状が届きました!
ほんのりぼやけた明るさに包まれた、ある朝のことです。
ダルシーは誰よりも早く目覚めます。
んーっと両腕を大きく伸ばすと、あくびをひとつ。枕元のゴムを手に取り、金色の癖っ毛にぐるぐる巻きつけて大雑把にお団子を作ります。
顔を洗い歯を磨いて、シミのついたワンピースに腕を通すと、次にするのは郵便物の確認です。
扉を開けると、風とともに枯れ葉が数枚入ってきました。
『うー、寒いわね』
冷たい風が体に刺さりダルシーの肩がキュッと縮こまります。
扉横にある木箱の蓋をぱかっと開けると、中に入っていたのは、茶封筒でも小包でもありませんでした。
手を突っ込んでダルシーが取り出したのは、1枚の大きな葉っぱです。ダルシーの顔の2倍はあります。黄緑色の艶々とした、白い葉脈が美しい葉でした。
風で入ったのかと思いましたが、投函口よりも遥かに大きい葉っぱが自ら蓋を開けて入ってきたとは考えられません。
葉っぱを裏返してみると、まっすぐな筋を罫線にして、小さな字でメッセージが書いてありました。しかしそれは初めて見る文字で、ダルシーにはなんと書いてあるのか分かりませんでした。
家の中へ戻るとはぁと手に息を込め、葉っぱをテーブルに置き、そのままキッチンへと向かいました。
4つ並んだ瓶の1番左の蓋を開けると、柑橘系の爽やかな香りが広がります。ポットに水を汲み、火にかけて様子を見ていた時でした。
奥の部屋の扉が開き、踵を擦る音とともにエディが起きてきました。ボサボサ頭をガシガシと掻きながら、両腕をいっぱいに伸ばしあくびをします。
『おはようエディ、よく眠れた?』
「おはよう、まぁそこそこ。ベルガモットの香りがする。僕も飲みたいな」
起きたばかりの掠れた声でそう言うと、どすんと3本脚の椅子に腰掛け、テーブルの上の葉っぱに手を伸ばしました。
「これなに?」
葉っぱをひらひらと振りながらダルシーに尋ねます。
『あぁそれ、今朝ポストに入ってたの。後ろに謎の象形文字でメッセージが書いてあったわ』
ティーカップにお湯を注ぎながらダルシーが答えます。エディは葉っぱをひっくり返し、目で文字を読みました。そこには、
" 親愛なるエディさま
きたる土曜日、思い出の庭にてダンスパーティーを開催します。ぜひ、お越しくださいませ"
と、書いてありました。
「これ‥‥森のパーティーの招待状だよ!」
エディは嬉しそうに立ち上がりました。
『森のパーティー?楽しそうね』
まだダルシーも起きたばかりですので、それほど高くないテンションで応えると、2つのティーカップを持ってやってきました。湯気がユラユラと揺れています。
「あぁ、クスの主の気まぐれで開催されるんだ。ここ数年はなかったんだけど、どういう風の吹き回しかな。もしかしたらダルシーに会いたくなったのかもしれない」
『私に?』
どうして?とダルシーは不思議そうな顔をしました。
「このあいだ見回りに行った時に聞かれたのさ。あの娘はもう来ないのかって。僕が彼女は別の仕事で忙しいって言ったから、ダルシーを誘き出す方法を思いついたんだよきっと。いやぁ、それにしても久しぶりのパーティーだ!むかし国王に招待されて宮殿に行った時以来だ、楽しみだなぁ!」
エディは招待状を眺めながら幸せそうに笑うと、それをきゅっと胸に当てました。恋人から手紙が届いたように。一方ダルシーは、そんなエディを見て何か言いたそうな表情でした。
しかしそんなダルシーのことは気にも止めず、エディの頭の中はすでに、土曜日に向けた準備のことでいっぱいのようです。
「今週の土曜日ということは時間がない!もちろんダルシーも来るよね?!あぁ何を着て行こうかなぁ。最近買った新しいブラウスもいい。ピアスは、せっかくだから大ぶりの存在感があるのがいいなぁ。ルビーの、花の形のピアスなんてどうかな。白に映えると思うんだけど。レースアップシューズは新調しようかなぁ。見回りでどろどろだ。あ、ダルシー、後で前髪を少し整えてくれるかい?あとは何が必要かなぁ」
普段のエディからは想像できないほどそわそわと落ち着きがなく、湧き上がる興奮が抑えられないようです。先ほどからボサボサ頭のまま同じところを行ったり来たり。足が椅子にぶつかってもお構いなしです。脳の半分以上は別の世界に行ってしまったのですから。
『遠足前の子供ね。まずは顔を洗ってきたら?』
頬杖をつきながらダルシーが気だるげに言うと、エディは歩き回っていた足をピタリと止めました。
「それもそうだね!よし!朝の見回りをさっさと済ませて、散髪したらコーディネートを考えよう!ダルシー今日の朝食は僕が作るよ!」
バタバタと慌ただしく洗面所へ向かうエディ。
まぁ、嬉しいことがあるとなんて素直なこと、とダルシーは紅茶をひと口運びました。
エディが元気いっぱいに見回りへ向かってすぐ、メルヴィンが起きてきました。
『おはよう、ダルシー。いい匂いじゃな』
『おはようメルヴィン。ベルガモットの紅茶飲む?昨日も遅かったみたいね』
ロッキングチェアに揺られていたダルシーは、その席をメルヴィンに譲り、紅茶を淹れにいきました。
『何やらエディの声が聞こえとったが』
メルヴィンが新聞を開きながら尋ねます。
『森のパーティーの招待状が届いて、すごく喜んでたの。珍しく興奮してるみたいだったわ』
ダルシーがキッチンの奥から答えます。
メルヴィンはテーブルに置いてけぼりにされた、招待状を手に取りました。
『おぉ、森でダンスパーティーをするのか、ずいぶんと久しぶりじゃのぉ』
『エディもそう言ってた。パーティーなんて宮殿に行った時以来だって。ベルガモットでいい?』
『あぁ、ありがとう。宮殿かぁ、そうか。エディが子供の頃に両親と行っていたな』
『私はこーゆー社交場は初めて』
ダルシーがガスコンロのつまみをぎゅっと回すと、ぼっと青い火が現れました。
1人分の紅茶の水はすぐに温度を上げて、ぼこぼこと大きな泡を吹き出します。
お湯を注ぐと、テーブルの側に立ち招待状を眺めるメルヴィンの元へ運びました。
メルヴィンは、立ったままぼーっと招待状を眺めています。
『どうしたの?』
『あぁいや。クスの主がパーティーを開き招待すると言うのは、その者をこの森の魔法使いとして認めた証なのじゃよ。きっとエディはこのことは知らんがな。10年近く頑張ってきたことがやっと認められたのじゃ。簡単な道のりではなかった』
メルヴィンは椅子に腰掛けると『紅茶ありがとう』と、親指と人差し指で取っ手を摘み、息を吹きかけました。
『それはお祝いしなくちゃ!あ、でも、エディはこのこと知らないのよね?内緒にして、当日驚かせるのがいいわ!さっきえらく喜んでたのは、認められたからじゃなくて、パーティーに行けるのが嬉しかったからなのかしら。何がそんなにいいんだか』
ダルシーが結った髪をほどき、手櫛で整え、ポニーテールを作りながら言いました。
横に座るメルヴィンは、小さな丸いレンズの眼鏡を外すと、それをそっとテーブルに置きました。
『エディはな、ずっとひとりぼっちじゃった。あの子の親は仕事ばかりで、帰りはいつも月が顔をだす時間帯じゃった。学校が終わればエディは一目散に記憶屋に来て、ひとりで人形遊びをしたり、絵本を読んだりしておった。とても静かにな』
『ずっとひとりで?』
『そうじゃ。ある時、友達と遊んで来ないのか聞いたら、友達はいないと言った。まぁ、物静かな性格じゃったからなかなか難しかったのじゃろう。人一倍優しくて繊細じゃから、近づいて傷つけられるのが怖かったのかもしれん。
あんな感じで今でも誰かと付き合うは上手くない。余計な一言も多いじゃろ』
『まぁ、それはお互い様!私も負けてないから!』
ハキハキと答えたダルシーに、メルヴィンは声を出して笑いました。
『はっはっはっ!頼もしいな。本当は友達と集まって遊んだり、両親とたくさんの時間を過ごしたかったのじゃ。招待状がきた時は、心の底から嬉しかったはずじゃ。ダルシーもぜひ一緒に森のパーティーを楽しんできてやってくれ』
優しく微笑んだメルヴィンに、ダルシーは、なんだか申し訳ない気持ちになりました。
パーティーに誘われ、飛び跳ねて喜ぶエディを見て、"遊び人みたい"だと感じていたからです。
先ほどの何か言いたげな目は、こう思っていたのです。しかしこれはきっと小さな嫉妬心からきた感情です。タキシードに身を包んだエディが、女の子と手を取り踊る姿を想像したら、なんだかモヤモヤしてしまったのです。
エディが帰ってきたら、一緒に衣装を決めて、前髪を綺麗に切ってあげようと決心したダルシーでした。
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