第12話 衣装が決まったら、いざ、森のパーティーへ
「ん〜‥‥」
ダルシーには同じに見える2枚のブラウスを見比べながら、エディは眉間に皺を寄せて息を漏らします。
ひとつはレースの襟がついたバルーン袖のブラウス、もうひとつは三角の大きな襟にビーズの刺繍をあしらったブラウスです。
「新調したばかりのブラウスを着て行きたいけど、これにルビーのピアスをつけると少しうるさいかな。白いレース襟の方が品があるよね。‥‥でもせっかくのダンスパーティーなんだから1番輝いている自分を見せたい気もする。明日にはラルフに調達させたフラットシューズが届くから、それを見てから決めてもいいなぁ。あぁ〜なんて幸せな時間なんだ。ダルシーは着ていく服決めたかい?」
2枚のブラウスを交互に体にあてながら、鏡越しにエディが尋ねました。ダルシーの体はピクリと小さく飛び跳ねました。
エディときたら、かれこれ30分この調子で迷っているので、ダルシーは退屈で、あと少しでカクンと電源が落ちてしまうところでした。
鏡の中で嬉しそうに微笑むエディと目が合い、急いでにこりと微笑み返します。
『私はドレス持ってないから、エディのピエロ服をドレス代わりに着ていくわ。それで?決まったの?』
「うん、少し派手だけどこっちのブラウスにするよ」
三角襟の方を上にあげてエディが答えます。
ブラウスを体にあてて、右を向いたり左を向いたり、口角を少し上げてみたり、髪を無造作にしてみたり、まだ熱は冷めないようです。
わしゃわしゃにした髪を手櫛で整えながら、エディは何かを思いついたようにハッと振り返りました。
「そうだ!ダルシーはあそこから選べばいいんだよ!」
『あそこ??』
エディのいう"あそこ"とは、部屋の端に追いやられた、もうひとつのクローゼットのことでした。扉全面に植物が描かれた紺色のクローゼットで、メルヴィンが集めているアンティーク家具のひとつです。
エディは部屋中の引き出しを開けて、クローゼットの鍵を探します。なにせこのクローゼットを開けるのは初めてなので、鍵をどこに片付けたか忘れてしまったのです。
「あったあった」
ガラスの小物入れから見つけ出すと、指でくるくると回しながらクローゼットに近づきました。複数の鍵が輪っかでまとめられているようで、チャリンチャリンと音が鳴ります。
鍵を開け、エディが両扉を勢いよく開くと、溜まった埃が舞い上がり、雪のように降ってきました。クローゼットの中には、5着のドレスが入っていました。
「このドレスは僕の母さんが残していったものなんだ。好きなの選んで」
顔の前で手を振り、咳払いをしながらエディが言いました。ダルシーは『ドレス!?』と喜んで駆け寄ると、エディと同じように咳払いをしました。
『うわぁー!』
ラインストーンをあしらったマーメイドドレス、肩が丸出しになったセクシーなチューブドレス、スリムなラインのアワーグラスドレス、美しいシルクのローブ•モンタント 、フリルのスカートが可愛いミニドレス。
ダルシーは煌びやかなドレスたちに目を輝かせます。
『すてき!すてき!とってもすてき!えー!どのドレスにしようかしら!』
埃が付くのも気にせずに次々とドレスを手に取ると、鏡の前に立ち、ドレスを体にあてました。
「それにしても、10年近くそのままだったから埃がすごいな。僕の魔法で綺麗にしてあげるよ」
『本当!?ありがとう!!‥‥さすがに、タイトなドレスはセクシーすぎるわね。身長も足りない。でもミニドレスも脚が綺麗じゃないと着れないわ。お母様はきっと、とても美しい方だったのね!』
ダルシーはクリーム色のローブ•モンタントを手に取り、鏡の前に立ちました。
『うん!ちょうどいい丈感だわ。エディも白のブラウスでしょ?揃えた方が統一感があって素敵よね』
スカートを掴み、ひらひらと揺らしながらダルシーが尋ねます。そんなダルシーを見て、エディはクローゼットの方へ向かいました。
「どうせならこれにしなよ」
そう言ってエディが持ってきたのは、5着のドレスの中で1番派手なマーメイドドレスでした。
『だめよぉ、魅力的だけどこんな色っぽいドレス、私には早すぎるわ。長さだって合ってないし‥‥』
「着たいものを着ればいいんだよ」
エディはローブ•モンタントを奪うと、マーメイドドレスをダルシーの体にあてました。
「うん!とっても似合ってる!」
ダルシーの顔を覗き込んで微笑みかけるエディ。
先ほど、ダルシーが1番にマーメイドドレスを手に取り、体にあて、うっとりとしていたのをエディは見逃していませんでした。せっかくなら、自分の1番好きなドレスを選んで欲しいと思ったのです。
ダルシーは、エディがそんなことを言うなんて明日は台風がやってくるわ!と思いましたが、ふざけているのでも、お世辞でもないことは分かっていました。エディは心に思ってないことは言いません。言ったとしてもすぐに顔がひきつります。その正直さがエディの長所なのです。
勇気づけられたダルシーは、小さな自信が沸々と湧き上がってくるような感覚になりました。
『そうね!ダンスパーティーなんて、この先行くか分からないし!何も気にせず、ぱぁっと楽しみましょ!そうだエディ!さっき言ってた魔法をお願いしてもいいかしら。早速試着してみようと思うの!』
マーメイドドレスをぎゅっと抱きしめてダルシーが尋ねます。
「そうこなくっちゃ!試着会が終わったら次は散髪、頼んだよ!」
『もちろんよ!任せてっ!』
ダルシーは親指を立て、グンッと前に出しました。
この日ふたりは1日中、家の中を行ったり来たりと大忙しで、メルヴィンはそんな様子を微笑みながら眺めていました。
いよいよ、ダンスパーティー当日です!
家の中は、朝から何やらドタドタと騒がしいです。
新しく増えたネズミの家族と格闘しているわけではありません。エディがメルヴィンを追いかけているのです。
メルヴィンはお家でゆっくり過ごしたいようですが、エディがそれを許しません。
逃げ回るメルヴィンを捕まえては蝶ネクタイをつけようと試みます。
「メルヴィンも一緒に行こうよ!僕はみんなで行きたいんだ!」
『いい、いい!ふたりで行ってきなさい』
先ほどから何度もこのやりとりが聞こえてきます。ダルシーはというと、すっかりマーメイドドレスに着替えてヘアセットに集中しています。
「ほらできた!これでバッチリだよ!たまに仕事を休んだってバチは当たらないさ!さぁ行こう!」
腰に手を当て、よし!と嬉しそうな顔のエディ。ベストを着させられ、タータンチェックの蝶ネクタイまでつけられたメルヴィンは、着せ替え人形のようにされるがままです。エディは自分の部屋からポークパイハットを持ってきて、メルヴィンにかぶせました。
「よぉし完璧だ!ダルシーできたかい?」
洗面台の鏡に、髪をひとつに結んだエディの姿が映ります。前髪もすっきりです。今日はメイクをしているようで、目尻には青いアイライン、瞼には薄くラメがのっかっています。
『あと2分!前髪を巻けばおしまいよ』
お団子頭のダルシーが、後毛をピンで止めながら返事をします。
前髪を濡らしロールブラシにグルンと巻きつけると、ドライヤーで乾かしていきます。ふにゃふにゃの癖っ毛はすんなり言うことを聞こうとしないのですが、今日は上手に巻けてダルシーは大満足。薄絹のショールで肩を隠せば、準備万端です!
『エディおまたせ!あら、メルヴィンも行くことにしたの?』
ダルシーが洗面所から出ると、おめかししたメルヴィンの姿がありました。
『まったくエディときたら、わしを連れて行くと聞かないんじゃ。はー、今日はゆっくり過ごそうかと企んでおったのに』
ロッキングチェアにぐったりと座りながら、疲れ切ったように答えます。
『そうなの?お洋服とっても似合ってるわよ!』
ダルシーはウィンクを落とすと、ドレスの裾を引きずりながら薄絹のショールを探します。
「よし、みんな。準備はいいかな!出発だ!」
青色のジャケットを片手に部屋から出てきたエディが、声高らかに言いました。
勢いよく扉を開き、大きく一歩を踏み出すと、ポケットから横笛を取り出します。
地を這うような低い音を響かせると、10秒も経たないうちに、空の向こうから雲のタクシーがやってきました。密度の濃い、たくさんの綿が集まったような雲です。
「思い出の庭までお願い。さぁ乗って」
最初にエディがぴょんっと飛び乗り、ダルシーに手を差し出します。エディとダルシーでメルヴィンを引っ張り上げると、雲のタクシーは風を切りながら一気に上昇していきます。
『『きゃぁあぁぁあぁぁあっ!!』』
とても速いです。追いかけっこをするオオルリも燕もぐんぐん抜いていきます。
メルヴィンはハットが飛ばされないように抑えながら、右手でエディにしがみつきます。ダルシーも同様です。
ふたりは雲のタクシーに乗ったのは初めてだったので、身を守るのに精一杯で、景色を楽しむ暇などありませんでした。
「ほら!見えてきたよ!」
エディが地上を指差して言いました。
メルヴィンはすっかり怖がってしまい、ぎゅっと目を瞑っています。ダルシーは、エディの背中にへばりつき、肩からゆっくりと顔を覗かせます。目線だけをゆっくり下ろすと、緑の絨毯が広がる中、ポカンと丸い穴が空いた、木の生えていない場所を見つけました。あそこが思い出の庭です。
雲のタクシーはシューっと緩やかに降下し、3人を目的地へと届けます。
最初にエディが降りて、裾が絡まったダルシーに手を差し伸べたその時でした。
『エディ〜いらっしゃい!!待ってたのよ!』
聞いたことのあるやけに高い声に、ダルシーは顔を上げます。
胸元の大きく開いたスパンコールの衣装に身を包み、ピアスをジャラジャラとぶら下げたキノコの妖精たちが、エディを迎えにきたのです!
『エディ、今日は私たちと楽しみましょう!あ〜ら、小娘も一緒なのね』
ダルシーを見つけて、頭のてっぺんからつま先までジロジロと見ると、フッと鼻で笑いました。
ダルシーはムッとして、眉尻をキュッと上げます。
妖精たちはエディの周りに群がり、あっという間に連れて行ってしまいました。
がっかりしたダルシーでしたが、目の前に広がる景色に悲しい気持ちはすぐに吹き飛んで、ぴかぴかと明るく色付いていきました。
庭の周りの木々には、赤い実とローズマリーで作られたリースがいくつもぶら下がっています。
中では森の住人たちが集まって、がやがやわちゃわちゃ!小さな商店街のように賑わっていました!フリーマーケットもやっているようです!
どこからか、スキップしたくなるような音楽が聞こえて、ダルシーはメルヴィンのことをすっかり忘れて急ぎ足で向かいました。
『お、おいおい!待ってくれ。よいしょっと』
メルヴィンはずり落ちるように雲のタクシーから降ります。
『すごーい!きれぇー!』
ダルシーが1番感動したのは、頭上に浮かぶ無数のロウソクたちでした。そのひとつひとつはとても小さく、薄霧の中でぽわぽわと星の光のように輝いています。掴もうとすると、フワッと逃げて行きました。
『すごいわぁ!これはエディの魔法なのかしら!』
ようやく辿り着いたメルヴィンに尋ねます。
『きっとそうじゃ』と、少し息の切れた返事が返ってきました。
足元から音楽が聞こえて、ダルシーは視線を落とします。
演奏していたのは4匹のアマガエル音楽隊でした!お揃いのタキシードに身を包み、特注のバイオリンとチェロで上品なクラシックを奏でます。
プロ並みの演奏に拍手を送るダルシー。
しかし立ち止まってはいられません。ダルシーの関心は万華鏡のように次々と移り変わります。
今度は、ラズベリーパイの甘い香りが、風にのってやってきました!
『この匂いはどこからかしら!』
ドレスの裾をがしっと掴んで、駆け足で匂いのする方へと近づきます。
辿り着いたそこには葛の葉でできたテントがありました。ダルシーの膝下ほどの高さのテントです。入り口から1匹のヤマリスが飛び出し、木を駆け登って行きました。ヤマリス夫妻が手作りのパイを販売しているようです。
『おひとついただけるかしら』
ダルシーは驚かさないように、ゆっくりとしゃがみ囁くように尋ねました。
『あら人間のお客さんだなんて珍しいわね、エディのお友達?それ可愛いドレスね!パイは無料だから好きなのひとつ持ってっちゃって!初めて作ったからお口に合うか分からないけど!』
テキパキと人懐っこいヤマリスの奥さんです。
ダルシーは3つ並んだ親指サイズのパイのうち、ブラックベリーのパイをつまんで、パクッとひとくちで完食しました。
『う〜ん!!甘酸っぱいベリーがサクサクのクッキー生地とよく合うわ!あっ!メルヴィン、あっちでは何を売ってるのかしら!』
ダルシーの好奇心は加速していきます。メルヴィンは隣の骨董屋で、マグカップを見ています。
エディはまだ妖精たちといるようですが、ダルシーは特に気にすることなくパーティーを楽しんでいました。
次に向かったのは、手作りアクセサリーのお店です。
青い石が埋め込まれた指輪を、小指にはめて眺めている時でした。
後ろから『それは偽物だよお嬢さん』という、耳馴染みのある声が聞こえて、ダルシーは素早く振り返りました。
『ラルフ!どうしてここに!』
後ろに立っていたのは、白いタキシード姿のラルフでした。髪をすっかり短く切って、前髪を真ん中で分けています。その姿は一国の王子様のように美しく、初めて見た人は、誰も彼を鳥人間だとは思わないでしょう。
『招待状を受け取ったのさ。僕だってこの森を行き来しているんだから、不思議なことじゃないよ。それにもうすぐダンスが始まる時間だからね。僕にぴったりの美しい女性を探していたんだけど、今見つけたよ。一緒に踊っていただけますか?』
ラルフはかしこまってそう言うと、左腕を後ろへ回し、そっと右手を差し出しました。
街の女の子たちなら、目の前のラルフにメロメロになっていたことでしょう。しかし、ダルシーは少し違います。
『またそんなこと言って。エディに見つかったら怒られるわよ。私の頭の中は今、この子を買うかどうかでいっぱいなの』
フンと顔を逸らしさっぱりとした物言いで答えます。
『そんなに欲しいの?これが?その石は偽物だよ。ここは嘘つきカラスの店だからね』
ラルフも無駄な小芝居はすぐにやめて、砕けた口調に戻ります。
ダルシーとラルフがテンポの良い会話を繰り広げていると、鐘の音が響き、音楽隊もピタリと演奏を止めました。
今からはダンスの時間です!
『さぁ始まる!行くよ!』
ラルフがダルシーの手首を掴んで、少し強引に引っ張っぱります。ドレスの裾が脚に絡まり、転びそうになったその時です。
ダルシーの鼻先をジャスミンの香りが掠め、後ろから伸びてきた腕にぐっと引き寄せられると、背中にかすかなぬくもりを感じました。
「悪いけど僕が先約済みだよ。その手を離してくれるかい?」
声はダルシーの耳元で聞こえてきました。 エディです。
優しい口調でしたが、温度感はなく、怒っているのが伝わってきます。
『見つかったー!どうしてこうも上手くいかないかな』
ウルフはすんなり手を離すと、おちょけた様子で言いました。
「上手く行く日なんて永遠に来ないよ。彼女に関してはね。それで?どうして君がここにいるんだ」
『だーかーらー!招待されたの!みんな僕を邪魔者扱いして!僕にだって楽しむ権利はある!』
「そうかい。別の子を探すんだな」
エディはラルフからダルシーを守るように、ふたりの間に入り、言いました。
そうこうしている間に、アマガエルの音楽隊はワルツの演奏を始めようとしています!
「行こうダルシー!」
不貞腐れたラルフを気に留めず、ふたりは急いで庭の中央、ダンスフロアへ立ちます。
エディはダルシーの前にひざまずき、手を差し出しました。
「僕と踊っていただけますか」
顔を上げ微笑んだエディに、ダルシーはすぐに自身の左手を差し出しました。
弦をポンポン弾くようなリズミカルな音楽が、思い出の森を暖かく包みます。
『大変エディ、私踊り方を知らないわ』
「大丈夫任せて。右手を僕の腰に添えるんだ」
エディは自身の右手をダルシーの腰に添えました。ダルシーも言われた通り、エディの腰に手を添えます。
弾ける音に合わせて、右に左にステップを踏むエディ。繋がれた左手で、優しくダルシーを誘導します。
ダルシーはとても不思議でした。
初めてダンスをするのに、なぜか体は覚えているように、自然に足を踏み出すのです。エディに解き放たれると、クルクルと回ったりもできるのです。
「上手だね」
耳元で囁くエディ。
ダルシーは目尻を下げて微笑みます。
木の影には妖精たちとラルフの姿が。
幸せそうなふたりを見て、だらだらと不満を垂れています。
パーティーは夕方まで続き、フリーマーケットを散策するふたりの手は、貝殻のようにきゅっと繋がれていました。
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