第7話 火の悪魔



王様のいる城は、エディたちの暮らす森から車で2時間ほど行ったところにありました。

緑の櫓と白い煉瓦造りが特徴の、その城の名前はゲイブリエル城。




ここはフィービー国。

この国の40代目国王であるフィンリー王は、南部の都市"ヤーク"に建てられた城の中で暮らしていました。

海を跨ぐロマンティック橋を渡れば、その先の小山の頂上に建つ、ゲイブリエル城の先っちょが見えてきます。



フィービー国 39代目国王であるハーレイ王は、とにかく気が短く、エゴイスティックな人物でした。

長い間この国の民は、王政のありかたに反対してきました。しかしハーレイ王は聞く耳を持たず、命令に従わない商人、役人、そして幼い子供までもお構いなしに"野うさぎ狩り"と称して悪魔の元へ送ったのでした。


ハーレイ王の死後、王の座を受け継いだのはフィンリー王でした。

フィンリー王は前王とは対象的に、とても温厚な人物でした。

国民の幸せを1番に考えてくれる!これ以上の王様はいない!ハーレイの子供だなんて信じられない、やつは悪魔でフィンリーは神様だ!と国中で噂されていました。

しかし、不思議なことがひとつだけありました。

国民の誰ひとりとして、フィンリー王の顔だけでなく影すら見たことがないのです。

"この国を繁栄に導く素晴らしい王様である"という噂だけが、なぜかひとりでにトコトコと歩いて、海を越え山を越え、国中に広まっていったのでした。






青空に大きな雲がどかんと浮かぶ昼下がりのことです。

見回りから帰ってきた一輌の馬車が、跳ね橋を通過し、城門を通って中へと入っていきました。


緑のつなぎに身を包んだ兵士たちは、馬車から飛び降りると、謁見の間へと急ぎ足で向かいます。

縁に金の装飾が施された、分厚い白い両開きの扉を開くと、赤いカーペットの先、玉座に座るフィンリー王の姿がありました。



『陛下、失礼致します。本日の成果』


『やぁ、ライリー!待ちくたびれたよ。ついに捕まえたか?』


玉座の背にもたれ目を瞑っていたフィンリー王は、ふたりの兵士を見つけると、無邪気な子供のように満面の笑みを浮かべてみせました。

しかし、その瞳の奥が笑っていないことは、数メートル後ろからでも分かります。

兵士たちはごくりと唾を飲み込みました。

フィンリー王はお尻を浮かせると後ろを覗き込み、どさっと玉座に戻りました。



『あれ?おかしいな。先日捕獲を命じた小娘の姿が見えないのだが。‥‥まさか!私を驚かせようと、どこかに隠しているのではあるまいな!いるのならもったいぶらずに出してくれ!』



『い、いえ‥‥それが、ですね‥‥』



『どうした?』



肘かけに左肘を置き、頬杖をつきながらフィンリー王は訊ねました。

大粒の汗が、ふたりの兵士の体をつたっていきます。

ライリーは、草をすり潰すように奥歯をぎりぎりと噛み合わせ、小さく肩を落としました。



『‥‥まだ、何の手がかり』



言い終わるのを待たず、フィンリー王は玉座から立ち上がりました。

そしてゆっくり階段を降りると、ライリーの目の前でしゃがみ、額に人差し指を当てます。



『おっ、お、お待ちくださいっ陛下!!!明日には必ず何か手掛かりとなるものを!!!』



ライリーは、フィンリー王の右腕にしがみついて抵抗しました。



『もうよい』



指先に力を込め、恐ろしい微笑みを浮かべたフィンリー王の橙色の瞳は、みるみるうちに赤く染まっていきます。

足元から囂々と風が巻き起こると、金色の髪とマントは炎のようにゆらゆらと浮かび上がりました。



『燃えろ』



まじないを唱えた瞬間。

ボッと小さい爆発音と共にライリーの首から上は赤い炎で包まれました。

ライリーはその場に倒れ、のたうち回ります。

大声を上げようが暴れようがお構いなしに、炎はだんだんと大きくなり、ものの数分で全身を包み込んでしまいました。

顔を真っ青にしたもうひとりの兵士は、焼かれていく戦友を見つめることしかできません。

少しするとプシューと白い煙が上がり、現れたのは丸焦げになったライリーでした。


『ひぇぇぇっ』


情けない声を上げ、尻餅をつき後ろへ下がると、すがるように壁に爪を立てました。



『あーあ、こんなに焦げちゃった。流石にもう食べられないか。これは焼却炉にでも入れておいて。はぁ、まったく。どいつもこいつも使えないやつばかりだ。小娘いっぴき捕まえるのに何をそんなに手こずっているのやら』



首を横に振りながら、焼き焦げた頭を脚で蹴りとばし、フィンリー王は呟きました。

すぐに臣下がふたり、たんかを担いでやって来て、真っ黒のライリーをどこかへ運びました。



『呆れるよ、本当に』



その時でした!

窓をガンガンと激しく揺らす振動で、全員の視線が外へと移りました。外では何かがキーキーと金切り声をあげています。

侵入者か!と、臣下たちは柱に隠れ窓の外を眺めましたが、騒いでいたのは敵兵でもなければ、迷い込んだ犬でもありませんでした。

やって来たのは一羽の鳥です。鋭い爪でガラスの窓を蹴りつけていました。



『あぁ、来客だ。開けてやってくれ』 



フィンリー王の一言で近くに立っていた臣下が窓の鍵を開けると、ペリカンに似た白い鳥は勢いよく中へと転がってきました。

そのまま床にどさりと落ちたかと思うと、今度はぴくりとも動かなくなってしまいました。



『やぁやぁ、ペリカンくん、君を待っていたよ。しかしそんなに慌てて来るとは、何か面白いことでもあったのかな』



赤い絨毯の上に羽を撒き散らかした鳥は、よろよろと起き上がると、横長の翼を広げました。

すると、白い羽はパラパラと床に落ちはじめ、落ちた羽は雪のように消えていきました。

そして鳥の胴体がしゅーっと伸びると、たちまち人間へと姿を変えたのです。

壁にへばりついている兵士が『ひぃぃ』とまた情けない声を上げました。



『やぁ、ラルフ!』


先ほどまで頭を抱えていたフィンリー王は一変し、嬉しそうに名前を呼びました。



『ごきげんよう、陛下』



鳥の正体は、白い髪の青年でした。

少しだけ高めの声、真ん中で分けられた艶々の髪、見た目からして20歳前後でしょう。青年は、細く長い手足をきれいに曲げ、フィンリー王に挨拶をしました。



『陛下だなんて、柄にもないことはやめてくれ。それで?何か面白いものでも見つけた?』


『ええ。北の森に人間の少女がひとり、迷い込んだようです』


『人間?あー、君はわざわざ下民の迷子情報を伝えに来てくれたってわけ?それはどうもご苦労さん。しかし残念だけど我々が探しているのは』


『はい、もちろん存じ上げております。その人間の少女なのですが、不可解なことがひとつ』



フィンリー王は、自分の言葉を遮ったラルフを睨みつけると、『不可解なことだと?』と訊ねました。



『北にある森は、とある魔法使いが管理しているというのは、いくら下々の世界に興味がない王様でもご存知でしょう。水の魔法使い、エディです。あの森には本来、人間は入ることはできないのです。そして1ヶ月前、我々が目標を見失ったのもその森の上だと思われます』



『つまり、水の魔法使いと我々の目標が接近しているかもしれないと』



ラルフはズボンについた砂を払ってから、『御名答』と人差し指を立てました。



フィンリー王は外の景色を眺め玉座に戻ると、両腕を肘掛けに置き、足を組み、小さく息を吐きました。

そのため息は次第に乾いた笑い声へと変化し、ハッハッハッと短く笑うと、右手の拳を振り上げて、肘掛けを思いっきり殴りつけました。

鈍い音が響き、兵士が3度目の弱々しい悲鳴を上げます。



『ロティー、待ってろよ』




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