第九章―才能と価値―#4


 【認識妨害ジャミング】で姿をくらませた後、【転移テレポーテーション】で孤児院へと向かう。


 転移した先に誰もいないことを確認して、【認識妨害ジャミング】を解いた。レナスは【認識妨害ジャミング】で姿をくらませたまま、私の後をついてくる。


 私が幼い頃助けられたその孤児院は、皇都の中でも外れにあった。


 この孤児院の前身は、現在大陸に広がっている教会とは系統が違う───名前も伝わっていない古の神を祀る寺院だったらしく、建物は大きく部屋数も多いが、年数が経ち過ぎているため、半ば廃屋のようになってしまっている。


「あ、リゼ姉ちゃんだ!」

「ホントだっ、リゼ姉ちゃんっ!」


 孤児院の中に入ると、ちびっ子たちが早速、私に飛びついてきた。


「しごと、終わったの?今日は泊まる?」

「リゼお姉ちゃん、今日はわたしと一緒に寝よう!」


 私の腰にしがみついて、そんな可愛いことを言ってくるちびっ子たちに、笑みが零れる。


 だけど、その可愛いお願いには応えられないので、私は眉を下げた。


「ごめんね。しばらくここには泊まれないんだ」

「ええっ!」

「なんでぇっ!?」


「今日はお肉と果物を届けに来たの。ほら、いっぱい持ってきたから、ね。機嫌直して?」

「お肉と果物はうれしいけど…」

「リゼ姉ちゃん、最近、ぜんぜん来てくれないんだもん…」

「ごめんね」


 皆、不満そうに口を尖らせながらも、私の腰から離れない。


 懐いてくれるのは嬉しいけど、その分、寂しい思いをさせてしまうことに罪悪感が湧く。


「こらこら、リゼを困らせてはいけませんよ」

「いんちょーせんせー…」

「皆、今日のお勉強は終わったの?」

「まだでーす」

「おわってない…」

「それなら、早く終わらせてしまいなさい」

「「「「「はーい…」」」」」


 子供たちは、私の腰からしぶしぶ離れて、元いた場所へと戻っていった。



「お帰りなさい、リゼ。元気そうで何よりだわ」

「ありがとうございます、院長先生」


 この孤児院の院長であるラドア先生は、もう今年で70代半ばになるらしい。元貴族のご令嬢との噂で───それに納得してしまうほど、厳しいけれど品のいいご婦人だ。


「今日は、魔物の肉と果物が手に入ったので、届けに来たんです」

「いつも、ありがとう。────厨房でお茶でも飲みながら話しましょう」


 院長先生の後について、厨房に行く。


 厨房はダイニングルームと一緒になっていて、レド様のお邸のエントランスホールと同じくらいの広さだ。


 上級貴族家のダイニングテーブルほどもあるテーブルが2つ、空間目一杯に配置され、イスはすべてスツールなのだが、これがまたテーブルの端から端までぎっしりと置かれている。


「今、お茶を淹れるわね」

「あ、院長先生、私が淹れます」

「いいのよ、リゼは狩りの後でお疲れでしょう?」


 正直、そんなに疲れてはいない。でも、院長先生に押し切られて、結局淹れてもらってしまった。


「はい、どうぞ」

「ありがとうございます。いただきます」


 安い茶葉で、あまり品物は良くないはずなのに、院長先生が淹れてくれるお茶は何故か美味しくて、私は久しぶりの味に、思わず息を吐いた。


「お仕事の方はどう?」

「主は本当に良い方で────護衛を全うしたいと思っています」


 院長先生には、私が第二皇子の親衛騎士となることを話してあった。


「そう、良かったわ。────その耳飾りは、その主の方からいただいたもの?」


 そういえば、婚約したことは報告していなかった。


「はい、そうです…。その───求婚していただいて…、お受けしました」


 言いながら、毎度のごとく頬が熱くなってくる。


「まあ、そうなの。おめでとう、リゼ。うふふ、皆このことを知ったら、残念がるでしょうね」


 残念がる?────喜んでくれるのではなく?



「もう一つ、報告があるんです。主から爵位をいただきまして、ファルリエム子爵となりました。

もし…、この孤児院を私が所有していることを公表して大丈夫なら、国に助成金を申請したいと考えているのですが…」


 そう────私はAランカーになった時点で、この孤児院を買い取っていた。今、この孤児院の経営者は私で、私が資金を出し、院長先生が実際の経営をしている状態だ。


 前の経営者は貴族で───ただ国の助成金欲しさにこの孤児院を所有していただけで、経営者とは名ばかりでろくに資金も回してくれず、本当に困窮していた。それを見かねて、お金を貯めて私が買い取ったのだ。


「まあ、それは助かるわ」

「ただ…、皇妃と確執があるので、私の所有だと公表することで、もしかしたら迫害されるようなことがあるかもしれません」

「それは、今更じゃないかしら?すでに、ここはSランカー冒険者である“双剣のリゼラ”の所有だと周囲は知っているのだもの」


 院長先生の言葉はもっともだけど…。


 あの皇妃なら、『ここはファルリエム子爵の所有です』とはっきりと公表していなければ、私とここを結び付けられない気がする。


 それなら、公表しない方が無難だ。


 でも、レド様からダブグレル伯爵にターゲットが移った今なら大丈夫かもしれないとも思う。


 私は、レド様の親衛騎士を全うすると決めている。そうすると、あまり冒険者としては活動できない。


 この孤児院に回す資金は確保してあるが、それだけでは心もとない。助成金がもらえるなら、その方がいい。


 だけど…、もし、ここが皇妃に目をつけられてしまったら────



「この孤児院は…、リゼ、貴女が買い取ってくれてから────いえ、貴女が来るようになってから、とても良い方に変わりました」


 院長先生が話し出したので、私は物思いを中断した。


「貴女は本当に皆のことを色々と考えてくれて…、冒険者になった子が簡単に死んでしまうようなこともなくなったし、貴女が文字や計算を皆に教え広めてくれたおかげで、仕事を見つけられる子が増えました。

ドライフルーツやあの黒ペンのこともそう。あれの作り方を貴女が教えてくれたから、お小遣い程度とはいえ幼い子たちも自分でお金を稼げるようになりました。

それに、貴女が作ってくれた紙やあの黒ペンを使って、文字や計算の練習が出来るようになりました」


 院長先生はそこで言葉を切り、私の両手を握る。


「リゼ───貴女がいなければ、この孤児院はあの酷い状態のままだった。私は本当に貴女に感謝しているのです。いえ、私だけではありません。貴女のおかげで冒険者を続けられている子供たちも、仕事を見つけられた子供たちも、今ここで暮らす子供たちも、皆、貴女に感謝して────貴女を慕っています」


 私の両手を握る院長先生の手に、力が籠められる。


「貴女は、やりたいようにやればいいのです。貴女がルガレド皇子殿下の親衛騎士に専念するのなら、助成金をもらう方が良いのでしょう?

そのことで、もし皇妃に目をつけられてしまうようなことになったなら、そのときは────私たちも一緒に立ち向かいましょう。だから…、一人で抱え込まないでください」

「院長先生……」


 院長先生の手は皺だらけで、肉付きも薄くて、肌触りは良くないのに───とても温かくて、私は涙が出そうになった。


 何度、この手に優しく頭を撫でてもらっただろう…。


 その温もりと言葉に、私は心を決める。


 この孤児院を所有していることを申請して、子供たちのために助成金をもらおう。


 だけど、幼い私を救ってくれたこの場所を────この優しい人や、あの可愛い子供たちを────皇妃なんかに害させはしない。

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