第九章―才能と価値―#3


 まず、冒険者ギルドに寄り、魔獣の出現情報を確認する。


 今のところ、近隣に緊急で依頼されるような魔獣の出現はないということなので、魔獣のいそうな場所へと再び転移することにしたのだが────



「あれは────オークの集落ですね。まだ小規模ですが」


 オークは、ファンタジー系のラノベでお馴染みのアレである。


 二足歩行の豚に似た魔物で、木を組んで家を造ったり、狩った獣の毛皮を腰に巻き付たり、戦うときには槍や弓を使うなど、それなりに知能を持っている。食料として肉の需要が高い。


「放っておいたら、大変なことになりそうですね。今のうちに叩いておかないと」

「…応援を呼びますか?」


 私は【アストラル・ヴィジョン】を発動させ、オークの数を確認する。繁殖期前であるため成体ばかりで、30頭以上はいる。


 隠れている個体や、突出した力を持つ変異種もいない。今この集落にいるのは、外で作業しているので全部のようだ。


「いえ。あれくらいなら、私一人でも大丈夫です」


 そう告げると、レナスは目を見開いた。


「大丈夫です。ちゃんと、油断せず慎重にいきますから。もし、危なくなったら援護をお願いします」


 よし、刀の習練をするチャンスだ。


 オークたちは、まだ私たちの存在に気づいていない。

 簡素な見張り台は3か所。そこに一匹ずつ、弓を持ったオークが控えている。


 私は弓を取り寄せる。矢筒は必要ない。弓を構えると、矢が右手の中に現れた。弓も矢も【最適化オプティマイズ】により【最新化アップデート】され、弓を構えると矢が自動装填されるようになっているのだ。


 勿論、弓にも矢にも【防衛プロテクション】をかけてある。


 まずは一番近い見張り台にいるオークに目標を定める。狙うは頭だ。首から下は分厚い肉に覆われているため、矢で射ても致命傷になりにくい。


 矢を放つ。狙いはあやまたず、オークの頭に吸い込まれるように刺さった。


 弓を構えると、次の矢が右手に現れた。私は間髪入れず、残り2か所の見張り台に向かって、立て続けに矢を放った。


 三番目に放った矢がまだ目的のオークに届く前に、私は走り出した。走りながら【換装エクスチェンジ】で弓を太刀に替える。


 オークたちは、まだ最初に放った矢で倒れたオークに意識を向けている。私は、最接近したオークがこちらを振り向く直前、鞘から刀を振り抜きざま、その肉に埋もれた首をねた。


 刃の角度が微妙にずれていたようで、ちょっと刃の軌道が下方に逸れ、力任せに押し戻した感じになってしまった。


 次はもう少し角度を変えよう────そんな考えが過ったのもつかの間。


 一匹目の首を斬り抜いたまま刀を走らせ、その隣にいたオークの首を刎ねる。今度は刃の角度を意識したおかげで、すんなり斬り抜けた。


 続けて、周辺にいるオークの首を次々に刎ねる。


 オークたちはようやく私という敵を認識したらしく、一斉にこちらに向かってくる。私は太刀を薙刀に替え、薙刀を振るい間合いに入ったオークの首を刎ねていった。


 薙刀である程度数を減らすと、私は魔法で小さな火花を。火を扱うオークは、火の怖さを知っている。火種程度の小さなものだけど、オークは怯んで一瞬動きを止めた。


 私はその瞬間を逃さず、薙刀から今度は対の小太刀に得物を替え、オークが再び動き出したときには、接近し両手の刀を振るっていた。


 そして────気づくと、もう生きているオークは一頭もいなくなっていた─────



 生き残りがいないこと、周囲に他の敵の存在も感じられないことを確認し、私は納刀する。


「お見事です、リゼラ様」


 レナスが寄って来て、そう声をかけてくれる。


「オークとはいえ、この数を────反撃も許さず、すべて一刀の下、全滅させるとは…」


 オークは、体格も良く丈夫だが、とかく動きが鈍い。魔物の中では比較的、狩りやすい部類だ。


 肉の需要もあるので、冒険者にはコスパの良い獲物として人気がある。集落がそんなに発展していなければだけど。


「剣のおかげです。元の双剣だったら、もう少し時間がかかっていたと思います」


 何せ───刃毀れもせず、斬れ味が良い状態のまま戦えるのだ。


 普通の剣なら、こうはいかない。斬る度に斬れ味が落ちていき、数が多いと最後の方は斬れなくなって、打撃で倒すしかなくなる。


「いえ、時間がかかる以前に────魔物の集落を単騎で全滅させられることに驚きなのですが…」


 レナスが、苦笑いを浮かべ、少し呆れたように呟いた。



◇◇◇



「とにかく、急いで血を集めないと」


 私はいつも、血抜きには魔法を使う。魔物や魔獣の血には魔力が溶け込んでいるため、その魔力に働きかけ血を操って集め、瓶へと誘導するのだ。


 これだけの数だ。血抜きも解体も時間がかかるだろうな────なんて考えた瞬間だった。


 私の足元、それからすべてのオークの死体の下に、魔術式が一斉に現れて眩い光を放つ。


「「!?」」


 光が収束した後には────オークの死体は綺麗に解体された状態となっていた。


「リゼラ様…、今のは魔術ですか?」

「いえ、こんな魔術はなかったはずですけど…」


 思い当たるとしたら────【技能】の欄にあった【解体】という記述。


 だけど、確認するのは後だ。他の魔物や魔獣が来ないとも限らない。


 私は、一番近いオークの解体済みの死体に近寄る。


 本当に、綺麗に解体されてる。というか───皮の鞣し処理まで終わってるんだけど…。


「あれ?───何だろう、これ」


 鞣革、肉塊、魔石、その他の素材に混じって、赤黒い色の10cm角のキューブが目についた。


 【解析アナライズ】にかけてみると、何と───それは、血を凝縮させたものだった。


 瓶がいらないのは助かるけど、ちゃんと染料として使えるのかな、これ…。


 そんなことを考えつつ、【遠隔リモート・管理コントロール】で全部回収し、他の二足歩行の魔物や盗賊に利用されないよう、レナスに手伝ってもらってオークの家を壊して回る。


 すべて木製なので、これも回収しておく。後で魔法で乾燥させて、孤児院の薪にでもしよう。



 魔獣の血も欲しいので、周囲を探ってみることにする。


 私は跪いて、地面に右手を突く。地中から、植物の魔素、地を這う魔物や魔獣の魔力を、いつものように探る。


 あれ?いつもは魔素や魔力の塊がぼんやりと感じられる程度なのに、今日は、何か────すごく鮮明に魔力や魔素が。森の様子だけでなく、薬草や樹木、魔物や魔獣の姿形すら思い描けるほどに。


 あ────ミグレ茸だ。マーデュの実もある。


 そう考えた瞬間、さっきと同じように、足元に魔術式が展開した。


 魔術式が光を発した直後、私の目の前にミグレ茸とマーデュの実が現れた。咄嗟に両手を差し出し、それを受け取る。


「「……………」」


 腕一杯にミグレ茸とマーデュの実を抱え、思わず無言になった。


「リゼラ様…、それは?」

「……………【採取】をしてしまったのではないかと思います、多分…」


 確認と検証は後ですることにして、とりあえずミグレ茸とマーデュの実をアイテムボックスにしまい、気を取り直して、さっき感知した魔獣の許へ向かう。




「あれですね」


 向かった先には、鹿のような魔獣がいた。


 魔獣は魔物が大量の魔素に侵され凶暴化したものだが、形態は、そのままの姿形のものもあれば、巨大化したり、変貌したりと、個体によって様々だ。


 今回の魔獣は、森の中でも一番高い樹木に並ぶくらいに巨大化している上、木の枝のように広がる2本の角には異様な魔力を帯びている。魔法を使う可能性が高い。


 私とレナスは、魔獣に気づかれないように、少し離れた所で立ち止まる。


 【アストラル・ヴィジョン】で調べてみると、魔獣はかなり魔力を内包しているようで、魔力による肉体の強化が半端ない。


 これは、生半可な魔法や魔術は利かないだろう。物理攻撃でいくしかないかな。


「では、狩ってきますね」


「……リゼラ様お一人で行くのですか?」

「え?あれくらいなら、一人で大丈夫ですよ」

「……お気をつけて」


 何だか遠い目をしているレナスの言葉に頷いて、小太刀を太刀に替えて腰に提げた。


 そして、自分の魔力を周囲の魔素に、気配を周囲の木々に紛れ込ませて、私は魔獣へと少しずつ近づいて行った。


 魔獣はすでに一頻ひとしきり暴れた後らしく、魔獣の周囲は、倒され崩れ落ちた木々が散乱しているものの、空き地となっていた。


 倒れた木が所々焦げているところから、魔獣が使う魔法は火か雷か…。焦げている箇所が部分的なので、雷の方が可能性が高いかな。


 下手に魔法を使われて、森が火災になっても困るから、木々から抜け出て魔獣の造り出した空き地で戦う方がいいだろう。そう考えて、私は地面を蹴って、魔獣の前に躍り出る。


 魔獣は、私に気づくと、角に魔力を集め始めた。角先で火花のようなものが幾つも弾けて、すぐに稲妻に変わり、幾重にも角に纏わりつく。


 やはり、雷か。


「リゼラ様…っ」


 私に雷が放たれた瞬間、レナスが私の名を叫んだ。


 私は、特殊能力【シールド】を発動させて、雷を迎え撃つことにした。正面に、魔力で創られた透き通った盾が現れる。


 それは淡く光を放っており、私の───ファルリエムの貴族章である雪の結晶を模っていた。


 勿論、その魔力の盾は魔獣の強力な雷魔法を防ぎ切った。魔法を通さないというより、吸収して分解してしまうようだ。


 魔獣の魔法が途切れたのを見計らって、私は【シールド】を解除し、走り出す。魔獣は次の雷撃の準備に取り掛かっている。


 私は魔獣の側面に向かい、倒れた木々を伝って、積み上がった倒木の天辺まで登ると、【重力グラビティ・操作オペレーション】を発動させて、足元の重力を軽くしてから、跳び上がった。


 魔獣の背に降り立ち、首に向かって直走ひたはしる。


 魔獣がそれに気づいたが、首を廻らす前に私は首元に辿り着き、素早く太刀を抜き放って、一閃で2本の角を斬り落とす。雷を纏わりつかせた角は、火花を散らしながら落ちていった。


 私は間髪を入れずに、再び【重力グラビティ・操作オペレーション】を発動させて跳び上がり、空中で手に持つ太刀を抜身の大太刀に替える。


 そして魔獣の首に向かって落下しながら【身体強化フィジカル・ブースト】を発動させ、その大太刀を振り下ろした。


 魔獣は魔物であったときと弱点などが変わってしまっていることもあるので、魔物でも魔獣でも首を狙うのが、結局のところ一番無難だ。


 大太刀は、『斬れないものはない』という説明書き通り、最大級に身体強化をしていたこともあり、一刀の下、魔獣の首を斬り落とした。


 魔獣は断末魔を上げる暇もなく首を失い、残された身体はゆっくりと傾いていく。


 私は魔法で風を創り出し、落下の勢いを相殺して、着地する。続いて魔獣の首が、直後に身体が接地し、その重さに地響きが轟いた。



 魔獣が絶命したのを確認して、大太刀の鞘を取り寄せ、鞘に納めてから、またアイテムボックスへ送る。


 大太刀と入れ替わりにアイテムボックスにしまった太刀を取り寄せ、腰に提げたままの鞘に納め、こちらもアイテムボックスに送る。


 対の小太刀を取り寄せ腰に提げていると、レナスがいつの間にか傍にいた。


「さすがです───リゼラ様。魔獣でさえも、こんな簡単に討伐できてしまうとは…」

「魔法に特化している魔獣でしたからね。突進してくるような魔獣だったら、もう少し手間取ったと思います。それに今回は能力と魔術を使ってみましたから、普通に戦うより手間も時間も短縮出来ましたしね」


 いい素材が手に入って内心機嫌よくレナスに応えながら、私は【解体】を発動させる。


「………あれは魔法攻撃しかしないのではなく、リゼラ様の速さに魔獣が反応できていなかっただけだと思いますが…。しかも、能力と魔術の検証までする余裕があるとか────」


 後ろではレナスが、何やらぼやいているようだったけど。



 その後、グレイウルフという魔物の群れと鳥型の魔獣に出くわし、すべて難なく倒した私は、素材は十分に手に入ったので、そこで引き返すことにした。


 その前に、レナスと【解体】や【採取】について簡単に考察してみる。


「やはり、これは魔術ではなく“技能”みたいですね」


「では、【魔力操作】や【魔力変換】のように、リゼラ様の解体や採取の技術が高じて、魔術のごとく行使できるようになったということなのでしょうか」

「魔術や能力でない以上、おそらくそういうことなのだと思いますが…。

まあ───これ以上は、考えたところで仕方なさそうですね。そろそろ戻りましょうか」

「はい」


「あ、ロウェルダ公爵邸に戻る前に、孤児院に寄って行ってもいいですか?手に入った魔物の肉と果物を少しおすそ分けしたいので」

「勿論です」

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