第五章―夜会とお披露目―#2


 レド様が記憶から再現したのは、ミルクが入ったホワイトシチューだった。

 あれ?このシチュー、何だか見覚えがある気がするんですが……。


「……レド様?これは、いつ、誰が作ったものですか?」

「一昨日、リゼが夕食に作ってくれたシチューだ」

「あのシチュー、そんなに気に入ったんですか?」

「ああ。味も美味しかったが…、リゼが初めて俺のために作ってくれた料理だからな」


 レド様、そういうことを、さらりと言わないで欲しいです…。


「と、とにかく、これでレド様も思い出の料理やお菓子を再現できますね」

「ああ。だが…、リゼのようにスムーズにはいかないな。少し時間がかかっている気がする。そういえば、魔術の発動も、リゼより時間がかかるな」

「そうなんですか?」


 レド様は、能力でも魔術でも声に出して発動しないので、私より時間がかかっているとは気づかなかった。


「先程も、リゼは魔法で水を出していたが…、あれもスムーズだったな。やはり、普段から魔法を使っていて、魔力の扱いに慣れているからか?今も、体中に魔力を廻らせているよな?それも、関係しているのか?」

「そうかもしれません。───あ、そういえば」


 以前【現況確認ステータス】を確認した時、【技能】の欄に【魔力操作】【魔力変換】と記されていたのを思い出した。もしかして、あれのせい?


「レド様、【現況確認ステータス】を確認してもらってもいいですか?」


 レド様はすぐさま、自分の【現況確認ステータス】を投影して、私に見せてくれた。


「見ても良いのですか?」

「リゼになら、構わない」

「ありがとうございます」



マスター:ルガレド=セス・オ・レーウェンエルダ

    守護者ガーディアン―――リゼラ=アン・ファルリエム

    肩書―――レーウェンエルダ皇国第二皇子

    装備―――片手剣、短剣

         神眼抑止用眼帯、聖銀のピアス、

         シャツ、スラックス、ショートブーツ

    年齢―――24歳

    性別―――男性

    特異性質―――先祖返り:神竜人エル・ドラグーン(左眼:神眼ゴッド・アイ

    固有魔力量―――SSS

    使用可能共有魔力量―――SSS

    技能―――【ガルガディア流剣術】【ガルガディア流槍術】 

         【ガルガディア流戦斧術】【ガルガディア流弓術】 

         【馬術】



「やっぱり…。私の場合は、この【技能】の欄に、【魔力操作】、【魔力変換】というのがあったので、レド様が遅いというよりは、そのせいで、私が人より早く発動できるのかもしれません」


「そうか…。【技能】なら、俺にも取得できるかもしれないな…。リゼ、魔力を扱う方法や、魔法を俺に教えてくれないか?」

「解りました。魔力で身体能力を底上げする方法を教える約束もありますし、おそらく、それをしていれば、【魔力操作】は取得できるのではないかと思います。───ただ、問題は何処で練習するかですね」

「魔力を体中に廻らすのは、何処でも出来そうだな。問題は、魔法か」

「はい」


「それなら、ちょうどいい。リゼ、俺に料理も教えてくれないか?───調理するときに、魔法で水や火を出すようにすれば、いい練習になるだろう?」


 レド様が意外なことを言い出し、私は驚いてレド様を見返す。確かに、理にはかなっているけど─────


「昨日から考えてはいたんだ。こうやって二人でやっていくのなら、俺も料理が出来た方がいい」

「でも、レド様にそんなことをさせるわけには────」

「それはリゼだって同じだろう?それに、何かあった時、俺も料理出来た方がいいと思わないか?」

「……」


 確かにそうかもしれない…。


「…そうですね。私はレド様のお傍を離れるつもりはありませんが…、不測の事態が起こらないとも限りません。レド様も料理を覚えておいた方がいいかもしれません」

「決まりだな。今日から教えてもらっても構わないか?」

「はい。それでは、魔力の廻らせ方からやりましょうか」


 私がそう言うと、レド様が嬉しそうに頷いた。

 


◇◇◇



 厨房からエントランスホールに移動した私たちは、早速、魔力操作の訓練を始める。


「レド様は、魔法は使ったことはないのですか?」

「ああ、ない。遠征の時は、魔術陣が仕込まれた装身具を貸与されるから、魔法は必要なかったからな」

「なるほど。───魔術陣を使った魔術というのは、私は行使したことはないのですが、発動するときは、どういう感じなのですか?」

「古代魔術帝国の魔術と、あまり変わりはないな。魔術陣が勝手に魔力を吸い取って発動する」

「そうですか。では、その発動時、魔力が魔術陣に向かって流れていきますよね。その魔力が動く感覚は判りますか?」

「いや、判らないな…。もしかして、リゼは、その流れも感じ取れるのか?」

「はい。───それでは、魔力が動く感覚を掴むことから始めないといけませんね。どうしたらいいかな…」


 レド様は魔力量も膨大だし、少し魔力が動くくらいでは感じ取れないのかもしれない。かといって、邸内で大規模な魔術を発動させるわけにはいかないし…。どうにかして、レド様の体内で魔力を動かせれば────


 あ───そうか。私が動かせばいいんだ。


「レド様、ちょっと失礼します」


 私は、レド様の右手を取る。


「リゼ…!?」


 レド様が珍しく狼狽していたが、自分の考えに夢中になっていた私は気づかなかった。


 レド様の魔力は探るまでもなかった。体中に廻らすまでもなく、満ち満ちていたからだ。レド様があれだけ動けるわけだ。レド様が行わずとも、身体が魔力で強化されているのが常態なのだろう。


 そういえば、レド様も、そんなに手入れ出来ていないはずなのに、髪や肌の状態がすごくいいものね。


 まあ、でも、強化はしなくてよくても、【魔力操作】は覚えておいて損はないと思う。


 私は、自分の魔力を使って、レド様の奥の方に留まっている魔力を引っ張り出すようにして、引き寄せる。


「レド様、魔力が動いているのが、判りますか?」

「ああ…。手の方へ───リゼの方へ流れていっている?」

「ええ。レド様の魔力を私の方へ引き寄せているんです。これが、魔力が動く感覚です」


 私は魔力を引き寄せるのを止めた。そして、レド様の大きな手を────レド様の大きな手?


「っ!?」

「リゼ?」

「っす、すみませんっ、私…っ」


 私は慌てて、両手で掴んでいたレド様の右手を放す。


「っと、とにかくですね、今度はご自分で魔力を動かしてみてください」


 レド様は、ちょっと視線を泳がせた後、私の方を向いて口を開いた。


「自分で動かしてみるのに、その…、指標が欲しい、んだが…」

「指標、ですか?───確かにあった方がいいですね」


 魔術陣は持ってないし、何かいいものはないかな───と、私が考えていると、レド様が言いにくそうに、言葉を続けた。


「その…、リゼの手を貸してくれないか。先程みたいに、リゼに向かって魔力を流すのなら、出来そうな気がする……」

「……え、と、その───そういうことでしたら、どうぞ…」


 私が恐る恐る左手を差し出すと、レド様が、自分の右手で私の手をそっと包んだ。レド様の大きな手の少し冷たい感触に、それまで静かだった私の胸の鼓動が途端に大きく響き出す。


 ダンスの練習で手を握られた瞬間もこうやってドキドキしてしまったけど、あの時はすぐにダンスに意識を向けて紛らわせられた。


「……ダンスの時も思ったが、リゼの手は小さくて、柔らかいな」

「…っ」


 だから、そういうことを言わないでください…、レド様…。



◇◇◇



「なかなか難しいな…」

「レド様は魔力量が多いですからね。細かい操作は、私の場合よりも難しいかもしれません。ですが、魔力の動きは滑らかですし、後は練習あるのみですよ」


 レド様に手を握られている事実から意識を逸らし、レド様の魔力操作の訓練に集中すること────数分。レド様は、すぐに自分で魔力を動かせるようになった。……早過ぎませんか、レド様。


「常に練習できればいいんだが…、ずっとリゼの手を握っているわけにもいかないしな」


 そんなことをされたら、私は早死にしてしまう…。


「レド様、そのピアスは何か意味があってつけているんですか?」

「いや。遠征で貸与される魔術陣が仕込まれた装身具がピアスなんだ。毎回穴を開けるのは面倒だから、塞がらないように着けているだけだ」

「それなら、私のこのピアスを差し上げるので、こちらを着けるようにしてください」


 私は自分の耳につけていたピアスを外して、レド様に差し出す。


 このピアスは、実は私が初めて倒した魔獣の魔石なのだ。魔物を倒すようにはいかずに手間どり、倒すことは出来たものの、魔石を砕いてしまって、買取価格が低くなってしまったという苦い思い出がある。


 その砕けてしまった魔石の欠片を使って作ってもらった。魔術陣は仕込んでいないから、ただの記念品だけど。


 色もなく硝子のようであまり目立たず、小粒なので常に着けていられる。


 魔法を使う魔獣だったので、凝固された魔力の密度が高く、欠片とはいえ、結構な魔力が感じられる。

 ピアスの金具を付けてくれた職人さんも言及していたくらいだから、きっとレド様も、このピアスなら魔力を感じ取れるのではないかと思う。魔力を流すいい指標になるはずだ。


 そう説明すると、レド様は躊躇ったように言う。


「だが…、いいのか?思い出の品なんだろう?」

「人に勧められてピアスにして、何となく着け続けていただけなので、そんなに気になさらないでください。それに、レド様とはずっと一緒にいるんですから、手元にあるのと同じでしょう?」

「…っそうか。それなら、有難く譲り受ける。────ありがとう、大事にする」


 レド様が嬉しそうに微笑んでくれたので、私も嬉しくなって微笑み返す。


 レド様はその場で、ピアスを着け替えた。レド様の耳朶で煌くピアスを見て、あれ───と思う。硝子みたいだったはずなのに、何だか聖結晶アダマンタイトみたいに見える。


「リゼは、代わりのピアスは着けないのか?」

「他のピアスは持っていないので」


 レド様は、ちょっと考え込んだ後、私に手を差し出した。手には、先程までレド様が着けていたピアスが載っている。


「それならば、これを。ただのシルバーだし、デザインはシンプル過ぎるかもしれないが────」


 ……シルバーって、こんなに輝いていたっけ?これ、何か、星銀ステラ・シルバーより綺麗に煌いて見えるけど─────


「でも、大事なものではないのですか?」

「いや。間に合わせで買ったものだ。だから、遠慮なく使ってくれ」

「それなら、使わせていただきます。ありがとうございます。大事に使わせてもらいますね」


 何だか身に着けている装身具を交換するみたいになってしまった。でも、せっかくいただいたんだし、と思って、ピアスを装着したとき────



警告───正面入り口に未登録者が侵入しようとしています…



 例の声が、抑揚のない声音で告げた。

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