第五章―夜会とお披露目―#3


 突然響いた警告に、私とレド様の間に緊張が走る。


「【案内ガイダンス】、玄関ポーチ前の映像を投影できる?」



了解───玄関ポーチ前の映像を正面に投影します…



 私たちの正面に、100インチほどの半透明のモニターもどきが現れる。


 映っていたのは、髪の薄い、くたびれた感じの中年男だった。服装から見て、この皇宮の侍従のようだ。


「レド様、もしかして────」

「ああ。夜会のことを知らせに来た侍従だ」


 どうやら玄関ポーチにも侵入者除けの魔導機構が施されているようで、侍従は弾き飛ばされたらしく、玄関ポーチ前で尻もちをついたまま、悪態をついている。その罵声からして、あまり人間性は良くないようだ。


「レド様、私が出ます」

「だが───」

「大丈夫です、任せてください」

「………解った」


 私は【換装エクスチェンジ】で、服装を予め登録していたものに替える。


 ラナ姉さんに頼んではいるが、まだ親衛騎士や補佐官に相応しい服は持っていないので、契約の儀で着た格好で、コートだけ、自分の黒いショートコートに替えていた。ベストがあれば良かったが、ないので仕方がない。


 ブローチもファルリエムの模造章に替え、ベルトにはレド様から儀式でいただいた白い刀───“誓約の剣”を差している。


 私が玄関から出て行くと、侍従は、ぽかんとした間抜けな表情で私を見上げる。


「一体、何の御用でしょうか?」

「ぁ、わ、わたしは、し、知らせを…、…そ、そうだ、皇王からの正式な使者だぞ、こ、このような無礼…」

「そうですか。それでは、ルガレド皇子殿下の親衛騎士である、このリゼラ=アン・ファルリエムが伺いましょう」

「…アン・ファルリエム?な、なんで…、た、ただの平民じゃ…」


 契約の儀などで先導をしていたあの侍従とは、えらい違いだ。さっさと用件だけ話して欲しいのだけれど。


「ご用件がないようでしたら、お引き取り願いたいのですが?」

「ぁ、い、いや…。明日の夜会のことを知らせに……」

「明日、ですか?───皇王陛下からの使いと言っておられましたが、皇宮主催の夜会が明日開かれるということですか?」

「は、はい、そうです」


「それは、おかしいですね。通常ならば、そういった知らせは、どんなに遅くとも1週間前には連絡が来るはずではないですか?貴方の不手際ということでしょうか?」

「な…っ、わ、わたしのせいじゃない…っ」

「では、何故、このようなことに?」

「そ、それは……」


「もう結構です。このことは貴方の不手際として、厳重に抗議させていただきます。それから、夜会のことですが、このような事態ですので、今回は欠席させていただきます」

「け、欠席…!?そ、それは困る…っ、ぁ、いえ、困りますっ。そ、そんなことになったら、わ、わたしが、叱責されてしまう…っ」


 正直、そんなこと知ったことではないのだけど────


「おっ、お願いしますっ、どうか、どうか出席してください…っ」


 まあ、本気で欠席するつもりではないから────ここが潮時だろう。


「解りました。今回だけは、貴方の顔を立てましょう。ですが、またこのような不手際をするようなら、次は必ず貴方の責任として追求した上で、欠席させていただきます」

「わ、わかりました、次はこのようなことにならないようにいたしますので…っ」


 うのていで逃げるように去っていく侍従を、確かにいなくなったと判るまで見送る。


 邸の中に入ると、レド様が待っていた。


「すごいな、リゼは。あの侍従、俺が何を言っても態度を改めなかったのに」

「目に見える権力に弱いのでしょうね。───しかし、あの人怯え過ぎではないですか?私、そんなに怖かったですか?」


 でも、あそこですんなり受け入れるのは、レド様への不当な扱いを許すことになるし────レド様に対するこの仕打ちにはすごく腹が立つから、さっきの言動に関しては後悔はないのだけれど────ちょっとショックかもしれない。


 だけど────


「いや、格好良かった。さすが、俺の親衛騎士だ」


 嬉しそうに、楽しそうに───レド様が笑みを浮かべてそう言ってくれたので、そんな気持ちはどこかへ行ってしまった。



◇◇◇



「懸念事項は済みましたし、この後はどうしましょうか?」

「そうだな。そういえば、リゼは魔術の検証を行いたいと言っていなかったか?」


 ちょっと早かったが、練習のためにレド様が記憶から再現したカデアさんの料理で昼食にした後、そのまま厨房のテーブルで、私たちは午後の予定を話し合っていた。


「はい。せっかく魔術を使えるようになったので、使ってみたいですし。それに、いざという時のためにも、早めに有用なものを見極めておきたいので。剣と組み合わせた戦い方もちゃんと研究しておかないといけないですしね」


「…リゼは、本当に色々考えているんだな。リゼといると、俺は、自分が暢気のんきな気がしてくる」

「え、それは、立場の違いですよ。私は親衛騎士で、レド様を護る役目がありますし、それに、冒険者ですから」


「先程も、冷静に対処していた。外の映像を見られるようにするなんて、俺には思いつかなかった」

「前にも言ったと思いますが、それは私の前世の記憶のおかげです」


 古代魔術帝国の技術なら出来そうと思っただけなのだ。


「ああ、言っていたな。古代魔術帝国の技術と似たような技術の概念があったと」

「はい…」


 レド様と話しながら、私は何かが引っかかった気がした。────何だろう?今、何が、気になった?


「リゼ?どうした?」

「あ、いえ…。何でもありません。───それより、魔術の検証ですが、何処でするのかが問題なんですよね」

「そうだな。結局、それだな」


 何かいい方法はないかな、と思いながら、視線を漂わせていると、ふとパントリーの扉が目に入った。


 あ、そういえば、パントリーを【解析アナライズ】したとき───


「リゼ?」


 私が突然、【現況確認ステータス】を投影したので、レド様が驚いたように私の名を呼んだ。


 ページをどんどん進んで、単語に指で触れて次の項目を辿っていき───しばらくして、目的の記述を見つけた私は、レド様に笑顔を向けた。


「レド様、訓練場所、何とかなりそうです────」



◇◇◇



「すごいな、これは…」

「本当ですね…」


 私とレド様は、、邸の地下空間に来ていた。


 そう、これも【特級エクストラグレ支援ードサポート】の一環で、支給品の一種だ。パントリーを【解析アナライズ】したとき、『申請すれば拡張可能』と記されていたので、他の空間の拡張も出来るのではないかと思って確認したら、“支給可能事項”の中にこの“調練場”があったのだ。


 地下に繋げて、入り口と階段をつけることも出来たが、なるべく邸の状態を変えたくなかったので、【転移門ゲート】を設置して、それで行き来できるようにした。


 広さは、サンルームも含めた邸の面積目一杯に合わせてあるので、かなりの広さになっている。高さもエントランスホールと同じくらいとってある。


 古代魔術帝国の技術で、物凄く頑丈に出来ているらしく、どんな威力の魔術を使っても傷つくことすらないらしい。


 その上、時間の流れを調整できるらしく、外と調練場内の時間の流れをずらすことで、じっくり鍛練をすることが出来るとのことだ。…凄すぎるよね。


 それにしても、こんなものまで支給されるなんて、何だか…────


「“拠点”に“調練場”─────これは、まるで戦場に赴く者への支援のようだと思わないか?」


 私の考えを代弁するかのように言ったレド様に、私は頷く。


「はい。それに、あのパントリーの仕様といい、【遠隔リモート・管理コントロール】といい、何だか、長く帰れないことを想定しているみたいな感じですよね。───守護者がただ主を護るだけにしては、大仰おおぎょう過ぎます」


 使えるようになった魔術の傾向からも、感じてはいたのだ。この支援システムは護るためよりも、戦うことに特化している───と。


 それに加え、【聖騎士グローリアス・ナイト】の件もある。


「古代魔術帝国は、何かと戦っていたのでしょうか…?」


 古代魔術帝国が大陸を席巻していた時代、他に名を残している大国はない。こんな大掛かりな支援システムが必要になるほどの敵がいたのだとしたら────それは何だろう…。


「あるいは、この国の在りし日のように軍事に力を入れていたか───だ」


 だとしたら、これは、帝国として巨大化していく過程で産み出されたシステムなのだろうか。


 ────もう一つ、大きな疑問がある。


「レド様、私が【遠隔リモート・管理コントロール】を初めて使ったときのこと、覚えてますか?」

「ああ、覚えているが…」

「あのとき、レド様は私に仰いましたよね、『前世は古代魔術帝国で生きていたのか』と。あのときは聞き流してしまいましたが、さっき同じような会話をしていて、おかしいなと思ったんです。

この世界には、私と同じような“記憶持ち”は珍しくありません。なのに、何故、古代魔術帝国の情報は何も残っていないのでしょう。古代魔術帝国の崩壊に伴って情報が失われたとしても、その後に生まれた記憶持ちによって、何かしらの情報がもたらされているはずだとは思いませんか?国の名前さえ、伝わっていないというのは妙だと思うのです」


 そう、さっき引っかかっていたのは、それだった。


 何故、誰も疑問に思わないのか。それとも、私が知らないだけで、もう理由が解き明かされていたりするのだろうか。


「そう言われてみると、確かに妙だな…」

「考えられるのは、古代魔術帝国が崩壊した後で記憶持ちが現れるようになったか────」

「あるいは、何者かが意図的に情報を消し去ったか────」

「その両方ということもありえます」


「……未だに脅威が残っていると思うか?」

「判りません。古代魔術帝国崩壊から、すでに1500年あまりが経っています。普通に考えたら遥か昔のことですが、古代魔術帝国の技術を見てしまうと、何かが残っていてもおかしくないようにも思えます…」


「……いずれにせよ、今の時点ではどうしようもないな。杞憂かもしれないが、用心しておくことにしよう」

「そうですね。一応、情報は集めてみますが…」

「頼む。だが、万が一古代魔術帝国の情報を消し去りたい存在が現存していた場合、逆に刺激してしまう可能性もある。あまり積極的には調べなくていい」

「解りました」



◇◇◇

 


 その後は、気を取り直して、みっちり魔術の検証をした。


 夕飯は、レド様にレクチャーしながら、二人でオーソドックスな野菜スープとシンプルな味付けのチキンステーキを作った。


 レド様に覚えてもらうなら、まずは簡単に手に入る食材で作れるものの方が良いので、しばらく和食は見送るつもりだ。


 それから、魔力操作が向上するまでは、調理で魔法は使わないことにした。それに、魔法の訓練場所は確保できたから、調理で使う必要もそれほどないしね。


 しかし、レド様は出来ないことがないのかな。初めて料理をしたとは思えないくらい、手際も良いし、美味しかったですよ。すぐに私より腕を上げそう…。



 そして、翌日────夜会当日。


 日課となっている朝の鍛練は、通常通り、下級兵士用の調練場で行った。あまり行動を変えない方がいいだろうということで、これからも続けるつもりだ。


 朝食後は、地下調練場で前日に引き続き、魔術の検証。

 昼食は、またレド様にレクチャーしつつ二人で作って、厨房でそのまま済ませて────


「それでは、参りましょうか、レド様」


 夜会は、夕方から始まる。今はまだ昼下がりくらいで、少し早過ぎるけど、ちょっと試したいことがある。


 “シンデレラ”のごとく【換装エクスチェンジ】でドレスに着替えて、私はレド様に向き直った。


 あれ?────何故か、レド様の反応がない。


「レド様?」


 どうしたんだろうと思って近寄ると、レド様は顔を隠すように口元を手で覆った。右眼の目元と耳が、ほんのり赤く染まっている。


「レド様?まさか、具合でも悪いんですか?」

「…っいや、その───リゼが、あまりにも────綺麗で……」

「っ!?」


 私は夜会に挑む前に、レド様に撃沈させられたのだった─────

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