第二章―ルガレドの邸―#2


「わぁ…っ」


 玄関扉を潜ってエントランスホールに足を踏み入れた私は、思わず感嘆の声を零した。


 広さ的には、ロウェルダ公爵邸やイルノラド公爵邸に比べたらかなり小さめだが、吹き抜けになっていて、狭さは感じない。


 それに、物凄く明るいのだ。振り向くと、玄関扉の上部は天井まで全面窓になっている。色ガラスが使われていないステンドグラスが複雑な幾何学模様になっていて、フロアに写る影も綺麗だ。


 でも、変だな。外から見たときは、この部分はここまで大きな窓ではなかったはずだ。それに、もっとシンプルな格子窓だった。


「不思議そうだな。窓は外のも中のも、ほとんどがフェイクなんだ。俺も詳しくは知らないが、“魔道具”で造られた窓型のライトらしい」


 驚く私がおかしかったのか、レド様は目元を緩めて、そう教えてくれる。



 “魔道具”はその名の通り、魔石を使って作られる道具である。


 魔石とは、魔物や魔獣の体内で魔力が凝固したもので、その魔物や魔獣の種類、または個体による個性によって、その特性が変わってくる。


 魔道具は、その魔石の特性を利用して作るらしい。作り方や性能は千差万別で、平民が買える物もあれば、王侯貴族にしか手に入れられないような代物もある。


 ちなみに、懐中時計も魔道具だ。



「普通の窓にしてしまうと、覗かれる心配があったからな。それに、あまり豪華にすると煩いしな」

「なるほど。それにしても、すごい仕掛けですね。夜にはどうするのですか?」

「夜には───」


 レド様が言いかけた時だった。窓の光がすうっと消えて、暗くなったかと思うと、幾つもの小さく淡い光が、ぽつぽつと点灯し始める───まるで、星が瞬く夜空のように。


「今のは、俺の声に反応したのか…?」

「そうだと思います。それにしても、本当にすごい仕掛けですね」

「いや、元は、あちらに隠れている取っ手を引くと、ただ暗くなるだけだったんだ。…本当にすごいな」


 ということは───この演出も古代魔術帝国の技術なんだ。


「もしかして、夜だけじゃなくて、夕日なんかも───」


 出来るんじゃないか、と私が言い終える前に、夜空のようだった窓の光が、燃えるような赤い光に変わる。


「「……」」


 古代魔術帝国の技術が凄すぎる…。


「まずはお互いのことや、先程の儀式のことを話し合おうと思っていたんだが───こうなると、邸の中を先に見てみたいと思わないか?」


 レド様が、いたずらっぽく提案する。勿論、私は笑みで返した。


「思います!」



◇◇◇



 エントランスホールには───玄関扉の正面中央に、2階へ昇るための豪華な階段が構えている。


 その階段の両脇に一つずつ、観音開きの豪奢な扉が設えられている。この二つの扉は、ダイニングルームへの入り口だそうだ。


 そして玄関扉から階段を向いている状態で、右側に小さな簡素な扉が一つ。これは、厨房や洗濯室、使用人の部屋などへ続く扉らしい。


 玄関扉の左側には二つ、これまた豪奢な扉がある。ダイニングルーム寄りの扉は、レストルーム。もう一つは、応接室にアクセスする扉のようだ。


「まずは、応接室から行くか」


 レド様はそう言い、扉を開けて入っていく。レド様に招き入れられて、私も中へと踏み込んだ。


 入って右側の壁には、造り付けらしい飾り棚が一面立ち並んでいる。

 ちょうど真ん中に半円形の飾り棚があり、その左右に、背の低い飾り棚と天井近くまである飾り棚が、シンメトリーに配置されている。


 ガラス戸に守られた棚には、革張りの本や、カップアンドソーサー、ドライフラワーに、子供用の靴などが、取り留めなく飾られている。どれも古びていて、価値のある骨董というよりは思い出の品といったていだ。


 背の低い飾り棚の上には、楕円形や長方形の額に入った絵が幾つか吊り下げられていた。


 一ヵ所はどこかの山河さんがを描いた風景画などが集められ、もう一ヵ所は人物画が集められているようだ。母親らしきドレス姿の婦人と小さな女の子が並んでいるものや、夫人、女の子が単体のもの、様々だ。


 描かれている女の子は───レド様のお母様だろうか。


 そして、左側には飾り棚と同じ風合いの板で設えられた腰壁が一面に施されていて、上飾りのついたカーテンがかかった窓と角ばった柱が交互に並んでいる。


 それから、正面には、左側の窓と同じデザインのカーテンがかけられた両開きの大きな窓が二つ。


 部屋の中央にソファセットとローテーブルが置かれていて、正面の大きな窓の一つ、左寄りの窓の前にカフェテーブルと椅子が二脚置かれている。どちらも飾り棚と同じ装飾が施されていた。


 天井はすり鉢状と言うのだろうか、真ん中だけが窪んでいて、その中央には楕円形のガラスのようなものが嵌め込まれ、その周囲には可愛らしい小鳥とつる草が鏝絵こてえで描かれている。


 楕円形のガラスが柔らかい光を放っているところを見ると───これが灯なのかな。


「ここは、母上の生まれ育った邸のリビングルームに似せたらしい。

爺様───故ファルリエム辺境伯が来た時は、よく母上と三人でここで過ごしたんだ」


 ここは“応接間”とはなっているが、セアラ側妃を訪ねてくるのは故ファルリエム辺境伯だけだったので、生家の邸を偲べるように、家族で過ごした生家のリビングルームを模したのだそうだ。


 そう語るレド様の眼差しは、懐かしむものであったけど────どこか愁いを感じさせた。


「…レド様にとって、ご家族で過ごした大事なお部屋なんですね」

「ああ。このソファに座って───爺様のお土産を開けるのが楽しみだったな。それから、あのテーブルで爺様とボードゲームしたり…。

爺様は武術はすごいのに、ボードゲームは弱くて────俺は一度も負けなかった」

「ふふ、一度も負けていないなんて、すごいですね」


 ちょっと得意げなレド様が可愛い。


「時間が空いたら…、対戦しないか?」

「ええ、やりましょう」

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