第一章―契約の儀―#1


 建国記念日当日────


「あらまあ、すごく素敵じゃない…!」


 ラナ姉さんが公爵邸に泊まり込んで急ピッチでリフォームしてくれた礼服は、予想以上の出来だった。


「ただベストを切って縫い付けたわけじゃないのね」

「ええ、切り込みダーツを入れて、胸の形に添うようにしてみました。それから、コートの腰の部分を寄せて、バックスカート風にしてみました。一部ですが、裏地も新しいものを付けて、補強しています。

…リゼ、着心地はどう?どこか気になるところとかない?」

「着心地すごくいいよ。それに動きやすい。さすが、ラナ姉さん。それに、忙しいのにこのショートパンツも作ってくれてありがとう」


 漆黒のショートパンツを合わせているのだが、いつも穿いているものではなく、ラナ姉さんが新調してくれたものを着用している。

 さすがに、いつものやつだとヨレヨレだもんね。


「あれ、ブーツも新調したの?」

「ううん、これは手直ししただけ。染め直して、新しい靴底ソールを付けてもらったの」


 私がいつも身に着けている装備や服のほとんどは、魔物や魔獣の血で染めている。魔物の種類や魔獣の個体によって差はあるものの、布も鞣革もこれで染めると、従来より遥かに柔らかくて丈夫になるのだ。


 魔物や魔獣の血を自分で調達して染めれば安く済むし、鎧とか胸当てとかつけなくても良いので、重宝している。


 ただ、魔物や魔獣の血で染めたものは、何故か漏れなく真っ黒になるんだよね。だから、私の格好は黒ばかりなのである。


 このブーツの紐も血で染めていて、切れにくくゴムのような状態になっているので、紐を解かなくても靴下のようにけるので、本当に便利だ。


「珍しくヒールつけてるのね」

「ああ、うん。正装で履くのなら、絶対ヒールをつけるべきだって言われてね」


 仕方ないので、いつもは血で染めて柔らかくした素材で厚めのソールを付けてもらうところを、今回は同じ素材だが薄めのソールにして、なるべく低く太めなヒールをつけてもらった。


 固い素材のソールでピンヒールとか、私には無理だ。


「まあ、確かに。ヒールがある方が綺麗に見えるわね」



 ラナ姉さんとそんなことを話していると、シェリアがA4サイズの箱を私に差し出した。


「リゼ。これは、わたくしたちロウェルダ公爵家からの成人のお祝いよ」


 革張りの豪華な箱を開けて、シェリアは中身が私に見えるように傾ける。


 中にはビロードのような光沢のある紺色のクッションが敷き詰められていて、その上に、かなり高価な“星銀ステラ・シルバー”と呼ばれる魔素を含んだ銀で作られた装身具が3つ、鎮座していた。


 まず、目に入ったのは────懐中時計だ。


 私が今持っているものよりも一回りほど小さく、かなり質が高い。


 蓋には、交差している双剣と円を描くように広げられた翼が彫り込まれている。これは、Sランカーだけが持つことが出来る、私の冒険者としての個章だ。 


 あとの二つ───円形のピンブローチと楕円形のバレッタは、同じ意匠らしく、細かい透かし模様になっている。


 よく見ると、ここにも私の個章が組み込まれていた。


「正直、リゼに懐中時計を贈るのは迷ったけれど、公の場で使用するに相応しいものが必要だと思ったのよ。それに、リゼはドレスより礼服を着る機会の方が多いでしょうから、タイにつけられるピンブローチにしてみたの」


「どれもとても素敵だけど───お祝いって…、こんなにお世話になっているのに───」

「リゼだって、わたくしのときお祝いくれたじゃない。これは、わたくしたちの気持ちなのだから、黙って受け取ってちょうだい」

「……、うん。どうもありがとう」


 私が、シェリアの成人を喜ばしく感じて───祝いたくて、贈り物を用意したように、シェリアたちも私の成人を祝いたいと思ってくれたのだろうか。


 私が成人することを、喜ばしく思ってくれている人がいる。本当に───私は幸せ者だ。



 早速、ピンブローチを手に取って、アスコットタイの中央につける。


 それから、懐中時計を手に取り蓋を開けてみた。蓋の裏側にはコインを嵌め込めるように細工されていた。


 これまで使っていた懐中時計を取り出して、冒険者ライセンスであるコインを抜き取り、移し替える。


 そして、ベスト部分のボタンホールに鎖の先端を引っかけると、コートの内ポケットへとしまう。


 ついでに、マジックバッグもしまった。


 ベストは脇のラインで縫い留められているので、ちゃんと内ポケットが使えるようになっていた。しかも、分けてしまうことができるようにポケットが追加されている。


 さすが───ラナ姉さんだ。



「カエラ、リゼの髪を結い上げてちょうだい。…そうね、上部を細かく編み込んでハーフアップにするのがいいかしら」

「かしこまりました。…リゼラ様、こちらへ」


 カエラさんに促され、ドレッサーのスツールに座る。カエラさんは私の髪を手に取り、器用に編み込んでいく。


 その様子を見ながら、ラナ姉さんがふと呟いた。


「前から思ってたけど、リゼの髪って綺麗よね。どうやって手入れしてるの?」


「え?何にもしてないよ」

「嘘でしょ?そんな艶々でサラサラなのに!?…っじゃあ、そのお肌も!?」

「え、うん。何もしてない」

「何もしてなくて、何でそんなに肌綺麗なのよ!?真っ白で、艶々で、プルプルじゃない!」


 そんなこと言われても、本当に何もしていないんだけど。


 でも、私もちょっと不思議に思ってたんだよね。他の女性冒険者は、髪も肌も日焼けしちゃって結構ボロボロなのに。


 まあ、一つだけ心当たりがないわけでもない。


「多分…、魔力のせいだと思う」


「「魔力?」」

「うん。いつも魔力を体内に廻らせているからだと思うんだけれど…」



 この世界には“魔素”があるので、生物も魔力を持ち、それを使って超常現象を起こすことが出来る。


 でも、ラノベやゲームで出てくるような“魔術”を施すには、魔術の規模やどの方向に向かって放つのかとか、そういったコンセプトを緻密に組み込んだ“魔術陣”というものが必要となる。


 これが、まあ、組み上げるのにまず一苦労、それを書き上げるのにも一苦労。労力に見合わないし、何より咄嗟とっさに使用できなければ意味がない。


 古代魔術帝国ではどうにかしていたらしいがその方法は伝わっておらず、人類にとって、これは古代魔術帝国崩壊から数百年にわたって課題だった。


 そして───このレーウェンエルダ皇国の前身であるエルダニア王国の時代に、研究に研究を重ねた結果、“魔石”に魔術陣を書き込む技術が開発された。


 これはかなり難しい技術のようで───“魔力が均等に凝固している魔石”でないと書き込むことは不可能らしい。そもそも、この“魔力が均等に凝固している魔石”自体が希少なもので、数が揃えられない。


 そうなると作製できる数に限りができてしまい、魔術陣を書き込んだ魔石は、必然的に高値となる。


 魔術陣がなくても、魔力を水や炎、風などに変えたり、魔力で土を動かすことはできる──これを“魔法”と呼ぶ──が、戦闘に利用するのは相当難しい。魔力を水や炎に変えた後、その水や炎を操作することはできないからだ。


 だけど、魔術陣は高価過ぎて手が届かず、私は魔術を諦めて、魔法を利用する方法を模索する方にシフトした。


 初めは魔力操作の訓練のために魔力を体内に廻らせるようにしていたのだが───ある時、魔力を廻らせていると身体能力が強化されることに気づいて、それ以来、なるべく廻らせるようにしているのだ。


 おそらく、魔力によって、日焼けや乾燥から守られているんじゃないかな、と思う。



「わたしにはできない芸当だわ…」

「わたくしもよ」


 ラナ姉さんだけでなく、シェリアまでもが、がっくりと項垂うなだれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る