38.ガーネット
楓花の誕生日に晴大は自身の誕生石のペンダントをくれた。だから楓花も誕生石のペンダントを──と思ったけれど晴大にはあまり似合わないし、一月の誕生石ガーネットは赤いので似合ったとしても変に目立ってしまうのでやめた。
晴大にどこに行きたいかと聞くと、少し考えてから京都だと返事がきた。楓花が子供の頃はそれほどでもなかったけれど、最近は日本人はもちろん訪日外国人が増えすぎてのんびりとは歩けなくなった。
「早朝とか夕方なら空いてんちゃう?」
「どうやろなぁ……二時間くらいかかるから、電車なくなるし長居は」
「車で行くし、帰りも家まで送る。バスとかも乗れるか分からんし」
大学へ行くときは仕方なく都会を経由しているけれど、楓花も晴大もどちらかといえば田舎育ちなので都会と人混みは苦手だ。
晴大の誕生日の朝、いつものように駅前で待ち合わせてから、晴大は頑張って京都まで車を運転してくれた。予想通り言われた〝何か喋れ〟には、一ヶ月先のクリスマスのデートプランを提供しておいた。二人ともおそらく当日は無理なので、それまでに近くでイルミネーションを見ることになった。
空いている駐車場に車を停めて、早めの昼食にした。人気店だったけれどオープンしてすぐだったので行列ができる前で、広い個室を用意してもらえた。
「早めに来て良かったな。食べたら
注文した料理を味わって、お茶を出されてから楓花は晴大にプレゼントを渡した。晴大は嬉しそうに包みを開け、中身を見てまたさらに嬉しそうに笑った。
「楓花、これ俺、買わなあかんなって思っててん」
「良かった。それくらいやったら目立たんで良いやろ?」
楓花が晴大に贈ったのは、ネクタイピンだ。シンプルなシルバーのデザインで、先のほうにガーネットを埋め込んである。
「楓花も誕生石くれる気して調べたんやけど……」
「私の今の気持ち。変わることはないと思う」
ガーネットの石言葉には〝真実〟や〝友愛〟がある。一途な愛や変わらない友情の証しとしてプレゼントされることもある石だ。楓花はまだ晴大と結婚すると確定したわけではないけれど、彼のことはずっと好きでいるつもりだ。
ネクタイピンだけではどうかと思ったので、合いそうなネクタイと万年筆もつけた。スカイクリアで働くことが決まっている晴大には、持っていてもらいたい物だ。
「楓花、いつになるか分からんけど、絶対──
「ふふ。分かった」
「あ──最近、やたら桧田が優しいけど、靡くなよ?」
「大丈夫やって。翔琉君はたぶん、応援してくれてる」
晴大が大学にネクタイをしてくることはないけれど、万年筆はちゃんとペンケースに入れてくれていた。楓花が貰ったボールペンと合わせて、授業で使うものではないけれど、持っていると知っているだけで顔が緩んでしまう。
「ん? 渡利……良い万年筆持ってるな?」
「これですか?」
珍しそうに見ていたのはゼミの先生だ。三年と四年の交流が盛んで学年ごとにも仲良くなることが多いゼミなので、先生も楓花が知っている中では好かれているほうだ。ゼミによっては普通の教室を使っているところもあるけれど楓花たちは研究室と繋がった部屋を使っているので、他の学生や先生には内緒でゼミ室でパーティーをすることもある。
晴大のペンケースから万年筆が転がって出ていたらしい。
「どこで買ったん?」
「貰ったんですよ、誕生日に」
「プレゼント? ……長瀬さんから?」
「はい」
「ふぅん……長瀬さん、これいくらしたん? 高いやつやろ?」
「そんなん、言えないです」
「俺も欲しくて見たことあるんやけど……」
「あーっ、ダメですよ、言わんといてください!」
楓花が思わず声を上げると、先生は笑いながら研究室のほうへ戻っていった。
「楓花ちゃん、バイト確かホテルって言ってたよなぁ? 時給いくら?」
「確か、千八百円くらい……」
「えっ、良いなぁ。ちなみに渡利君は?」
「俺は……二千円やったんちゃうか?」
「私らさぁ、英語は得意なはずやけど、この二人は別やもんなぁ?」
就職活動が始まってから楓花はアルバイトの日数を減らしたけれど、それでも毎月の給料が少ないとは思わなくなった。晴大ももともと時給が良かったところ、接客態度が良くなって知識も増えたので、大学を卒業するまで変えない条件で高額になったらしい。
クリスマス当日は平日で直前の週末も二人ともアルバイトが忙しくなると分かっていたので、その少し前の大学の帰りに乗り換える駅で降りてイルミネーションをゆっくり見に行った。一緒に過ごすことが増えて話題は尽きてしまったけれど、特に気にならなかったし、晴大も〝何か喋れ〟とは言わなかった。
「俺とおってくれんの嬉しいけど、戸坂さんは良いんか?」
「……うん。会ったら喋ってるし、ときどきLINEも来てる。それに、彩里ちゃんも彼氏いてるし。……あっ、そうそう、EmilyからJamesと撮った写真届いてた!」
晴大に写真を見せると、あとでJamesに連絡しよう、と言っていた。アメリカの大学の一年間は日本より半年遅れているので、卒業するのは楓花たちが先だ。EmilyとJamesが日本旅行に来る頃、楓花は何の仕事をしているのだろうか。
年末年始は晴大に会えなかったけれど連絡は頻繁に来ていたし、冬休み明けも一緒に大学へ行った。少ししてからあった後期試験は、楓花はまた良い成績を残すことができた。
「晴大は?」
「ん? ……ああ……一個だけ落としたわ……」
「えっ、そんなことあるん? 何落としたん?」
「──楓花をちゃんと守ること。俺、桧田が弱いとか言っといて、自分が弱いな。……フリでも女に暴力とか」
「ううん、晴大はいつも大事にしてくれてる。あれはしょうがない。私のためにああしてくれたんやし」
「はいはいはいはいそこ、続きは家でやって」
楓花と晴大の間に翔琉と彩里が入ってきた。二人が話していたのは、事務室の前だ。
「聞いてあげて、翔琉君、試験全部受かっとって、しかもSも二つあったって」
「えっ、すごっ」
「渡利──おまえのお陰や。その、ありがとうな」
「え……晴大、勉強教えてたん?」
「……借りの分。桧田が〝一個はそれで返せ〟って言うから」
「渡利、今回はマジ助かったけど、やっぱおまえと二人でおるのは嫌やわ。だからもう一個は……〝楓花ちゃんを幸せにしろ〟。もう、泣かすな。それで無しにしてやる」
「──言われんでも」
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