第7章 …大学4年生 前期…

39.本当の気持ち

 大学四年の五月の連休に、楓花たちのゼミは研修センターへ合宿に行くことになった。他のゼミでは三年の夏休みに行われるところが多かったけれど、晴大がいないから、という理由で楓花たちだけ延期されていた。本当は三年のうちが良かったけれど、一年生のプログラムが優先されるため四年になってしまった。

 一年生のときは男性たちはテントに泊まっていたけれど、今回は空調の効いた快適なところを使わせてもらえるらしい。楓花はゼミの女性たちとは仲良しなので何も気にしていなかったけれど──、晴大は翔琉と同じ部屋になったことを不服そうにしていた。もちろん、二部屋にするほど人数はいないので、どうしようもない。

 今回の合宿の目的はゼミの仲間との交流のほかに、卒業論文や就職に向けて英語漬けの時間を過ごすことだった。学外から招いた講師は外国人で、日本語を使えるのは食事中と朝夕の自由時間だけだった。楓花は英語には困らなかったけれど、何時間も英語ばかりだと息苦しくなってしまう。ちなみに同じ日には違うグループも研修していたので、夜は一緒に過ごすこともできた。

「あー、マジ疲れた、俺、英語と関係ないとこ就職しよかな」

 楓花が研修センターのウッドデッキで考え事をしていると、翔琉が友人と一緒にやってきた。街灯はあるけれど暗いので、外に出るまで楓花がいることに気付かなかったらしい。

「あれ、楓花ちゃん一人? 渡利は?」

「さぁ……聞きたいことある、って先生とこ行ったけど」

「ふぅん。──ごめんな、いろいろ」

「え? 何が?」

 翔琉に謝られたけれど、理由が分からなかった。翔琉が楓花の隣に座ったので、彼の友人は気を遣ったのか館内へ入っていった。

「いろいろ。俺のわがままに付き合ってもらったし。好き勝手ばっかり言って、楓花ちゃん困らしてばっかやったやろ?」

「そんなことないよ、私だって、キツいこと言ったし……それに、あの頃は楽しかったし」

 楓花は最終的に晴大を選んだけれど、翔琉と過ごした時間も良い思い出だった。関わる人が悪くなって事故を起こしてしまった事実は変わらないけれど、翔琉は何度か逆戻りしそうになりながらも、今はちゃんとした大学生になった。相変わらず勉強は苦手なようだけれど、四年で卒業して就職できるように努力していた。

「渡利のことも、めちゃくちゃ言うたしな……」

「ははっ、それは私もやし、気にせんで良いよ」

「俺──ほんまは、あいつのこと嫌いちゃうねん」

「……そうなん?」

「最初は、楓花ちゃんから噂聞いて、俺も見たし、飄々としててなんかムカついたし、なんやこいつ、って思ったけど、あかんことはしてないんよな。頭良いし。言ってることも正論やし。ほんまは仲良くしたかったんかもな」

 翔琉は〝今さら無理だ〟と言いながら笑った。

「そんなことないと思うけど……今からでも」

「いや──嫌いちゃうけど、敵やからな」

「──どういうこと?」

「こんなこと言ったらまた渡利に怒られるけど、俺まだ楓花ちゃんのこと好きやから……だから、あいつ見たら沸々と、敵意がな」

 翔琉はまた笑っているけれど、悲しそうな目をしていた。もう楓花とは付き合えないと分かっていても、翔琉は楓花を助けてくれていた。翔琉はいつも強がっていたけれど、本当は晴大と同じで優しい青年だったのかもしれない。

「──おい、桧田、何してんや?」

 晴大がドアを開けてウッドデッキに来た。楓花がここにいることは、晴大には既に伝えてあった。

「別に、おまえに怒られることしてないし。……行くわ、楓花ちゃん、また明日!」

 翔琉は楓花に手を振って、一瞬、晴大を見てから走ってどこかへ行ってしまった。

「楓花、ほんまに何もされてないか?」

「ははっ、大丈夫、翔琉君は、今までのこと謝ってただけ」

「……なら良いけど」

 楓花は翔琉が言っていたことは晴大には言わないことにした。翔琉があの態度でいるうちは、本当の気持ちは知られたくないはずだ。それに楓花が言うよりも、できれば本人同士で解決してもらいたい問題だ。

「くっそう、なんで俺あいつと同じ部屋なん」

 楓花と一緒が良かった、と言っているけれど、それは絶対に無理なことだ。

「仕方ないやん、一部屋で足りる人数なんやし。……前さぁ、翔琉君と握手してたやん? 仲直りしたんじゃないん?」

 それとなく聞いてみると、晴大は少しだけ唸った。

「俺はそのつもりやったけどな。あいつ相変わらずムカつくことしか言わん」

 晴大と翔琉が仲良くなるには、まだまだ時間がかかりそうだ。


 翌朝、朝食後に自由時間があったので、楓花は晴大に誘われて施設内の遊歩道へ散歩に出かけた。メンバーのほとんどは二人に遠慮したのか散歩には来ず、食後の運動にディスクゴルフをしていた。

「晴大、なんか眠そうやけど、寝れんかった?」

 朝に弱くないはずの晴大が珍しく目を擦っていた。

「寝たかったんやけどな……くっそう……桧田のイビキで何回も目覚めたわ」

「ああ……それは、残念」

 他にも起こされた学生がいて、その度に一緒に翔琉に枕やクッションをぶつけていたらしい。

「寝言も言ってたしな。……あいつ、夢でも俺と仲悪いらしいわ」

「ははっ。何て言ってたん?」

「……楓花を泣かしたら許さんぞ、って。俺は、泣かすつもりやけどな?」

 晴大は笑ってから、楓花の手をとった。泣かすと言われてもそれは嬉しい意味なので、楓花もつられて笑顔になってしまう。

 山の中なので涼しくて、歩いているうちに晴大はようやく目が冴えてきたらしい。昨夜、楓花と別れて先生に聞きに行っていたことを、スカイクリアを継いだあとのアドバイスに聞いたことをいろいろ教えてくれた。

「やっぱり晴大はすごいなぁ。もう将来のことまで考えてて……私なんか全然やのに」

「俺は──俺は俺やからな。楓花も自分のペースで決めれば良い。……俺が継ぐとき、できたら近くにおってほしいけど」

 それは、楓花が晴大と結婚して一緒に暮らせていれば良いな、という意味だ。楓花もそのつもりにしているし晴大の仕事をできる限りサポートしたいとも思っているけれど、今から考えられることではない。

「楓花」

「ん? どうしたん?」

「就活、これから大変やろうけど……諦めんなよ。うちのこと気にせんと、楓花がやりたいこと選んだら良いし」

 大学四年生になってから楓花はいくつかの企業にエントリーシートを提出し、残念ながら全てがお祈りメールで返ってきていた。希望上位の大企業ばかりだったので落ち込んでしまい、晴大が慰めてくれた。

「就活終わったら──あ、卒論があるんか……全部終わったら、旅行しよか」

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