37.素直になれない

 楓花が所属しているゼミのメンバーが一人増えた。というより、長く出席していなかった一人が顔を出すようになった。それは、晴大だ。

 ゼミを決めるとき楓花は初め観光のほうを考えていたけれど、晴大と付き合い始めて彼の事情を知って、ビジネスコミュニケーションのゼミを選んだ。彩里は英語圏の文化について興味を持ったので離れたけれど、翔琉が〝他になかったから〟と一緒になってしまった。晴大は所属だけ聞いてメンバーは聞いていなかったようで、楓花が話すのを聞いて明らかに不機嫌そうな顔をしていた。

「まぁ良いか……楓花いるし」

 大学三年になってゼミが始まったときに四年生が歓迎会をしてくれていたけれど、改めて晴大の歓迎会を三年だけですることになった。晴大のことは全員が知っているけれど、彼の最初のゼミの日に改めてした自己紹介の中で〝スカイクリアを継ぐ〟と言うと全員がいろんな意味でため息を漏らしていた。それについて話が広げられ、楓花にも話を振られた。

「長瀬さん、渡利と付き合ってるやん? 渡利んとこ就職するん?」

「えっ、ううん。普通に就活するけど」

「へぇ……。なぁ渡利、もしやで、もし長瀬さんと俺が同じとこ就職して、仲良くなっても文句言うなよ?」

「──友達ならな?」

「いやいや渡利、そこはさぁ、分かるやろ?」

 おそらく本気ではないので先生も笑っていたけれど、晴大の顔は少しずつこわばってきていた。楓花は隣に座っていたので〝そんなことはあり得ない〟と彼を落ち着かせた。

「まず楓花がおまえを選ばんと思うけど」

「いや、確かに渡利すごいけど──」

「渡利はっ!」

 楓花と晴大とは離れて座っていた翔琉が、店の迷惑にならない程度に声をあげた。全員が翔琉に注目した。

「渡利は──楓花ちゃんにプロポーズして、楓花ちゃんもOKした。卒業してすぐではないけど結婚するって、聞いた」

 その言葉でまたメンバーは盛り上がってしまったけれど、それは嫌なものではなかった。晴大は楓花を狙った男性陣から謝られ、楓花は女性陣から詳しい話を聞かれることになった。結婚式には行くから招待して、と何人もが言った。

「おいっ、渡利っ、俺は別に、おまえを助けたんちゃうからな」

「ふん。……助かったわ」

 翔琉が照れ臭そうにしながら席を立ち、それを見て晴大が嬉しそうにしているのを、楓花は見逃さなかった。もしかすると翔琉は、晴大と距離を縮めようとしているのかもしれない。

 晴大の歓迎会のあとは二次会に行く話が出ていたけれど、翌日は晴大は朝からアルバイトがあったので楓花と二人で帰った。酔っていて疲れているはずなのに晴大は電車でうとうとする楓花を守って起きてくれていたし、電車を降りてからは楓花を家まで送ってくれた。

 授業はほとんど一緒でゼミも同じだったので、楓花は大学にいるときはだいたい晴大と一緒だった。翔琉が歓迎会で話したことはいつの間にか二人を知る全員に広まって、どこから伝わったのか、いつか晴大が一回だけデートした女性にまで知られてしまっていた。

「私のことは一回遊んで捨てたくせに、なんでそんな女と? 私のほうが映えるやん?」

 キャンパス内の掲示板の近くで見つかってしまった。

「うっさいな、そもそも付き合ってないから捨てたんちゃうし。……おまえが狙ってるのは俺の金やろ」

「違うっ。その子だって」

 晴大の財産が目当てだろう、と言葉を変えて何回も言われ、楓花は悲しくて反論出来なくなってしまった。財産は全く狙っていないけれど、楓花よりも女性のほうが晴大と並んで映えるのは確かだ。

「楓花、俺はそんなこと思ってないからな? 俺が楓花を選んだんやから、気にすんな。楓花は可愛い」

「うん……」

 晴大はそう言ってくれるけれど、楓花は涙を流してしまった。

「なに泣いてんの……私のほうがお洒落やから、悔しいんやろ?」

「おまえさっきから楓花のこと──」

 晴大は女性に手を上げそうになったけれど、さっと誰かが間に入ってきて晴大の動きを止めた。晴大の手は行き場をなくしてぷるぷると震えていた。

「……桧田?」

「おまえ暴力なんかしたら、楓花ちゃん泣くだけやぞ。まぁ……フリしただけやろうけどな。下がってろ」

 晴大は楓花を守りながら少しだけ下がった。

「あんた何? どいてよ」

「どくのはあんたや。渡利は楓花ちゃんのこと本気やぞ。家のことは誰も最近まで知らんかったしな。楓花ちゃんはあんたみたいにジャラジャラ飾らんでも可愛いし、無駄に騒げへんし──たぶんやけど渡利の弱いとこも全部知ってんやろ?」

「弱い? 晴大君のどこがっ、完璧やん」

「付き合ってたら聞かされてんちゃうん? 渡利、どうなん? おまえだって人に言いたくないことあるやろ」

「……あるな。楓花には、出会った日に言ったな」

「おまえ、言えるか? 言われへんよな?」

「……もういいっ、もっと良い男いるし!」

「あっ、おいっ、謝れよ!」

「翔琉君、良いから……ありがとう」

 女性は走って逃げていき、翔琉は〝捕まえなくて良いのか〟という顔で晴大を見ていた。

「──また助けられたな」

「俺はっ、楓花ちゃんが困ってたから……」

「ううん、翔琉君は晴大を守ってくれた」

「誤解すんな……誰が渡利なんか……」

 翔琉はそっぽを向いているけれど、照れているのは明らかだった。晴大は短くため息をついてから、さっと翔琉に右手を出した。

「なに?」

「はよ出せ。手」

 翔琉がしぶしぶ手を出すと、晴大はガシッと握手をした。

「おまえのこと見直したわ。借りは……どっかで返す」

「──す、好きにしたら良いやろ。じゃあな」

 翔琉は晴大の手を力いっぱい振りほどくと、早歩きでどこかへ行ってしまった。晴大も少しは照れていたけれど、満足そうにも見えた。

「これから……翔琉君と仲良くするん?」

「どうやろな。借りは返すけど」

「もう、素直じゃないなぁ二人とも。素直な晴大も好きなんやけどなぁ」

「……楓花には素直やろ?」

「それを翔琉君にも」

「は? 俺と桧田が? いや、それ拷問やろ、そもそも俺、男は」

「え? 何言ってんの? 翔琉君とも素直に話したら?、って言ってるんやけど」

「そっちか……ややこしい言い方すんな」

「えー、何かややこしかった?」

 晴大が何を勘違いしたのか分かってしまったので、楓花は笑いながら聞いた。もちろん楓花もそんなことにはなってほしくなかったので、〝私には素直すぎる〟と笑いながら晴大と腕を組んだ。

「晴大……晴大の誕生日、バイトある? 確か土曜日やけど」

「いや? まだ決まってないし、楓花に合わせるけど」

「やったぁ。じゃあ空けといて。晴大が行きたいところに行こ?」

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