36.つながる ─side 晴大─

 楓花は俺を見ても特にキャーキャー言わない。

 ──と中学のときは思っていたが、それは決して嘘ではないが、友人たちと話すときは騒いでいたらしい。

「そのほうが、周りと一緒、ってごまかせたし。でも、舞衣ちゃんにはバレてたみたいやけど」

 楓花にリコーダーを教えてもらうことになったとき、楓花が俺とのことを誰にも言っていないと確信してから、楓花には俺の弱い部分を見せることに決めた。リコーダーが出来ない時点で周りからだいぶ離されていたが──、教室では言えない弱音もときどき吐いていた。楓花は周りが知らない俺のことを知って、普通の少年だと分かって嬉しかったらしい。友人たちに合わせて騒ぎながら、事実とは違う話になって否定しかけたのを何度かごまかした、と聞いた。

 俺を好きになることに何が一番影響したのかは、正直わからないらしい。外見なのか、成績なのか、性格なのか、それとも俺の秘密を知ったことなのか。同級生の中では楓花が俺のことを一番知っていた。他の同級生にはもちろん、丈志にさえ俺はあまり弱音を吐かなかった。もしかすると俺は、無意識のうちに楓花の母性本能を刺激していたのだろうか。再会してから俺が楓花に弱音を吐くことはなかったが、困っている楓花を放っておけなくて何度も手を貸した。というより、楓花が楽しく過ごせるようにアドバイスをしていた。楓花と桧田が仲良くなるのは嫌だったが、それでも楓花には笑顔でいてもらいたかった。

「今日、三限休む」

 俺が留学の話をしていると、楓花は目に涙をためていた。

「渡利、いきなり泣かすなよ」

 桧田がぽつりと言ったが、俺は無視した。

「──戸坂さん、ノートお願いして良い?」

「あっ、うん。任せて」

 桧田が何か言いたそうにしていたがそのまま無視して、俺は楓花を連れて教室を出た。リフレッシュスペースに到着して、楓花が落ち着くのを待った。

「なんで今なん……。寂しい……」

「そんなに、俺のこと好きなんか?」

「うん」

 素直に答える楓花に思わずドキリとしてしまった。楓花に好かれようと全くしていない、と言うと嘘になるが、好かれようとしたというより、楓花を守りたくて体が動いていた。それが楓花に評価されて俺の印象が変わり、ブラックな俺でも好きだと言ってくれた。……楓花には優しくしたいし、桧田が気に入らないだけでブラックになった覚えはないが。

 自分で決めたこととはいえ、半年もアメリカに行くのは正直に辛かった。ないとは思うが桧田はまだ楓花を諦めていないように見えたし、他にも楓花が仲良くしている男は何人かいた。もしも楓花が他の男と──と思うと気が狂いそうで、だから留学する前に楓花を彼女にしたかった。

 ……俺のファーストキスが楓花だったのも本当だ。楓花のことを好きになってから、他の女とは考えられなかった。一回だけデートした奴の中には顔を近づけてくる奴もいたが、俺はなびかなかった。そして願いが叶って楓花とキスができたのはバレンタインの夜だ。下手だ、と突き放されないか心配していたが逆に上手かったようで、楓花は俺を腕に閉じ込めて恍惚こうこつとした表情をしていた。

 慣れない土地で得意ではない経営の勉強をネイティブの英語で聞くのは想像以上に難しかったが、楓花が待っていると思うと頑張れたし、経営の勉強をしていくうちに、スカイクリアのことを考えているうちに、楓花と結婚したいと思うようになった。将来どんな暮らしになるかは分からないが他に誰かを好きになるとは思えなかったし、英語が得意な楓花は海外へ行く可能性がある俺の妻にはぴったりな相手だった。

 付き合いは結婚前提にしたい、とだけ楓花に伝えると、やはりまだ先のことなのでわからないと言われた。それでも俺と別れる選択は考えていないようで、家のことを聞いてから考えると言ってくれた。これまで俺が家に呼んだのは男だけだったので〝彼女を連れてくる〟と言うと両親は驚いていたが、俺が真剣に将来のことを考えていると分かって嬉しかったらしい。

 両親とも楓花のことを受け入れてくれたし、楓花も俺の決意を聞いてくれた。仮ではあるがプロポーズすると、楓花は笑顔をくれた。

「その日を待ってるから、今度こそ泣かせて・・・・な?」

「──ハードル上げんな……」

「晴大ならできる。だって──他の人らとは違うから」

 母親が持ってきたケーキを食べてから、化粧を直そうとする楓花の邪魔をして横抱きにしてベッドに運んで組み敷いてやった。楓花を家に呼んだ時点で抱くつもりにしていたし楓花も全く抵抗しなかったが、いろいろ考えてやめた。

 その代わり楓花を穴が空くほど見つめ、限界までらしてから唇を重ねた。重ねたというより、奪ったのほうが近いのかもしれない。優しくするつもりだったが理性を抑えられず、楓花の唇の柔らかさを角度を変えて何度も確かめた。下唇を甘噛みし、空いた隙間に舌を入れた。たまに漏れる楓花の声が甘く可愛くて、余裕すらなくなりかけていた。唇や口内を舐めてやるごとに楓花の力は抜けていき、気付けば音を立てながら舌を絡ませて、激しく求めてしまっていた。

「は、る……と……苦……し……」

 楓花の訴えに気付いてようやく唇を離すと、だらりと俺の口から出てしまった透明なものが──ぽつっと楓花の閉まりきらない唇に落ち、そのまま口に入ってしまった。

「ごめん、よだれ落としてもぉた」

「……今さら?」

 笑いながら起き上がろうとする楓花を手伝い、髪を整えてやりながらぎゅっと抱き締めた。今度またゆっくり、と耳元で囁く楓花が可愛すぎて本当に襲いたかったが、親に話すこともあるので楓花が化粧を直すのをじっと見ていた。

 久々の大学には楓花と一緒に行った。帰りに会うことは何度かあったが、朝に一緒なのは初めてだ。朝は苦手ではないが生活リズムが戻っていないので、電車の中では楓花に凭れてしまう。大学の最寄駅を降りてからは、楓花に手を引かれて歩く。

「渡利……おまえ、おったんやな」

「は? おったら悪いか?」

 教室に入るなり桧田が突っかかってきた。楓花と二人きりの幸せな時間が途切れてしまった。

「──くっそぅ……、相変わらず飄々としてんな」

「別に普通やろ。俺は俺やし。おまえがうっせぇ」

「なんやと?」

「ちょっと二人ともっ、晴大っ」

「おまえが先に言ったんやぞ。……行こ、楓花」

「あっ──、翔琉君ごめんっ」

 桧田の声を聞きたくなくて、楓花を連れて遠くに席を取った。楓花は桧田に謝ってはいたが、すぐに俺のほうを見て嬉しそうに笑っていた。

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