35.本当の自分 ─side 晴大─

 大学の入学式は親と来ている奴もいたが、俺は一人で行った。慣れないスーツを着てネクタイもして、髪型も一応は整えたつもりだ。そのせいか、俺をちらちらと見てくる奴はいたがとりあえず無視して、式が行われる講堂へ行った。

 同じ学科の奴らだけで二百人ほど、全員合わせると二千人はいるのだろうか。すべての学部が同じキャンパスではないが、それだけの人数を収容できるのはすごい。これだけの学生のうち何人が仲良くなれるのだろうかと考えている間に入学式は終わり、学科ごとに分かれて教室に移動した。

 教室に着いてから俺は隣にいた男と話していた。彼は〝なんとなく〟〝他に希望がなかったから〟〝英語で良いか〟と単純に英語コミュニケーション学科を選んだのではなく、外資系の仕事に就きたいからと本気で英語を勉強しに来たらしい。俺も既に親父の仕事を継ぐ方向だったので一緒だと話をして、近くにいた男たちで意気投合し、それから顔を合わせれば話をするくらいにはなった。

 午後の自己紹介の時間、俺は最後だったので待ち時間が長く、なんとなく飽きながら聞いていたとき見覚えのある奴が登壇した。スーツを着ていたので一瞬分からなかったが、確かにそれは楓花だった。中学を卒業して以来なので、会うのは三年ぶりだ。三年前も可愛かったが少しだけ大人びた顔に変わっていて、諦めかけていた恋を今度こそ本当に実らせたくなった。

 楓花は出身と意気込みを話してから席に戻ったが俺には気付いていなかったので、俺が気付かせた。ただ楓花の反応が良くなかったということは、俺の噂を知っていることになる。楓花の友人の舞衣にも告白されたので、何かしら相談をされたのかもしれない。

 俺のことを知っている奴は楓花以外にいなかったので、またぽつぽつと告白されるようになった。俺は楓花しか興味がなかったが、彼女のプライベートは分からないのでまた、高校のときのように〝一日遊んでさようなら〟を繰り返すようになった。楓花も俺の噂を信じていたし友人たちにも話したようで、楓花の周りの学生には避けられ気味だったが、それ以外の奴らからは構ってもらえていた。

「俺のこと、嫌な奴と思うならそれで良いけど、自分の評価を自分で下げんなよ?」

 本当はそう思われて良いわけがないが、そう言うしかなかった。下手に弁解しても信じてもらえるかは分からなかったし、それよりも俺は、楓花が評価を落とされることのほうが心配だった。

 楓花は気にしていないのかもしれないが、とても優しい。リコーダーのことはもちろん、見るからに性格の違う桧田とも、せっかく知り合ったから、と仲良くなろうとしていた。俺だったら無視している奴だが、楓花は放ってはおかなかった。

 仲良くなるのは構わないが、俺が心配だったのは、楓花が悪い社会に染まってしまい、友達を失くすことだ。俺は早い段階で桧田の良くない噂を聞いて、バイトのない日に尾行してみると、桧田はガラの悪そうな奴らと合流していた。初めはただ屯しているだけのようだったが、アルバイトを始めてから裏社会の人間と関わるようになり、大学は卒業したいから、と遠慮しているときもあったが、断りきれなくなって一緒に遊んでいるように見えた。

 そのことを楓花に伝えると少しは考え直していたが、大学で見る桧田は特に悪くは見えないので、楓花は混乱し、とりあえず友達を続けていたらしい。その優しさが余計に桧田が楓花を好きになる要因だったようで、桧田は何回か楓花に告白して、ダメだと言われ、次の機会を窺っていた。

 そんな中で俺が、楓花とはただの同級生のままだったが桧田よりは頻繁に話していたのもあって、楓花の前で態度を変えていると思われていたらしい。

「おまえほんまは、楓花ちゃんに好かれようとしてるやろ?」

「──おまえと一緒にすんな。俺は俺や」

 本当に俺は、楓花の前だから、と良いところを見せたことはない。自分がするべきことをして、楓花に話したのも俺が実際に見聞きしたことだけだ。楓花のことが好きなのは事実だが、まだ打ち明ける時期ではないと分かっていた。楓花は俺とはそれなりに話してくれているが、噂のこともあって完全に信頼されているわけではなかったので、打ち明けるのは誤解が解けてからにしたかった。と言いながら、〝一緒にするな〟〝俺は俺〟という言葉は中学のときから楓花に聞かせていたので、他の奴らと比べるまでもなく誠実な男だ、と気付いてもらいたくもあった。

 成人式の翌日、楓花をドライブに誘ったのは単純にデートがしたかったからだ。楓花は誘われた意味を分かっていなかったが、嫌だとは言わず着いてきてくれた。由良には幼少期に住んでいただけなのでほとんど記憶はないが、白崎海岸の景色だけは忘れられなかった。あれを楓花は何と言うか、連れてきた俺をどう思うか、聞いてみたかった。

「私、渡利君のことずっと誤解してた。〝嫌な人〟って思ってたけど、間違いやった……悪いとこなんか、ないやん」

「別に、ほとんどの奴がそう思ってるし、謝らんでも。嫌な奴で良いのに」

 嬉しかったが素直に喜べず、反対のことを言ってしまった。

「ううん。渡利君が私に言ったこと、そのまま返す。自分で自分を下げたらあかん」

 楓花には桧田のことも含めていろんなことを言われたが、それを聞いてハッとしてしまった。俺は楓花に〝自分を曝せ〟と言っておきながら、自分がそれをできていなかった。俺は、遊び相手は女なら誰でも良い──わけがない。

 本当は楓花の誕生日を狙っていたが、アルバイトがあるようなので前日に買い物に誘い、欲しそうに見ていたものを店員にこっそり包んでもらった。物で釣ろうと思ったわけではないが──、俺がこれまでの想いを打ち明けると、楓花も正直にいろいろ話してくれた。

 楓花も本当は俺のことが好きだったらしいが、返事はなかなかもらえなかった。楓花は友人たちに相談したらしい。

「渡利おまえ、やっぱり楓花ちゃんのこと好きやったんやな。一緒にすんな、とか言っといて」

「ああ──実際、好かれようとはしてなかったし。俺は俺のまま、普通にしてた。長瀬さんなら分かると思うけど」

「──うん。渡利君は別に、作ったような優しさとか、良いカッコしてるな、とかはなかった」

 最近はそうでもないが、中学のときや再会した頃は、むしろ嫌われそうな態度をとっていた。それでも楓花は外面そとづらではなく、ちゃんと内面を知って好きになってくれた。

「え? ……アメリカ?」

 留学の話をすると今にも泣きそうな顔をするほどに──。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る