第6章 …大学3年生 後期…

32.安らげる存在

 楓花と晴大の付き合いが結婚前提になったことは、すぐに晴大の両親にも伝えた。ただし楓花はまだそこまで考えられていないので、いつのことになるかは分からない。それでも晴大は八年間も楓花だけが好きだったし、楓花は忘れようとしながらも本心は同じだった。この先、他の誰かと付き合う可能性がないことは、お互いに知っている。

「晴大が楓花ちゃんに本気なのは、ペンダントで分かったわ」

 彼の母親は優しい顔で笑っていた。

「それ、ブルートパーズでしょう。晴大の誕生石で、成功に導いてくれる石。晴大、いつあげたの?」

「──誕生日。俺がアメリカ行く前」

「こんなんだった晴大がまさか、ねぇ……。楓花ちゃんもびっくりでしょう?」

 母親は晴大に言って中学の卒業アルバムを持ってこさせていた。開いているのは晴大の写真が載っているページだ。楓花も久しぶりに見るので、八年前の晴大がものすごく可愛く見えてしまった。可愛いけれど、他の生徒たちよりは表情は良くはない。

「懐かしい……。ははっ、確かにこんなんでした!」

「……なに〝こんなん〟って」

「いや……いろいろ思い出して……」

「楓花ちゃんは音楽得意なの?」

「はい。今はあんまりですけど、ピアノやってて」

「それで音符なのね。……晴大はリコーダーも吹かれへんからねぇ」

 その発言に楓花は思わず笑いそうになってしまった。晴大の視線を感じたので、口は閉じた。

「──吹けるし。家でやらんかっただけ」

「そう? 小学校のとき、懇談でいつも先生に〝家で練習するように〟って言われてて、全然やったやん」

「……中学入ってから練習した」

「えええ、いつ? 聴いてないけど? あ、でも確かに、音楽の成績は良くなってたような……。もしかして、楓花ちゃんに教えてもらってたとか? でも同じクラスなってないし、違うか……」

「私、教えてました」

 母親が考えている間に晴大は観念したようで、話しても良い、と楓花に伝えていた。楓花と晴大の音楽室での出会いを簡単に話すと、母親は音符の意味を知って嬉しそうに楓花を見ていた。

「楓花ちゃん、晴大のこと、よろしくね。すぐどっか行くから」

「……はい。しっかり、監視しときます」

「ちょっ、俺が何のために──っ」


 後期のガイダンスの日、楓花は晴大と一緒に大学へ行った。付き合っていることを友人たちは知っているけれど、晴大は長らく留学していたので忘れてしまっている人もいた。晴大が帰ってきたら一緒にいて、と言ってくれた彩里でさえ驚いていたし、翔琉は案の定、思いっきり眉間に皺を寄せていた。

「渡利……おまえ、おったんやな」

「は? おったら悪いか?」

「──くっそぅ……、相変わらず飄々としてんな」

 楓花は二人をなだめようとしたけれど、それより先に晴大に引かれて翔琉とは離れた席に座った。晴大は翔琉のことは特に気にせず、久々に会う友人たちに簡単に挨拶をしていた。

「晴大はこれから、大学に来るだけ?」

「……どういう意味?」

「あ──バイトはもうやらんの?」

「いや? またやる。あのときは〝やめる〟って言ったけど、休んでただけ」

「良かった。また隣で頑張れる」

「──そうやな。また時間合ったら送るわ」

「うん。ありがとう」

 楓花は晴大と一緒にガイダンスを受け、そのあと彼は友人たちに誘われて男数人で食堂へ行った。楓花は晴大に誘われたけれど彼にはいつでも会えるし、男同士の話もあるだろうと思って遠慮した。

 寂しそうに何度も振り返る晴大に手を振っていると、彩里が『良いの?』と話しかけてきた。

「せっかく帰ってきたのに。一緒にいたいんちゃうん?」

「私は家も近いし、バイトも隣やからいつでも会える。帰ってきてから何回か会ってるし、晴大も、ちゃんとほんまの自分・・・・・・で友達と話したいやろうし」

「……そっか。前は楓花ちゃんとのこと隠してたもんなぁ」

 晴大は楓花と再会してから、嘘はつかなかったけれど本当のことをずっと隠していた。特に翔琉と楓花には気付かれないようにしていたし、噂のこともあって友人たちにも言わなかったらしい。──尤も、友人たちは誰も、晴大の噂は信じていなかったらしいけれど。

「楓花ちゃん、何かあった?」

「……なにが?」

「何かさぁ、何ていうんやろ……付き合っとぉからやろうけど……いや、でも、私やったらそこまで余裕で見送れんわぁ」

 目の届かないところで彼氏が他の女と会っていたら嫌だ、と彩里は首を横に振る。晴大は男だらけで出かけたけれど、メンバーが変わらないとは限らない。

「渡利君は楓花ちゃんと行きたそうやったけど」

「うん……」

「俺、渡利のこと好きちゃうけど、あいつは筋通ってる奴やと思うわ」

 振り向くと、翔琉が顔を歪めながら近づいてきていた。

「あいつアメリカ行く前と今と、ほとんど変わらんやん? 変わったのは……楓花ちゃんと仲良くしだしたくらい……」

「それは仕方ないわ、楓花ちゃんと付き合っとるんやし」

「分かってる。だから──あいつがもし楓花ちゃん泣かすようなことアメリカでしてたら怒ったろうと思ってたけど、そんな感じないし……。何より、楓花ちゃんが前より落ち着いてるんよな。精神的に」

「翔琉君、それ! 私もそれが言いたかった!」

 荷物を片付ける楓花の隣で、彩里と翔琉は楓花と晴大のデートを勝手に想像していた。晴大が主導権を握っているだとか、逆に楓花が握っているだとか、そのどちらでもなく部屋でのんびりしているだとか。

「楓花ちゃん、どっち? やっぱ渡利君が行くとこ決める感じ?」

「どうやろなぁ……まだちゃんとデートしてないから……」

 二人で会ったことはあるけれど、晴大が行き先を決めていたり、楓花のアルバイト帰りに送ってもらったくらいだ。晴大の家に行った日は、晴大が車で家まで送ってくれた。そのときに、楓花の両親にも晴大は自分の意思をはっきり伝えた。

「渡利君って、優しい?」

「……優しい。優しすぎる。お父さん社長やし、家も大きいし、私なんかが一緒にいて良いんかな、って思う。晴大の部屋は普通やったけど……他がすごい」

「あー、無理、あいつが優しいって、想像できん!」

「相手が楓花ちゃんやからやって。翔琉君に優しくしてたら、逆に怖い」

「確かに、俺も嫌やわ。でも、その渡利の優しさで、楓花ちゃんは落ち着いてられるんやろ?」

「……うん」

 楓花は何も考えずに答えたけれど、その顔はものすごく穏やかだったらしい。翔琉はそんな楓花を見たくなかったようで、適当な用事を思い出しながらどこかへ行ってしまった。

「──で? 渡利君とはどこまでいったん?」

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