33.Clear Sky

 積もる話は置いておいて、楓花は彩里に連れられてキャンパス内のカフェに来ていた。いくつかある飲食店のうち一番おしゃれなので女子学生で満席のことが多い。まれに男子学生が彼女に連れられて来ているけれど、男同士はない。晴大が友人たちと行っているのは、おそらく一番大きな学食だ。

「楓花ちゃん、渡利君の……部屋に行ったんやろ?」

 彩里はなぜか小声で聞いてきた。

「うん。お母さんがケーキ持ってきてくれて」

「ええっ? 渡利君一人じゃなかったん?」

「うん?」

「え……何しに行ったん? 渡利君……楓花ちゃんを抱きたかったんじゃないん?」

「えっ? ちがっ、それは、あ──違えへんけど……あの日は……違う」

 楓花が晴大の家に行ったのを、彩里は二人が身体の関係を持つためだと思っていたらしい。おそらく晴大はそのつもりにしていたし楓花も覚悟はしていたけれど、家に彼の両親がいた時点で可能性はないと思ったし、実際にそうはならなかった。

「でもさぁ、やったんかなぁって思うくらい、仲良いやん?」

 彩里が恋人と既にそうなっているのは以前に聞いている。

「楓花ちゃん、渡利君を見とぉとき目がトローンてなってたし、距離も近いし。渡利君も優しい顔しとったしなぁ。……さすがにチューはしとるよな?」

「……うん」

「渡利君、上手いんちゃうん?」

 楓花は違ったけれど、晴大は楓花が初めてだと言っていた。だから身体の関係も誰ともないと信じたいけれど、せめて知識は持っておいてリードしてもらいたい。

「前さぁ、渡利君に将来の話された、って悩んどったやん? 解決したん?」

 半分ふざけていた彩里も、いつの間にか真剣な顔をしていた。

「うん……その、家に行った日、やっぱり言われた、結婚したい、って」

 カフェへ来る前に翔琉がいなくなって良かったと思う。翔琉にはいまは教えたくなかったし、そもそも晴大とのプライベートの話をしたくなかった。

「そっか……それで、OKしたん?」

「……今はまだ考えられへんから仮やけど。晴大の家のこと教えてもらって、晴大がどう考えてたかも聞いた。それで、晴大なら大丈夫、って思えた」

「ふぅん。それで仲良かったんやな?」

「うん……」

「ほんまに楓花ちゃん、幸せそうな顔しとぉなぁ?」

 晴大が楓花の両親に意思を伝えると、楓花の両親はとても満足そうにしていた。晴大はまず格好良いし、成績優秀でスポーツもできる。スカイクリアを継ぐことと楓花を想い続けていたことも、彼の評価を跳ね上げたらしい。

「言われたときは実感なかったし涙も出んかったけど、だんだん湧いてきてるんよなぁ。でも晴大に、今度こそ、ほんまのときに泣かして、って言ったから、それまでは耐えなあかん」

「ははっ、良いなぁ。渡利君はプレッシャーやろうけどな」

 晴大は困惑していたけれど、楓花と一緒にいられるなら、と将来のことを思い浮かべて嬉しそうにしていた。母親が持ってきてくれたケーキを食べたあと、楓花が化粧を直そうとすると晴大に手を捕まれた。持っていたメイク道具は取り上げられてテーブルに置かれ、抱き上げられてベッドに運ばれた。晴大は男の顔をして楓花を組み敷いていたけれど、やがて優しく微笑んで唇を奪いにきただけだった。

「ところで渡利君は、何の仕事するん?」

「……スカイクリア」

「──ええっ?」

 スカイクリアが晴大の名前から来ていたことは、やはり彩里も分からなかったらしい。晴大は大学ではそんな話は一切せず中学のときにも噂すら聞いたことがなかったし、そもそもイケメンではあるけれどあまり愛想は良くなかったので接客業とは結びつかなかった。楓花がensoleilléに行ったのは付き合う前なので晴大の笑顔を見たことはなかったけれど、楓花がいないときは彼は爽やかな笑顔が人気だった──らしい。

「他の男子たちとは違う気してたけど、やっぱそうやったんやなぁ」

「よく〝一緒にすんな〟って言ってたやろ? 早くから先を見てたから、並びたくなかったんやと思う」

「そら翔琉君のこと下に見るわ……。そういえば、ensoleilléってどういう意味なん? 何語? フランス語?」

 フランス語で〝晴れ〟だ、とそれも晴大が教えてくれていた。楓花が祖父母と行った料亭の『天』も、その他のスカイクリアが経営する店は全て空に関わる名前がつけられていた。ensoleilléは最初にできた店なので特に、晴大の名前に近くなったらしい。

「楓花ちゃん良いなぁ……羨ましい……」

 彩里の彼氏を、楓花は写真で見たことがある。晴大に負けないくらい格好良いけれど、晴大のほうがいろんな意味で好条件だと思う。

「今日はこれから予定あるん?」

「特に何も決めてないけど……授業決めて、あとは就活かな……」

 晴大と結婚することはほぼ確定しているけれどいつになるか分からないし、楓花がすぐにスカイクリアで働く話は今はないので就職するのが妥当だと思う。

「楓花ちゃん、電話鳴ってない?」

「ん? あ──晴大から……もしもし?」

 無意識に笑顔になっていたようで、電話に出る楓花を見て彩里は笑っていた。

『これから予定ある?』

「ううん? 晴大は?」

 後期の授業の履修希望を提出してから帰りたいようで、一緒に考えようと提案された。楓花は彩里と合わせたいものもあったのでそれを確認してから、晴大と待ち合わせた図書館へ行った。

「楓花あと単位どんだけ要るん?」

「確かあと二十五くらいかな……卒論書いたら四貰えるし、八割は取れてたはず」

 四年間で必要な単位のうち、六割ほどは二年間で取った。三年の前期でも頑張ったので、就職活動と卒業論文にかけられる時間はたっぷり残っている。

「なかなか頑張ったんやな。……そのボールペン、使ってんやな」

「うん、使ってる。……そういえば晴大の誕生日は十一月よなぁ。もうすぐ」

「いや、まだ九月やぞ? 二ヶ月あるやん」

「二ヶ月なんかすぐやん。半年に比べたら……。どうしよっかなぁ」

 楓花は晴大のほうを見ながら、何をプレゼントしようか考える。晴大がくれたようにペンダント──は、晴大には似合わないし、そもそも楓花の誕生石は赤いので変に目立ってしまう。身に付けるものを頭から順に、顔、首、腕──。

「そんな見んな……」

「えっ、今さら? じゃあ、見んとく」

「──いや、見れよ」

 楓花がわざと下を向くと、晴大は拗ねていた。その様子がかわいくて、楓花はつい笑ってしまった。

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