31.他とは違う男

「楓花、その格好……」

「え……何かおかしい?」

「いや──、可愛い」

 待ち合わせた駅前のロータリーに着くと、晴大は楓花を見て嬉しそうにしていた。普段は大学では動きやすい服装をしているし、アルバイトの帰りに会っていたときも、それほどお洒落をしたことはなかった。今日は晴大の両親に会うかもしれないので、落ち着いた色ではあるけれどワンピースを着た。それが晴大には新鮮だったらしい。胸元にはもらったペンダントを着けているし、鞄の中にはボールペンもある。

 晴大の家は、周りの家の平均の二倍ほどの敷地の中に、また平均の一・五倍ほどの建物が建っていた。

「でっか……」

 つい思ったことが漏れてしまい、楓花は思わず口を押さえた。これだけの家が建つのなら、晴大が車を持っているのも納得できる。

 晴大に連れられて玄関から入ると、彼の両親が待ってくれていた。

「楓花ちゃんね、いらっしゃい。どうぞ上がって」

 黙って先に上がる晴大に続いて楓花も上がり、靴の向きを直して母親に手土産を渡してから、晴大と一緒に階段を上った。彼の部屋は楓花の部屋と同じくらいの広さだったけれど物があまり無く、アメリカから持って帰った荷物がまだ部屋の隅に転がっていた。

「晴大のお母さん優しそう」

「そうか?」

「晴大とイメージ違うし……お父さんも。あれ、なんか、お父さんとどっかで会った気がする……気のせい?」

「楓花、さっそくやけど、家の話するわ。俺の名前……名字と名前のあたま一字ずつで良いわ、英語にしてみ?」

「英語? 渡ると、晴?」

「順番変えて」

「……晴れ渡る? Sunny……あ、clear sky? クリアスカイ、クリア──えっ、スカイクリア……あっ、分か、えっ──スカイクリア?」

 驚く楓花の様子が、晴大には面白かったらしい。

「知ってるやろ? 親父の写真、店に飾ってるから」

 楓花は晴大の父親の顔を、二ヶ所で見たことがある。一ヶ所は晴大がアルバイトをしていたレストラン『ensoleillé』で、もう一ヶ所は振袖を選んだときに祖父母と行った料亭『天』だ。どちらも店の中心あたりに、経営者として写真が飾られていた。

「あ──だからあそこでバイト……」

 晴大の家のことを聞いて、全てに納得してしまった。高校生のときからアルバイトをしていたのは仕事を理解するためで、その頃から晴大は親の仕事を継ぐことを頭に入れていたらしい。楓花はスカイクリアのことは子供の頃から知っていたけれど、晴大の名前から取っているとは全く気付かなかった。晴大が生まれた頃に会社を作り、将来は晴大が継いでくれたら、と勝手に父親が名前を使ったらしい。

「料理のことは職人に任せてるけどな。海外から仕入れてるものもあるし、いつかは海外に店出すかもしれんし、だから英語の勉強してた」

「ふぅん……すごいなぁ……」

 楓花が思っていた以上に晴大はしっかりとした人間だった。大学生になった頃はただの一匹狼で嫌な奴だと思っていたけれど、それは単に、目標が定まっていないその他大勢の学生たちと屯するつもりがないからだった。

「俺のこと、今度こそ見直したやろ?」

「うん」

「えっ、マジか」

「……うん。見直した」

 彼がensoleilléでアルバイトをしていると聞いたときは特には思わなかったけれど、今回は本当にすごいと思った。ちょうど部屋がノックされて、母親がケーキと紅茶を持ってきてくれた。晴大が固まっているのを不思議そうに見ていたので、家のことを初めて聞いたので褒めると照れた、と笑いながら伝えた。

「楓花ちゃん、苦労してない? 晴大はあんまり思ってること言えへんでしょう?」

「うーん……最初はそうだったんですけど、付き合いだしてからは、割りと素直に言ってくれてます」

 それはやはり、母親には意外だったらしい。

「ふぅん。晴大から声かけたの?」

「え──っと、それは、そう、かな?」

 楓花が出会いのことを話し始めると晴大は眉間に皺を寄せ始めたので、リコーダーのことを抜きにして簡単に話した。

 母親は晴大と楓花が中学から一緒だとは知らなかったらしい。同じクラスにはならなかったのに出会ってからずっと、と言うと詳しいことを聞きたそうにしていたけれど、晴大に部屋から追い出されてしまっていた。

「──ったく」

「気になるんじゃない?」

「そうやろうけど、放っといてほしいわ」

 晴大は本当に楓花の他に誰も好きにならなかったようで、家に呼ばれたのも女性では楓花が初めてらしい。

「楓花、俺は、ずっと親父の仕事を──スカイクリアを継ごうと思ってた」

「……うん。だから、勉強してたんやろ?」

 晴大は頷いてから話を続けた。

「初めは親に言われて始めたバイトやけど、高校二年の頃には、その気になってた。だから──大学入ってから親父に話したら、経営で留学しろって言われてな。あと、俺……バイト以外で出掛けることも多かったから、落ち着けって言われて」

「……翔琉君のこと調べてたんやろ?」

「そうやな……。あと、噂のやつとな……。相手なら探してやる、って言われたけど、断った」

 晴大は詳しくは言わなかったけれど、おそらく早くに結婚して生活を落ち着かせるように父親から言われたのだろう。

「俺は、信頼できる奴とじゃないと一緒にいたくない。どこの誰か分からん奴を紹介されてもな……」

 遊ぶだけならともかく、もしかすると仕事を一緒にするかもしれない相手だ。信頼できる相手を選びたいのは、楓花も同じだ。

「楓花のことは、最初は、単純に女として好きやった。今は、もちろん好きやけど、信頼してるし、英語も話せるから、俺にとっては良い条件しかない」

 晴大に見つめられることは何回かあったけれど、そのどれよりも今回は真剣だった。楓花が言葉を探せずにいると、晴大は姿勢を正して続けた。

「楓花にはまだ、考えられへんかもしれんけど──俺は、楓花と結婚したい。いつになるか分からんけど、そのつもりで付き合いたい」

 嬉しいけれど、なぜか涙は出てこなかった。時期が早すぎるからか、仮にもプロポーズをされた実感が全くない。

「楓花……? 嫌……?」

「ううん。涙出てないから心配なんやろ? たぶん、まだ先の話してるから実感なくて、それでやと思う。いますごい、ドキドキしてるもん……」

 楓花は自分の胸に手を当てると、晴大のほうを見て笑った。

「その日を待ってるから、今度こそ泣かせて・・・・な?」

「──ハードル上げんな……」

「晴大ならできる。だって──他の人らとは違うから」

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