25.取っていたもの

 楓花が晴大と付き合いだしたことは、Emilyにもすぐに伝えた。晴大の成人式の写真をまず単独で送り、事実を伝えてから二人で撮った写真を送った。Emilyはそれを希望していたようで、興奮混じりのお祝いの言葉が届いたあと、晴大の留学のことも伝えた。

『Which university will he go to?』

「ABC University」

『Really? I belong所属している to that university! James too!』

 そのことはもちろん、晴大にも伝えた。晴大はEmilyの顔はあまり覚えていなかったけれど、知り合いがキャンパスにいることは少しでも安心材料になったらしい。

 躊躇ってから舞衣にも晴大とのことを報告すると、複雑そうにしながらも応援してくれた。

「私らにあんなことしてたのは、楓花ちゃんと付き合えるまでの時間潰しやったってこと?」

「うん……そうみたい。一応、相手のことを知ろうとはしたみたいやけど……。ごめん、私、全然気付いてなかったから……」

「良いよ、そんだけ渡利君が楓花ちゃんのこと好きやったってことやろ? ……それにしてもさぁ、どこで一緒になったん? 中学のとき同じクラスなってないやん?」

「それは……秘密! はは!」

 一月末で晴大はレストランのアルバイトをやめ、空いた時間はできる限り楓花の側にいてくれた。特別学期の授業は時間が合わなかったけれど、楓花がアルバイトを終えて帰るときに迎えに来てくれた。同僚たちにそれが見つかってしまったので、簡単に教えた。

 晴大はいつも車で迎えに来てくれていたので、時間によってはデートを兼ねて一緒に夕食をとった。

「……どうした? 俺の顔に何か付いてる?」

「ううん。見てるだけ」

 楓花はじっと晴大の顔を見ていた。既に慣れてはいるけれど、いつどの角度から見てもイケメンなので汚してみたくもなる。

「……そんなじろじろ見んな。食べにくい」

「だってさぁ。もうすぐ見られへんなるから……目に焼き付けとく」

「──写真あるやろ。成人式のやつ。卒アルとか」

「あっ、ほんまや。待ち受けにしよかな」

「ちょ、それ……、恥ずかしいわ」

 晴大は照れているけれど、嬉しそうな顔だ。

「でも写真よりやっぱ、実物のほうが良いな」

「楓花、早く食べろ、冷めるぞ」

「はぁい」

 楓花が食事を続けるのを晴大はやさしく見ていた。会えなくなって寂しいのは晴大も同じだ。そのことは楓花も分かっているので、敢えて楓花は明るく振る舞っていた。会えなくなるまで残り一か月は、笑顔で過ごしたかった。

 食事を終えて店を出てから、散歩がしたいと言う晴大に手を引かれて、駐車場の端の海が見えるところまで行った。まだ冬なので寒いけれど、澄んだ空気のおかげで星がとても綺麗に見えた。チカチカと光りながら移動している赤いものは、空港から離陸したばかりの飛行機だ。

「俺、行くときたぶん、この時間なんやけど──見送り来てくれる?」

「──うん。絶対行く」

 急に悲しくなってきて、楓花は晴大と繋いだ手をぎゅっと握った。楓花も晴大に言いたいことがあったけれど、泣いてしまいそうで口を開けなかった。晴大は楓花を見ただけで何も言わず、そっと抱き締めてくれた。楓花よりもアメリカへ行く晴大のほうが辛いはずなのに、彼はそんな表情を見せない。

「晴大は強いな……」

「──そうか?」

「強いよ。……翔琉君と反対」

「あいつの話はすんな」

「ごめん……。晴大と出会えて良かった。好きになって良かった」

「……そんな楓花に朗報。今日は俺は──中にこもらんと外にいるからな。渡し放題やぞ?」

 晴大が言ったのは、七年前のバレンタインのことだ。あのとき楓花は何も用意していなかったけれど、渡そうと晴大を探す生徒がたくさんいた。

「……催促する人いる?」

「ここにいる。あのとき俺、丈志と帰ってたやろ? もらったの全部あいつにやった」

「うわぁ……。じゃあ、これ、はい。チョコレート七年分」

「七年分っ?」

「──の気持ちを込めて選んだ」

 本当は七年前にも渡したかったけれど、勇気が出なかった。校則を破ることになるし、ふられるのも、もしも上手くいって他の生徒に知られるのも嫌だった。

「サンキュー。ちゃんと一人で食べるからな」

「誰かにあげたら怒るから」

「誰にもやらん」

 晴大はチョコレートを鞄に入れてから、再び楓花を腕に閉じ込めた。先程よりも強く、片方の手は楓花の髪を撫でてからそのまま自分のほうに寄せた。晴大の呼吸が近くに聞こえ、楓花はそれだけで緊張してしまった。過去に付き合った男性はいたけれど、晴大とは付き合いが長いので急に関係が変わって照れてしまう。

「楓花──」

 晴大の顔が近づいてきたので、反射的に楓花は目を閉じた。すぐに唇に彼の吐息と触れるだけのやさしい感覚があって、離れてまた触れた。啄むようなキスは少しずつ深くなって、楓花は晴大の背中に腕を回した。頭にあったはずの晴大の手は、いつの間にか頬に添えられて上を向かされていた。そんなことにも気付かないくらい、晴大とのキスは心地よかった。

 唇を離してしばらく見つめあい、晴大が先に口を開いた。

「すげぇ可愛い……楓花に取っといて良かった」

「……とっといた?」

「俺──ファーストキスは楓花って決めてた。それが叶って、可愛い顔も見れたし、最高に嬉しい」

「え? 上手いから慣れてんかと思った……モテてたし……」

「──もしかして、引いた?」

 気まずくなったのか、晴大が楓花を抱く腕の力が少し弱くなった。外れそうになっているけれど、楓花のほうはそのままなので距離は変わらない。

「ううん、嬉しい。だから……」

 楓花は晴大を見上げたまま、背伸びして彼に口づけた。腕の位置が低かったのでキープはできなかったけれど、晴大のスイッチを入れ直すにはじゅうぶんだったらしい。

 帰るのが予定より遅くなってしまったので、晴大は楓花の親に挨拶をしたいと言った。楓花が家に連絡をすると〝かしこまらなくて良い〟と返ってきたけれど、母親が玄関で話してくれることになった。母親は晴大を見た瞬間、とても嬉しそうな顔をしていた。晴大を簡単に紹介すると、交際に反対するつもりは全くないようで『門限は無しで良いから』と笑っていた。

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