24.石言葉

「上からって……渡利か? 俺は足手まといか?」

「違う、そうじゃない。自分に正直になりたいだけ。渡利君と翔琉君を天秤にかけて──」

 そこまで言ったとき、楓花の視界に晴大の姿が入った。彼も気付いて、けれど楓花と話している相手が翔琉だとは分からなかったらしい。翔琉の前に来てようやく、正体が分かって驚いていた。

「渡利おまえ、やっぱり楓花ちゃんのこと好きやったんやな」

「……それがどうした?」

「一緒にすんな、とか言っといて」

「ああ──実際、好かれようとはしてなかったし。俺は俺のまま、普通にしてた。長瀬さんなら分かると思うけど」

「──うん。渡利君は別に、作ったような優しさとか、良いカッコしてるな、とかはなかった」

 だから楓花は余計、彼に好かれていると気付けなかった。思い返せば初めて話した日から、彼は少し感情表現が不器用に思えていた。

「で、俺と桧田を天秤にかけて、どうなん?」

 晴大はまっすぐ楓花を見ていた。そろそろ告白の返事をしろ、と顔に書いていた。

「重さから言うと、圧倒的に渡利君が重い。あ、別に、気持ちが重たいとかじゃなくて……中身。──渡利君、プレゼント要らんかったら売れ、って言ってたけど、物に罪はないから、使わせてもらう」

 楓花は鞄から、箱に入ったままのボールペンとペンダントトップを出した。ボールペンは箱から出して、ペンケースに入れた。

「……そっちは? もしあれやったら、嫌になれへんか?」

「嫌に、なるわけないやん。身に着けたいから、チェーンも買った。それにこの石……」

「あっ、それは言うなっ」

 楓花が石について話そうとすると、慌てて止められた。

「その、意味わかって──俺と思って、着けてくれるんやな?」

「……うん」

 近くで話を聞いていたクラスメイトたちは『晴大は楓花に告白して返事を保留にされている』と察し、楓花が答えた瞬間、一斉に騒ぎだしてしまった。晴大は照れ臭そうに笑い、翔琉は肩を落としてそっぽを向いた。

「断られると思った?」

「別に。ただ待ちくたびれたわ。でも、万が一あかんかったら、俺の人生終わってたかもな」

「そんな大袈裟な」

「いや。四月から勉強どころじゃなかったわ。良かった、安心してアメリカ行ける」

「え? ……アメリカ?」

「俺、四月から留学する。卒業したら親父の会社に入るから、経営の勉強しろ、って言われてて……」

「なんで経営学部に行かんかったん?」

「海外とも取引あるから英語の勉強したかった」

 晴大はいったん言葉を止めて楓花のほうを見た。先ほどまで笑顔だったのに、泣きそうになるのを必死で耐えていた。

「アメリカの大学の経営学部に、こっちで勉強していく条件で留学決まってる。九月に帰ってくるし、四年で卒業できる。桧田、俺がおらんからって、変なことすんなよ」

「──けっ。……清々するわ」


 午後、楓花は晴大と二人でキャンパス内のリフレッシュスペースに来ていた。授業はあったけれど特に楓花が出る気になれず、休むと言うと晴大も付き添ってくれた。普段よく使われる教室がある場所からは遠いので存在を知らない学生もいる。ソファにクッションが置かれていたり、畳に座布団が置いてあったり、寝ている人もたまにいるけれど、この日は二人の他に誰もいなかった。

「去年、俺、試験のあとで事務室から出てきたの見たやろ。あのとき、留学の相談してた。言ってたほうが良かったか?」

「……わからん。今はただ悲しくて……半年も会われへんって……。もう、すぐやん。後期終わったら、ほとんど会えへんのに」

「そんなことない、家近いやん。俺、今月でバイトやめるから、なが──楓花の都合に合わせて動ける」

 楓花の目から涙が出たけれど、悲しいのか嬉しいのかは分からなかった。晴大は躊躇ためらわずに楓花の頭を撫でた。

「途中で会えるかは分かれへんけど、連絡はするから。あ、でも時差あるからすぐに返事は無理かもやけど」

「あのとき……認めてたら良かったんかな」

「あのときって?」

「入学式の帰り。晴大……私に聞いたやん、気になってたんか、って」

「……聞いたな。違うって怒ってたけど。当たってたん?」

「当たってた。でもあのときは、噂を信じてたから認めたくなかった。認めたら私も泣くことになると思ってた」

「──ごめん。あのときは俺も調子に乗ってたわ……。楓花、さっきのペンダントトップあるか? チェーンと」

「うん。ええと……あった」

「貸せ」

 晴大は楓花から二つを受け取ると、ペンダントトップにチェーンを通した。

「着けたる。向こう向いて」

 晴大は器用にペンダントを着け、楓花を自分のほうに向かせてから巻き込まれた髪を整えた。距離が近すぎて楓花は視線を逸らしてしまったけれど、晴大に『こら』と正面を向かされた。

「やっぱ似合うな」

「この音符って」

「俺と楓花の秘密やろ?」

 晴大はニヤリと笑うけれど、それは嫌なものではなかった。この先も誰にも教えない、と喜んでいる顔だ。

「はは。じゃあ、この石の意味も秘密? 見てたときは、綺麗やなぁ、としか思ってなかったけど……」

 ブルートパーズの石言葉には〝友情〟や〝希望〟があり、成功へ導いてくれるとされる石だ。それから楓花は気になって、晴大の誕生日を調べた。思った通り、彼の誕生日は十一月だった。ブルートパーズは十一月の誕生石だ。

「やっぱバレてたな。これを俺と思って頑張って。俺はずっと、楓花を応援してる。……え、なに? 変?」

「変というか……、急にホワイトになったからびっくりしてる。今までブラック晴大やったのに。あ、でも私には優しかったか……。ブラック晴大も格好良かったけど、ホワイト晴大も好き」

「なに、ブラック俺、って。……好きな女には優しくするもんやろ。それも、七年もかかってやっと手に入ったのに。覚悟しとけよ」

「覚悟?」

 楓花は首を傾げるけれど、晴大は笑顔のままだ。黙って楓花を見つめ──、楓花が耐えていると今度は晴大が照れて先に視線を外した。

「白崎海岸で言ったやろ? 決心ついて、遊んでられへん、って」

「ああ……あれ意味分からんかったんやけど。遊んでられへんのは試験前やからかなぁと思ったけど、決心ってなに?」

「──分かれよ。全部言ったぞ。まず決心は、アメリカ行くのと、楓花にちゃんと好きって言うこと。あと遊んでられへんのは試験もあるけど、俺のことな。楓花と付き合うって決めたし、もうほかの女とは頼まれても会わん。空き時間全部楓花に使うから」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る