21.噂の真相
晴大から〝俺が頼んでるから家まで迎えに行く〟と連絡が来たけれど、それは家族に説明するのがややこしくなりそうだったので駅前のロータリーにしてもらった。彼は車の運転免許を取得したようで、ドライブに行きたいと言った。
『運転は大丈夫なん?』
『俺を誰やと思ってんや? もう何回も乗ってるし問題ない』
まだ免許を持っていない楓花には恐怖もあったけれど、彼を信じてみることにした。もしも自信がなければ誘ってこないだろうし、事故でも起こしてしまうと晴大自信も無事では済まない可能性がある。
ロータリーには少し大きな黒い車が一台だけ停まっていた。晴大は免許を取ったときに車も買ってもらったらしい。どんな家で育ったのか気になったけれど、楓花を見つけて車から降りてきた彼が思った以上に普段どおりだったので考えることを忘れてしまった。
「どこに行くん?」
「特に決めてないけど。そのへん」
「……私が来た意味ある?」
晴大はとりあえず山のほうに向けて車を走らせ、やがて進行方向に緑色の標識が見えた。
「えっ、高速? どこまで行くん? 決めてるん?」
「──
「渡利君って、和歌山やったん?」
由良町は和歌山県の北部にある海沿いの町だ。楓花は行ったことはないけれど、名前だけは聞いたことがある。
「小さいときにこっちに引っ越したから、あんまり記憶はないけどな」
「ふぅん……都会のイメージしかなかったわ」
気候の良いシーズンは
「何か喋れ。静かなん嫌やって、前に言ったやろ」
「喋れって言われても……。じゃあさあ、聞いて良いかな……。なんで私を誘ったん? 渡利君いつも……」
可愛い女の子を取っ替え引っ替えしている、とは言葉が出なかった。出なかったけれど晴大は、勝手に続きを想像してくれた。
「なんでって、そんな当たり前のこと聞くな。ほかのこと喋れ」
「分かれへんから聞いてんのに……」
他に話題が見つからなかったし、晴大が誘ってくれた理由も余計に気になってしまった。
「あれやろ、どうせ昨日も俺のこと噂してたんやろ」
晴大は楓花が考えていることを正しく理解していたらしい。
「……してた。舞衣ちゃんも、渡利君見て嫌そうにしてた。高校のとき……泣いてた」
「泣かした覚えはないけどな。それに、頼まれたからデートしただけやし。好きになれんかったから一回で終わった」
「それは今でも続いてるんやろ? そんな何人も、好きでもないのにデートできるもんなん?」
「ちょっと黙れ、高速降りるから」
さすがにETCはついていないようなので、晴大は料金を現金で支払ってから一般道に入った。今度はそのまま海のほうへ向けてしばらく走るらしい。
「まぁ……一回デートしてる時点で付き合ってると思ってる子も何人かいたし、遊ばれたと思ったんやろな。かわいそうかもしれんけど、相手のこと何も知らんまま断るのも嫌やったし。だから一回だけな……」
「その一回で、渡利君とは合わんかったから終わった、ってこと?」
「そうやな。まず俺、その時点で付き合うとは誰にも言ってないし」
晴大が言っていることも理解はできるけれど、女の子たちがかわいそうだ。丈志が言っていたことも当たっていたけれど──、一回だけで何が分かる、と文句も言いたくなる。
「渡利君……付き合ったかは別にして、誰かを本気で好きになったことある?」
「ある」
「……そーですか」
予想外に即答されて、楓花は拍子抜けた。
「じ、じゃあ、二回以上デートした子は?」
「……デートとは言われへんけど、そいつとならある」
晴大の過去に何かあった気がして、それ以上は聞けなかった。もしかすると彼はその相手に似た人を探しているのかもしれない。楓花は何を言えば良いのか分からなかった。彼は静かなのが嫌だと言っていたけれど、車が走る音しか聞こえてこなかった。
「この辺からやな、右側見とけ。山ばっかり飽きたやろ」
「右? わぁ、なにこれ、きれい」
「聞いたことあるか?
高速を降りてしばらくくねくねした山道が続き、少し前から右側には海が見えていた。白崎海岸は石灰岩でできた岬で、青い海とのコントラストが美しく〝日本のエーゲ海〟と言われている。楓花は写真で見たことはあったけれど、実際に見るのは初めてだ。冬なので人は少ないけれど、夏は人気なのが容易に想像できる。
午前中に出てきたので昼食を取ってから、海洋公園の展望台へ行った。風が強くて寒かったけれど、景色が素晴らしくて気にならなかった。
「ここに来たのは何かあるん?」
「別に。俺も引っ越す前に来たきりやったし、ただ見たかっただけ。男誘ってもおもんないし。……長瀬さんにお礼してなかったし」
「お礼? 何の?」
「──リコーダーの」
「あんなん、もう昔のことやし、良いのに。逆に私が助けてもらってるやん……」
楓花が呟くのは聞いているのか聞いていないのか、晴大は黙って海を見つめていた。その横顔があまりに美しくて、思わず見惚れてしまった。彼はたくさんの女性を泣かせてきたと言われているけれど──事実だとも分かっているけれど──、本当は彼はただの優しい人のような気がした。
「渡利君ごめん、私、渡利君のことずっと誤解してた。〝嫌な人〟って思ってたけど、間違いやった……悪いとこなんか、ないやん」
楓花にはいつも親切にしてくれたし、間違ったことをしていると聞いたこともない。翔琉と仲が悪いのも、おそらく楓花を
「別に、ほとんどの奴がそう思ってるし、謝らんでも。嫌な奴で良いのに」
「ううん。渡利君が私に言ったこと、そのまま返す。自分で自分を下げたらあかん」
「……ふん。そんなこと言ったな」
晴大は笑い、楓花もつられて笑った。
「そうか……俺は人にあかんて言っといて自分はしてたんやな……。決心ついたわ。もう遊んでられへんな。帰るか、勉強しながら。もうすぐ試験やろ」
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