第4章 …大学2年生 後期…

20.成人式

 成人式の日は、気持ちの良い快晴だった。風もそれほど強くはなく、気温も高いのでショールを着けていると暑いくらいだった。それでもせっかく買ったし次に着る機会があるとは限らないので、着けている人が多い。

 振袖を選んでいるときは店の中で楓花がいちばん目立っていたけれど、成人式の会場ではどれが誰なのかよく見ないと本当に分からなかった。女性は全員が赤や白を基調にした振袖で、男性は一部の袴姿の人を除けば全員が黒やネイビーのスーツだ。人混みに紛れてはややこしいので、楓花は友人との待ち合わせを少し離れた場所にしていた。

「楓花ちゃん! 久しぶり!」

 振り返るとピンク系の振袖を着た友人・舞衣まいが走りにくそうにテテテと歩いていた。

「舞衣ちゃん、走らんで良いから」

「走ってるつもりないんやけど……着物って歩きにくいなぁ」

 舞衣は楓花の小学校からの親友だ。高校で離れて大学になって更に会わなくなっていたけれど、連絡だけはずっと取っていた。だからお互いに近況は知っているけれど、話題になるのはやはり近況だ。とりあえず式場のほうへ向かっていると同級生たちの姿を見つけ、いつの間にか晴大の話になった。

「中学ときは人気やったのになぁ。高校入ってからイメージ変わって……」

 友人たちの中には晴大に泣かされた人もいて、舞衣もその一人だ。告白するとOKをもらえたのでデートをしたけれど、二回目の誘いが来ることも、舞衣の誘いに乗ってくれることもなかったらしい。

「単に私があかんかったんかな、って思ったけど、その後も何人も同じような子いるって聞いて、いつの間にか人気なくなってたわぁ」

 晴大と同じ高校に行った友人や、近くの高校で登下校時に見かけた友人たちは口を揃えていた。

「何か、嫌なことされたりはあったん?」

「ううん。私らはみんな、一回で終わられただけ。そういえば楓花ちゃん……大学一緒って言ってたよなぁ?」

「──うん。しかも同じクラスやし」

 舞衣以外の友人には話していなかったので、晴大と再会していることを簡単に説明した。大学でも女の子を泣かせている、と言うと、あちこちからため息が漏れた。

「楓花ちゃんは大丈夫なん?」

「うん。今のとこ……」

 会場となるホールの扉が開いたので、楓花たちは一緒に中に入った。席を取ってから見渡すと遠くに丈志の姿があって、その隣には晴大も座っていた。彼も周りの新成人と同じように、ネイビーのスーツに明るい青のネクタイを合わせていた。

 楓花が少しだけ顔をひきつらせて正面を向くと、すぐにスマホがブブブと振るえてLINEが届いた。『終わったら待ってて』と──差出人は晴大だった。

「楓花ちゃん? どうかしたん?」

「ううんっ、なんでもない」

 ほとんど連絡は来ないけれど、晴大には再会したときにLINEを教えていた。そのことを友人たちに話すと面倒なことになりそうなので、既読だけつけて返事はしなかった。待つことも楓花は構わないけれど、友人たちが顔をしかめそうだ。

 市長や来賓の祝辞のあと新成人代表が挨拶をして、市内中学の吹奏楽部合同による演奏があってから成人式は簡単に終わった。もちろん、新成人たちはこれからが同級生を探して写真を撮って、と忙しい時間だ。

 人混みを掻き分けてようやく外に出て、先ほどとは違う同級生たちを探した。予想していた通り全員が同じに見えて、なかなか見つからなかった。一通り写真を撮って連絡先を交換したあと、一息ついていると晴大に見つかった。

「既読無視すんなよ」

 近くで見ると彼は、とても上品なスーツを着ていた。性格も良ければ文句はないのに、といつも以上に思う。

「別に無視したわけじゃ……」

「まぁ良いわ。これからどっか行かん?」

「ええ……動きにくいから嫌やわ。友達と遊ぶのも諦めたのに。着替えるにしても、頭も洗わなガチガチやし」

 スプレーでガチガチに固めている上に、ヘアピンも大量に刺さっているので外すのが大変だ。

「──女って大変やな。じゃ、明日は? 明日は良いやろ? 頼む!」

「明日……明日なら……」

 友人たちの何人かは明日のうちに住んでいるところへ戻ると言っているけれど、楓花は実家暮らしなので明日の予定はない。アルバイトも入れていないのでできれば家でゆっくりしたいけれど、晴大の頼みを断りきれなかった。晴大は〝あとで連絡する〟と言い残し、人混みの中へ消えていった。

「ちょっとぉ、楓花ちゃぁん?」

「わっ、びっくりした」

 舞衣は楓花の知らない人と写真を撮りに呼ばれて行っていた。

「いま渡利君と何話してたん? デートの約束に聞こえたんやけど。もしかして付き合ってんの?」

「ちがっ、違うっ、絶対違う」

「そうよなぁ……でもさぁ──好きやったやろ? 中学とき」

「え? いや、でも」

「楓花ちゃんさぁ、学校で渡利君の話してるとき、いつも目が泳いでたんやけど。今も」

「──舞衣ちゃん怖いわぁ。まぁ……好きやったけど、別に付き合いたいとか思わんかったな」

 楓花は晴大にリコーダーを教えているうちに、いつの間にか彼のことを好きになってしまっていた。単純に外見からだったけれど、気づけば彼のことを考えている時間が増えた。ずっと一緒にいたかったけれど、仲良くなりすぎて周りに気づかれるのが怖くなって、リコーダーを教えるのをやめた。

「いまは時々話すけど何もないし。みんなに嫌われてる」

「あっ、いた長瀬さん、元気? あれ、なに二人で深刻な顔してるん?」

 現れたのは、丈志だった。噂どおり中学のときのまま大人になっていて、彼と付き合いたいとは残念ながら思えなかった。

「楓花ちゃんが渡利君と同じ大学って知ってる?」

「ああ、聞いた聞いた」

「さっき渡利君が楓花ちゃんをデートに誘ってたんやけど」

「おっ、ええやん」

「良いんかなぁ? 渡利君って、みんなが良くないって言うんやけど。実際、舞衣ちゃんも泣かされてるし……」

 楓花と舞衣が顔を歪めていると、丈志は〝それは違うぞ〟と言った。

「確かにあいつモテるし何人も女の子泣かしたって、俺も聞いてるけど、まぁ事実かもしれんけど、何も考えんとそうなったわけではないはずやで」

「どういうこと?」

「俺が知ってる限りでは、あいつは悪いことする奴とちゃうわ。ははっ、知らんこともあるんやろうけどな」

 楓花は晴大のことをもう少し聞きたかったけれど、晴大が戻ってきてしまった。晴大は楓花に『あとでな』と言ってから、丈志と一緒にまた人混みの中に消えていった。

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