19.理想の相手
体育祭も文化祭も二年次からは自由参加だったので、楓花は両方とも参加しなかった。文化系のサークルに入っている彩里は文化祭に、アウトドアサークルに入っている翔琉は○✕大学の文化祭に行っていたけれど、楓花はアルバイトをしていた。お金には困っていないけれど、成人式で友人たちと再会して遊びに行くかもしれない。大人になったから、と──実際は楓花の誕生日は一月中旬だけれど──大きな買い物をするかもしれない。
翔琉や晴大との関係も、何も変わっていない。ただ周りは楓花がどちらとも付き合うつもりがないと判断したようで、楓花に話しかけに来る男性が数人いた。翔琉は近くでぶつぶつと不満を漏らしていたけれど、晴大は何も言ってこなかった。彼は楓花が翔琉と仲良くなることだけが嫌だったようで、最近は用事がない限りは翔琉と話そうとしない。楓花が翔琉と付き合うつもりがないと知ってから、電車で遭遇することも減った。
「楓花ちゃん、今年のクリスマスの予定は?」
聞いてきたのは楓花とは入学した頃からたまに話をしていた男性だ。どちらかと言えば真面目で、どちらかと言えば格好良いほうだ。成績のことは分からないけれど、晴大と一緒にいるのを何度か見たことがある。
「ごめん……バイトが入ってて」
「ええーっ、もう?」
「うん。ホテルでバイトしてるんやけど結構前からパーティーの予定が入ってて、人が足らんから出てって言われてて」
クリスマスイブも当日も、少し前の週末も、ホテルの宴会場で何らかのパーティーが予定されていた。企業のクリスマスパーティーもあれば、婚活パーティーもある。もちろん、結婚式の披露宴も予定されている。楓花はどれにも入らないけれど、ベテランスタッフが給仕に回されるので楓花の仕事量はいつもより増える。
「ふぅん。いつ遊んでるん?」
「いつって、休みはあるけど……」
「友達と遊んでる?」
そう聞かれて楓花は思わず彩里のほうを見た。彩里と遊んだことはあるけれど、数えるほどしかない。住んでいるところが電車で何時間も離れているので、休みの日にも会っていると移動だけで時間が取られてしまう。
「夏休みとかしか遊んでないなぁ」
「私もサークルあるしな……」
「彩里ちゃん、クリスマスは彼氏と会えるん?」
彩里はサークルで出会った先輩と付き合うことになった、と夏休み明けに聞いた。
「うん、そのつもり。今年はツリーの点灯式を見よう、って」
「良いなぁ。私も見たいなぁ」
「確か楓花ちゃん、去年のクリスマスは……渡利君と会ったって言ってなかった?」
「ええっ、渡利? あいつと付き合ってんの?」
「ちがっ、違うから! そんな言い方したら誤解されるやん。バイト先が隣やから、たまたま帰りに一緒になっただけ」
晴大が女の子をすぐに泣かせる話は、彼を知るほとんどの人に広まってしまっていた。実際に女の子と一緒にいるところを見た人も増えているし、晴大も否定しようとしなかった。
「俺、あいつが告白されてんの何回か見たことあるわ」
「えええ……どんなんやったん?」
「あのな……さすがにあいつも外見は気にしてるみたいで顔が残念な子はすぐ断ってたけど、だいたいすぐOKしてたわ」
「うわぁ」
「まぁ、OK何回もするってことは、そんだけ泣かしてるってことやろ?」
「そうやなぁ……どんな泣かせ方してんやろ」
教室内の離れたところに晴大の姿があったので、三人で彼を見ていた。彼はしばらく一人だったけれど、やがて噂に関心がなさそうな友人が現れて話を始めていた。
「俺はそんなことしてないで? だから、いつでも声かけてな?」
「う、うん」
彼は笑顔で離れていき、楓花はため息をついた。隣で彩里が苦笑しているのは少しだけ注目されていたからで、翔琉の姿は教室内にはない。
「楓花ちゃん……あの人、良いんじゃない?」
「うーん……悪くはないと思うけど……」
楓花は本当に、クラスメイトの男性には興味が湧かなかった。仲良くなった人たちは話していて楽しいし、格好良いとも思う。付き合ったときのことを考えてみたこともあるけれど、前には踏み出せない。
「さては楓花ちゃん、ほかに好きな人おるな?」
「えっ、いてないいてない。男の子と会うのは大学くらいやし……バイトも年上の変な人ばっかやし」
「地元の同級生とか?」
「いやぁ……ないない。あ、でも、成人式で化けてる男子がおることに期待してるけど」
「そんな話しとったなぁ」
中学の頃、楓花が晴大以外によく話した男子は丈志だった。彼とは一年の時しか同じクラスにはならなかったけれど、その時点で仲良くなったので顔を見れば世間話くらいはしていた。仲良くはしていたけれど当時はそれ以上にはならなかったし、そもそも格好良いと思ったことはなかった。話していて楽しいだけで外見は普通で、晴大と一緒にいることが多かったせいで彼と比べて残念な評価をしている人もいた。もしも丈志が化けていれば狙ってみたいとも思うけれど、残念ながら彼は相変わらずだ、と風の噂で聞いた。
役所から成人式の案内が届き、祖母に買ってもらった振袖も既に届いて前撮りも済ませた。美容師に着付けとヘアセットをしてもらい、写真館にも連れていってもらった。
「楓花ちゃん綺麗やわぁ、この写真、お見合いに使えるやん」
「お見合いって、まだ二十歳やのに」
「早いほうが良いやん、若いうちに写真見せといて、気に入ってもらえたら付き合うだけでも」
「まぁ……そうか……」
学生の頃から付き合って、大学を卒業してすぐ結婚する人も珍しくはない。楓花はまだそこまで考えていないし就職するつもりにしているので、写真を気に入られたとしても結婚は別の話だ。
「楓花ちゃんには、そうやなぁ……爽やかな人が良いかなぁ」
美容師は笑顔で楓花に合いそうな男性のイメージを挙げ始めた。
「優しくて、お母さんもやけどお父さん厳しいから、真面目な人が良いよな。そんなにうるさくなくて、大事にしてくれる人。あと学歴と、顔が良かったら最高やん」
「……そんな人いる?」
少なくとも、今の楓花の周りにはいない。
前撮りの写真をEmilyに送ろうかと思っていたけれど、考え直して成人式が終わるまで待つことにした。彩里の写真も見たいと言っていたし、もしかしたら楓花は──彼氏ができた、と言えるかも知れない。
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