18.合わない二人

 大学二年前期の試験も、楓花は全て合格していた。彩里は共通科目を一つ落としてしまっていたけれど再試を受ける予定はなく、翔琉も英語関連の試験は全て合格したらしい。やはり晴大は共通科目も含めて全てA判定以上をもらっていたようで、前年に続いて受講した組織心理学も評価は良かったらしい。結果をもらった日の帰りに電車で一緒になった。

「渡利君は何を目指してるん? 英語じゃなかったん?」

「それもやけど、就職したらどうせまた人間関係変わるやろ。その勉強」

「ふぅん……」

「あの留学生……まだいてるん?」

「ううん、帰った」

 Emilyは長瀬家でのホームステイを終えたあと、少ししてから秋からの新年度に備えてアメリカに帰っていった。ホームステイは二家族とも楽しめたようで、見送りには最初にお世話になった家族も来ていた。いつか話した成人式の振袖に興味が湧いたけれど出席はできないので、楓花は写真を送ることを約束した。

「成人式か……いつやった? 日曜日? 成人の日て月曜か?」

「まだ案内来てないから分からんけど、地元離れてる人が多いから過去何年かは日曜にしたんやって」

 楓花は相変わらず実家で暮らしているけれど、友人は何人かが進学先や就職先の近くに引っ越していた。おそらく前日の日曜だろうと予想して、友人と待ち合わせの話を進めている。

 Emilyがいなくなり、休暇で訪日外国人も増えたので、楓花はまたアルバイトの日数を増やした。試験が終わって楓花自身も夏休みなので、また楽しい日々だ。晴大も同じくアルバイトの日が増えるけれど、別の用事も入っているらしい。

「長瀬さん、……怒ってない?」

「怒る? 何に?」

「こないだ──桧田に聞かれたとき──、よく考えたら長瀬さん傷つく発言やったよな。悪かったな」

「あ──うん……。怒ってはないけど、しばらく凹んだわ。でも別に、気にしてない」

 晴大は大学にいるとき、特に翔琉の前では顔をしかめているけれど、楓花には素直に話すことが多い。だから楓花も彼の噂は特に気にせず、普通に話すことにしていた。彼がそうなったのはおそらくリコーダーの件があるからで、楓花もそれ以外にはない。

「どうするん? 桧田と」

「え?」

「あいつはまだ長瀬さんのこと好きみたいやし。付き合うんやったら、俺が近くにおったら嫌がるやろ」

 晴大は聞いているけれど、表情からは何も読み取れない。ただ本当に翔琉との関係は良くないようで、彼との接触を避けているようにしか見えない。

「別に、どうもせーへん。断ったし、また今度言われても、付き合う予定はない」

「ふぅん。じゃ、何も変えんで良いんやな」

 聞きたかったことは聞けたのか、晴大は少しだけ笑うと「またな」と言って電車を降りていった。彼はアルバイトと言っていたけれど、楓花は予定がないのでそのまま帰宅する。もうしばらく電車に揺られ、最寄駅で降りてから自宅に向かって歩く。

 健康スポーツ学部の智輝と直子は相変わらず仲良しで、大学三年になったので就職活動が始まっているらしい。キャンパス内で会うことは減ってしまったけれど、五月の連休明けに智輝に会えたので翔琉とのことを結果だけ伝えた。もしも智輝に彼女がいなかったら楓花は今も彼に憧れていたかもしれない。全く憧れなくなったわけではないけれど、彼と仲良くなりたいとはいつの間にか思わなくなった。それは楓花の生活が充実しているからだと思うのは、今は恋人は必要ないと感じているからだろうか。

 思いきり遊べるのは二年の夏が最後だ、と周りの大人に言われた。三年になると就職活動で、四年になると卒業論文だ。それはもちろん、必要な単位を獲得して卒業が確実になったときに発生するもので──、楓花はまだそこまで見えていないのでイメージはできない。だから遊ぶことにも抵抗はないけれど、だからといってわざわざ休みに会いたい相手もいない。

 彩里からはときどき連絡があって、サークルで出会った先輩とうまくいっていると聞いた。わりと近くに住んでいるので休みにも会いやすく、お盆明けにドライブに誘われた、と嬉しそうにしていた。EmilyもJamesと久々に会って、Emilyの大学卒業が決まったときに日本旅行をしようと話しているらしい。二人とも恋人と楽しい日々を送っている──けれど、楓花にはそんな相手はいない。

 翔琉からは、あまり連絡はない。晴大が言っていたように翔琉は楓花のことがまだ好きなようで、教室にいるときはだいたい近くにいた。それでも楓花には特に何も言ってこないし、デートの誘いもない。ただ晴大の存在が気に入らないようで彼には敵意を向けているけれど、晴大は翔琉をほとんど相手にしない。翔琉に何を言われても表情を変えずに余裕でかわし、楓花とも必要な会話しかしない。翔琉は悪い仲間がいる噂があるし、晴大は何人もの女性を泣かせている。今は二人とも、楓花の恋人候補にはならない。

 楓花の夏休みは一年前と同じように、家とアルバイトの往復で終わってしまいそうだった。ホテルのロッカールームで着替えながら大きなため息をつくと、隣にいたパートの女性が「若いのに悩み事なんかあるかぁ?」と笑った。

「ありますよ……いろいろ……」

「私らやったら旦那の文句とか子供の面倒とかあるけど、まだ大学生やん。楽しい時期やん」

「そうですけど、なんか……疲れて」

「今ごろから疲れてたらあかんで、まだ何十年もあんのに。彼氏に癒してもらい」

「……いてないですよ」

「ええっ? うそぉ、おったんちゃうん? 隣のレストランでバイトしてる子」

「違います、ただの同級生です」

 楓花が否定すると、パートは残念そうな顔をしていた。確かに晴大は格好良いけれど、全てを信用することはできない。だから楓花もまだ彼には、再会してからは本当の自分を見せたことはない。

「楓花ちゃんが私の娘やったら、あの子なんか大賛成やけどなぁ」

「いや……そんなことないと思いますよ」

 パートたちは晴大の表面しか知らないので、楓花は彼の悪い噂を簡単に話した。信じようとはしてくれなかったけれど、本当のことだ。

「そんだけ女の子ら泣かしてんやったらさぁ、楓花ちゃんも泣かされたん?」

「いえ、私はないです。友達が泣いてて、それ聞いたあとで再会したから……」

「それってさあ、おかしくない? なんで楓花ちゃんを誘えへんのやろ?」

「興味ないんですよ。そんなこと言ってるの何回か聞いてるし」

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