第3章 …大学2年生 前期…
14.スカイクリア
大学二年の最初の日はまた、クラスごとのガイダンスから始まった。クラスメイトとはだいたい週に一度は顔を合わせていたけれど留学していたメンバーもいるし、人によってはこの春休みでイメチェンしていて理解するまで時間がかかってしまう。ちなみにこのクラス単位の授業は、二年以降は数えるほどしかない。
楓花はもちろん彩里も晴大も特に変化はなかったけれど、翔琉は最初に会ったときよりも派手になっているように見えた。服装は見たことがあるけれど、髪色がワントーン明るくなって、ピアスも増えた──気がする。
「翔琉君、何か変わったなぁ?」
「そう? 特別学期の頃に染め直したから、もうみんな知ってると思ってた」
明るく笑いながら話す翔琉は、キャラクターは特に変えていないらしい。
「そういえば楓花ちゃんも彩里ちゃんも、髪伸ばしてんの?」
「うん。成人式でアップしたいから」
「そうそう。短いのも可愛いけど、長いほうがアレンジしやすいし」
「へぇ……。二人とも、振袖着るんよなぁ」
翔琉は見たそうにしているけれど、実際に見るのはおそらく不可能だ。楓花は前撮りは知り合いの美容室からスタジオまで車で送ってもらうことになっているし、当日も違う式場に参加する。見られるとして写真なので、早くても前撮りの後だ。
「くそぅ……。楓花ちゃんて、渡利と同じとこ行くんやろ?」
「まぁ、うん」
翔琉は少し離れて座る晴大をじっと見て、それに気づいた晴大は嫌そうな顔をしていた。彼は翔琉に用事はなかったようで、そのまま友人との会話に戻っていた。
「なぁ、楓花ちゃん……そろそろ答え出た?」
彩里と二人でキャンパス内のカフェにいた楓花は、通りかかった翔琉に呼び出された。カフェの中なので近くを他の学生が通るし、楓花はまだ食事中だ。
「……ごめん、翔琉君とは、付き合われへん」
楓花が言うと翔琉は、やっぱりか、と肩を落とした。
「それは──今は、ってこと? もし俺が楓花ちゃんの好みに変わってたら、アリってこと? 今は、フリーなんよな? 渡利とは何もないんよな?」
「それは、そうやけど……」
それならまだチャンスはある、と翔琉は元気になってどこかへ行ってしまった。楓花はため息をつきながら彩里のところに戻り、前期の授業のことを一緒に考えた。今年もできるだけ多く単位を取って、来年からは少なくしていきたい。
翔琉は喜んでいたけれど、楓花には彼と付き合う未来は見えていなかった。いつか晴大が言っていた通り楓花の両親に翔琉が受け入れてもらえるとは思えなかったし、楓花自身も彼への信用を落としてしまっていた。友人として話すのは問題ないけれど、それ以上の関係を築くのは無理だと思った。
そしてそれは、いつの間にかクラス全員の共通の認識になってしまっていた。早くに二十歳の誕生日を迎えたクラスメイトが先輩に誘われて居酒屋に行き、その帰りに派手なメンバーで騒いでいる翔琉を見かけたらしい。翔琉は夜の街で屯してから、やがて近くのパブへ入っていった。彼はまだ一応は未成年で──まだお酒は飲んでいない、と一年前には言っていたけれど──、その雰囲気が嫌だった、と噂は広まった。
「ほらな、言った通りやろ」
楓花が彩里と二人で翔琉の話をしていると、晴大が割り込んできた。
「付き合っても良いことないわ。まぁ──更正したら、知らんけど」
噂が広まり始めてから、翔琉の姿はあまり見なくなった。ごく稀に出席票に彼の筆跡で名前が書かれていたけれど楓花が姿を見つける前にいなくなってしまっていたし、嘘だと思いたいけれど悪いことをして警察にお世話になった、という噂も聞いた。晴大が嫌われたとき以上に、翔琉はだんだんと名前すら聞かなくなった。
「無事やったら良いんやけど……とりあえず生きてれば」
「もう良いんちゃうん? あんな奴」
それでも楓花は彼の心配をするけれど、晴大はやはり彼が嫌いらしい。彩里も心配しているけれど、同じような学生は少数派だ。
五月の連休に振袖を買ってもらうことになって、楓花は母親と二人で母方の祖父母を訪ねた。祖母の知人が呉服屋をしているようで、祖父には留守番をしてもらって三人で出掛けた。
「楓花ちゃんは何色が似合うかなぁ?」
あれでもないこれでもないと、何色も試してみた結果、定番の赤系で帯には黒を選んだ。母親のときはピンクだった、と祖母は懐かしみながら、草履やバッグ、髪飾りなど細かいものを決めて、最後に届け先を店に伝えてから昼食に向かった。
「おーい、こっちこっち」
祖父とも合流し、入ったのは少しだけ高級な料亭『
「楓花ちゃんのアルバイトしてるホテルの近くにもあるらしいよ」
「へぇ……。あ、もしかして」
料理が運ばれてくる前に気になって調べると、やはりホテルの隣のensoleilléだった。箸袋には店名しか書かれていないけれど、テーブルナプキンの印字は見覚えのあるものだ。
「楓花──、あの店で同級生がバイトしてるって言ってたけど、どんな子?」
晴大のことは割引券をもらったときに両親に簡単に話していた。単に同級生と伝えただけだったけれど、店の雰囲気と客層からそれなりにちゃんとしている人間だと思っているらしい。
「どんなって、普通。成績は良いけどそんなに仲良くもないし、ちょっと性格悪いかな」
「その子は──楓花ちゃんの彼氏?」
「ちがっ、絶対違う。だいたい、性格悪いから嫌われてるし……」
「彼氏はいてるん? 前、水族館行ってたやん?」
「あれは……違う。あれも友達」
言ってから楓花は、心の中で翔琉に謝った。悪い噂は確かにあるけれど、彼のことを〝あれ〟と言ってしまったのが嫌だった。好きにはならなかったけれど、いまも友達だ。
「楓花、あんまり変な子と遊ばんときや? 真面目な子と付き合い。顔はまぁ、二の次やけど、良いに越したことないわ」
と言われてしまうと、そういう男性は今のところ楓花の近くにはいない。だから余計に成人式が楽しみで、地元の友人たちのいまの姿を想像したりする。おそらくほとんどの女性は振袖でほとんどの男性はスーツなので、市内全域から集まる新成人の中から知っている顔を探すのは難しいかもしれないけれど。
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