13.ふりだしに戻る
年が明けて一月のうちに後期試験があった。楓花はまたほとんどの科目でA判定以上が出ていた。興味本位で受講した共通科目のうち社会心理学はなんとかBを貰えていたけれど、認知心理学は予想通りの不合格だった。テキストを見てまずチンプンカンプンだったし、初日には先生から『心理学専攻の学生にもワケわからん話ばっかりです』とか『無理、と思ったら受講やめることをお薦めします』とか『専門にしてるけど儲かる学問ではない』とか言われた。その結果、二回目の授業では学生の数が半分ほどになり、楓花はなんとか最後まで頑張ったけれど、再試を受ける気にはならなかった。
「楓花ちゃんが取るっていうから俺も取ったけど、無理やろあれ。友達で他の大学で心理学専攻してる奴いるんやけど、認知は必須じゃない、って言ってたで」
「やっぱり? 先生どんな頭してんやろなぁ」
翔琉ともしばらくは気まずかったけれど、試験が終わる頃にはもとの関係に戻っていた。もちろん、付き合うことにはなっていないし、そもそも返事がまだだ。
「そういえば渡利も取ってたよな……? おい、渡利、認知どうやった?」
翔琉は晴大とは以前に増して仲が悪く見えるけれど、気になることはちゃんと聞くらしい。
「ああ……悪かったわ。C」
それでも一応は合格しているので、晴大の成績が楓花より良いのは明らかだった。羨ましいけれど、楓花が彼に勉強を教えてもらう予定はない。
クリスマスの夜、晴大が翔琉のことを話し終えると、楓花は難しい顔をしていた。信じたくないけれど、信じるしかなかった。
「俺が見ただけやから、絶対とは言えんかもしれんけどな」
翔琉の周りには、見た目が派手な人が多くて。
バイト先は外国人が多いので確かに英語の勉強にはなっているけれど、カタギではない人が来ることもあるパブで。
そこを紹介してくれた○✕大学の先輩も、そういう人と繋がりがあるらしい。
「まぁ……桧田は今のとこ、まだ染まってはなさそうやけどな。じゃ、俺は帰るわ」
晴大は立ち上がり、入口のほうへ向かう。
「渡利君、あの、その……ごめん、いろいろ」
「……別に」
「なんで翔琉君のこと教えてくれたん?」
「別に、長瀬さんは幼馴染みたいなもんやし、悪くならんように注意しただけ」
「こないだも……翔琉君に、私の趣味を教えたって」
「ああ……どうせ遊びに行くんやったら楽しいほうが良いやろ」
晴大は改めて入口のほうに歩きだし、顔を上げてから足を止めた。そのまま数秒だけ外を見て、楓花を振り返った。
「帰るんやったら、送ってくけど」
「え?」
「暗いし。駅から家まで歩きやろ? ここで置いて帰って後悔すんのも嫌やし」
楓花はいつも駅からは徒歩で慣れてはいるけれど、晴大と話している間にすっかり遅くなってしまっていた。楓花の家の近所は暗いので、晴大はきっと、楓花に何かあったら自分のせいになる、と思ったのだろう。
最寄駅を降りてから、晴大は本当に楓花を家の前まで送ってくれた。
「渡利君って、良い人なん?」
「さあな。噂を知ってんやったら、良くないやろ。……じゃあな」
楓花は家の門扉に手を掛けてから、晴大の姿が見えなくなるまで後ろ姿を見ていた。彼にリコーダーを教えていたときのことを思い出して一瞬、また二人で過ごせたら、と思ったけれど、それは駄目だ、と考えを消した。
後期試験のあとは春休み──ではなく、特別学期になった。全学科共通の講義があって、いくつか受講するとそれは単位に加えてもらえる。普段の共通科目と違っているのは、学生以外でも希望すれば社会人でも受講可能なことだ。楓花は単位は多めに取れているのでアルバイトを詰めて入れようかとも思ったけれど、せっかくなので受講することにした。ただし、少しは勉強から離れたかったので、簡単そうなものを選んだ。
「楓花ちゃんさぁ、翔琉君とはどうなっとるん?」
キャンパスでいちばんお気に入りのカフェは定休日だったので、同じくキャンパス内にあるファストフード店に来ていた。メニューは基本的に外の店舗と一緒だけれど、ソフトドリンクがおかわり自由なのは有難い。先に食べ終えた彩里はドリンクをお代わりしてから楓花に聞いた。
「別に何も……」
「返事はしたん?」
「ううん……でも、断ることになると思う」
楓花は晴大から聞いたことを、智輝の言葉と合わせて伝えた。彩里はもちろん驚いていたけれど、○✕大学の先輩のこともあって反論はしてこなかった。
「たださぁ、それが事実やとしても、ずっと仲良くしてきたし、何かされたわけでもないし、友達としてはこのままで良いか、って思うんやけど」
「そうやなぁ……翔琉君って、ちょっとお茶目で可愛いしなぁ」
「だから──言わんといてな?」
翔琉はあれから楓花には返事を聞いてこなかったし、特別学期に大学で会うこともなかった。サークルに入っているので仲間と出掛けているのかもしれないし、単位はそれなりに取れているようなのでアルバイトを増やしたのかもしれない。
大学生になれば新しい恋をするだろうと思っていたけれど、最初に憧れた智輝には直子というしっかりした彼女がいたし、翔琉とは仲良くはなったけれど友達止まりだった。晴大とは一緒に過ごす時間が多いけれど、そんな話をする関係ではない。春休みの間に一度、楓花はホテルのパートたちを誘ってensoleilléへ行き、たまたま晴大が担当になった。パートたちも彼のことは知っていたようで同級生だと言うと驚かれ、どうして友達止まりなのか、という質問はいつの間にか、楓花ほどの英語力があれば引く手
今のところ、晴大が一番の優良物件だけれど、楓花はまだ彼のことを信頼していない。たとえ好かれていたとしても、付き合うつもりはない。
(もしかしたら来年、化けてる男子に会えるかも)
大学で会う男性の中に恋人候補はいないので、一年後にある成人式で同級生たちと再会するのを楽しみにしていた。当時は平均的な外見の男子が多かったけれど、良いほうに化けてお洒落になった人がいれば声をかけようと思った。高校時代は誰にも会わなかったので、五年間の話もあるはずだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます