12.隠されていたこと

 楓花が見た〝晴大と一緒にいた女性〟はやはり、晴大との関係はすぐに終わってしまったらしい。彼とは共通科目の教室で出会ったようで、『あの人、やめたほうが良い!』と話しながらキャンパス内を歩くのを見かけた。晴大のほうはときどき見かけるけれど、本当にいつ見ても何も変わらない。一緒にいるのは男性の友人で、彼も晴大のようにあまり人と群れようとはしない。教室移動のない休憩時間は勉強しているか机に伏せているかのどちらかだ。

「楓花ちゃん、何見てんの?」

「あっ、ううん、どうしたん?」

「いや? 楓花ちゃん見てただけ」

 楓花と翔琉の関係も変わっていない──けれど。楓花は彼と過ごす時間を増やし、翔琉も友人より楓花の隣にいるようにしていた。もちろん、彩里も近くにいるし、付き合っているわけではないのでベッタリすることはない。

 ただ翔琉は楓花に良いように思われたかったのか、以前より真面目に勉強するようになった。空き時間も図書館で本を読んでいるし、楓花に英語の質問をしてくることも増えた。試験がまだなので成果は分からないけれど、知識は増えているように見えた。アルバイトも外国人客が多いところに変えたようで、日常会話がいちばん勉強になる、と嬉しそうにしていた。

「そうそう、掲示板見た? クリスマスツリーの点灯式やるって」

 キャンパス内に大きなもみの木があって、点灯式は冬の恒例行事になっているらしい。学生の他に地域の人たちも参加可能で、オンラインでも配信されている。

「見たけど、私その日バイトやから行かれへん」

「ええー。マジ?」

「うん。週末やし」

 楓花はまた英語力が上がっているようで、最近はフロントにヘルプで入ることも増えた。もちろん、フロント担当も全員が英語は話せるけれど、稀に分からないこともあるらしい。

「あっ、おい渡利、おまえ……クリスマスツリーの点灯式、行くん?」

 晴大は席を移動しようとしていたようで、荷物を持って翔琉の近くを歩いていた。

「点灯式? 行かんけど。バイトやし」

「ふぅん……でも、誰か女の子に誘われたやろ?」

「まぁな。でもシフト変えられへんし」

「おまえ何その感じ? なんかムカつくわぁ」

 表情をほとんど変えずに答える晴大に、翔琉は明らかに嫉妬していた。翔琉と比べると晴大のほうが成績は良いし、モテているし(長続きしていないけれど)、楓花のことを知っているし、顔を合わせればだいたい翔琉はイラついていた。楓花はどちらの味方もしていないし、どちらかと距離を置くつもりも今のところない。それも翔琉にとってはモヤッとするらしい。

「俺は事実を言ってるだけやけど」

「くっそー。あっ、楓花ちゃん、クリスマスは?」

「ごめん、バイト休まれへん……」

「マジかぁ……。いつやったら空いてる?」

「桧田、おまえ多分──、長瀬さんの親から嫌われるタイプ」

「はぁ? ──ごめん、ちょっと出てくるわ」

「翔琉君!」

 教室から出て行く翔琉を追いかけようとして、楓花は晴大に腕を捕まれてしまった。晴大は特に表情を変えずに楓花を見ていた。

「なんであんなこと言うん? 翔琉君に謝ってよ」

「何を謝るん? 実際そうやろ、紹介しても良い顔はせぇへんやろ」

「そうかもしれんけど……なんで渡利君が言うん?」

「長瀬さん、こないだ両親と三人で店に来てたやろ? 曲がったこと嫌いっぽく見えたんやけど」

 晴大に貰った割引券を使おうと、楓花はアルバイトが休みの日に晴大が働くレストランへ行った。晴大と顔は合わせなかったけれど、彼は離れて様子を見ていたらしい。楓花はごく普通の一般家庭に生まれているけれど、どちらかというと厳しめに育てられた。成績が下がると怒られたし、校風が乱れやすい公立高校よりも規律の厳しい私立高校に行けと言われた。

「俺、言ったよな? あいつには気をつけろって」

「何を根拠にそんなこと……。渡利君だって悪い噂あるくせに、人のこと言えんの? せっかく仲良くなろうとしてんのに、邪魔せんといてよ」

 楓花が言うと晴大は言葉を詰まらせていた。晴大の悪い噂を楓花は高校の頃から聞いていたし、実際に目撃した。

「悪かったな……。でもほんまにあいつ、優しいのは表面だけで良い噂ないぞ。俺のことは──」

 言いたいように言えば良い、と呟きながら晴大も教室を出て行ってしまった。それから少しして授業が始まったけれど、出席確認が終わっても、授業が終わっても、翔琉も晴大も戻ってこなかった。

 それから楓花は翔琉とも、もちろん晴大とも口を聞かないまま冬休みになった。彩里は翔琉と話したらしいけれど、楓花は顔を合わせられなかったし、連絡も来なかった。彼とはもめていないけれど、晴大の忠告を全く聞いていないわけではないので何となく気まずい。

 翔琉が誘ってくれていたクリスマスツリーの点灯式も、クリスマス当日も楓花はアルバイトだったので、ホテルのロビーに飾られたツリーを一人で眺めていた。仕事が終わってから私服に着替え、正面から中に入った。客のほとんどは食事の時間なのでロビーは静かだ。

(私……どうしよう……)

「──おい」

(翔琉君と話したいのに……渡利君があんなこと言うから……)

「おい。長瀬さん」

「はっ、はい、あ──。何?」

 楓花を呼んだのは晴大だった。

 彼もアルバイトが終わり、帰りにホテルの前を通って楓花が見えたらしい。

「隣──座って良いか?」

「……どうぞ」

 晴大は楓花の隣に座り、外は寒い、とか、今日は忙しかった、とかぶつぶつ言っていた。クリスマスで忙しかったのは楓花も同じだ。

「桧田からは何も聞いてないんやろ?」

「……何を?」

「あいつのサークルとか、バイト先とか」

 翔琉は居酒屋でアルバイトをしていて、そこの先輩に○✕大学のアウトドアサークルに誘われた、と楓花は聞いている。アルバイト先は変わったらしいけれど、職種は同じらしい。

「それがどうかしたん?」

「俺、最初の頃に桧田の友達を見てな……。ややこしそうな感じやったから調べた」

 それから晴大は翔琉について分かったことをいろいろ教えてくれた。翔琉は楓花や彩里には学生生活を真面目に謳歌おうかしているように話しているけれど、実際は悪いほうに足を踏み入れてしまっているらしい。

 楓花は初めは信じていなかったけれど、智輝も〝翔琉はやめたほうが良い〟と言っていたし、○✕大学で見た三年生も嫌な感じがしたので、晴大は嘘はついていないと思った。

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