11.踏み出せない理由

「なぁ──、何かあったんか?」

 声がしたほうを見ると、不思議そうな顔をした晴大が立っていた。

 大学のキャンパス内のベンチに一人で座っていると声を掛けられた。全ての学科の共通科目の授業だけで学科別の授業がない月曜日は彩里とは履修が違うので、楓花は一人で過ごす時間がある。図書館で過ごすことが多いけれど、この日はたまたま外で過ごしていた。

「最近あんまり授業に集中してないやろ?」

「別に……。何か用?」

「ああ、これ、俺のバイト先の割引券。いっぱい貰ったから、やるわ」

 晴大は鞄から小さい封筒を取り出した。白い無地のシンプルなもので、隅に店のロゴが──流れるような文字で〝ensoleillé〟と書かれていた。

「十枚あると思うわ」

「えっ、そんなに貰って良いん?」

「他に渡す奴いてないし。親も来ることないし。あ、戸坂さんとかにあげても良いけど、一応、優待券みたいなやつやから、使うとき俺の名前言ってな」

 詳しいことを聞こうとしていると、遠くのほうから晴大を呼ぶ女性の声がした。何となく見たことはあるけれど、楓花は彼女を知らない。楓花よりも可愛くてお洒落で、持ち物もブランドに見えた。

「晴大君、何してんの? その子は?」

「あ──いや、何もない、行くか」

 晴大はそのまま向きを変え、女性と一緒にどこかへ行ってしまった。もしかしたら晴大の彼女なのだろうかと思ったけれど、それ以上のことを考えるのはやめた。彼女もまた明日には泣いているのかもしれないし、けれど楓花にはどうすることもできない。

 翔琉にはまだ、返事をしていない。彼は楓花の成績を知っても何も変わらず、今までと同じように接してくれている。だから楓花も必要以上に気にするのをやめたけれど、どうしてか前には踏み出せなかった。

 気になっている人は、他に誰もいない。

 クラスに仲良くなった男性は他にもいるけれど、彼らとの関係はクラスメイトで止まっている。晴大とはよく話すけれど、彼との関係も何の変化もないし、付き合うつもりもない。楓花が晴大と地元が同じだとはクラス全員が知っているので彼のことを聞きに来る人が初めはいたけれど、最近はまた例の噂が広まったようで誰にも聞かれなくなった。聞かれたところで楓花は詳しくないので、バスケが上手かった、としか言うことがなかったけれど。

 楓花は食堂へ移動して二人分の席を確保した。お昼は何を食べようか、と考えていると、智輝が直子と一緒に入ってくるのが見えた。

「直子さん、お久しぶりです」

「あっ、楓花ちゃん! 元気?」

 直子は智輝と図書館に行っていて、早めの昼食を取ってから午後はデートらしい。

「授業ないんですか?」

「一限だけ入れてたんやけど、先生の都合で休講やって。嬉しいけど、ひどいよなぁ」

 せっかく出てきたので少しだけ勉強していた、と直子は笑った。

「ところで楓花ちゃん──桧田、どうしてる? 告白して返事まだ、とは聞いたんやけど」

 智輝に聞かれ、楓花は唸ってしまった。

「やっぱり楓花ちゃんとは合えへんのちゃうん?」

 直子が智輝に言った。

「どんな子か私は知らんけど……ちょっとチャラそう」

「そうなんよなぁ。あいつ見た目がな……」

「あ──いえ、嫌いではないし、前向きに考えてるんですけど、踏み出せなくて」

 その原因が何なのか楓花にも分からないけれど、少なくとも彼の見た目は関係していない。

「こないだもちょっとだけデートしたんですけど、また返事できなくて」

「俺──ダブルデート誘っといてあれやけど、個人的に桧田はやめたほうが良いと思う」

「えっ? どういうことですか?」

「最初に言ったと思うけど、あんまり良い奴ちゃうねん。あ、でも、やること決めたら一生懸命で、そこは良いんやけどな。桧田と付き合うかは楓花ちゃんが決めたら良いけど、無害って信じれるまではやめたほうが良い」

 智輝の言葉の意味が分からなかったけれど、視界に翔琉の姿が映ったようで見つかる前に二人は食堂から出ていってしまった。楓花も彼とは待ち合わせていなかったので特に声は掛けずにいた。翔琉には気づかれないまま彼は友人たちの輪に混じり、しばらくしてから彩里がやってきた。

 二人で日替わりランチを食べながら、やはり彩里は翔琉とのことを聞いてきた。

「何を迷っとんの?」

「分からん……。さっきちょっとだけ本田さんと話したんやけど、翔琉君はやめたほうが良い、って言われて……意味が分からん」

「こないだデートしたんやろ?」

「うん。別に嫌なとこ無かったから、付き合おうと思ってたんやけど、そんなこと言われたら気になって」

「何か──具体的に言ってた?」

「ううん」

 気になったけれど智輝は翔琉から逃げるように去っていってしまった。そういえば晴大も〝気をつけたほうが良い〟と言っていたな、と思い出して余計に迷ってしまう。

「あ──彩里ちゃん──、私のバイト先の隣のレストラン……行く?」

「え、なに急に? 隣って、渡利君がバイトしとぉとこやろ?」

「うん。さっき外で会って、割引券くれたんやけど」

「へぇー。わ、十五%パーオフってすごいな。……五千円以上の場合、一人一枚、やって」

 割引率はありがたいけれど安いレストランではないし、そもそも交通費が高くなるからと彩里は貰ってくれなかった。

「バイト帰りとかにパートさん誘って行こうかなぁ」

「渡利君は? それくれてからどっか行ったん?」

「──誰か知らんけど、可愛い女の子とどっか行った」

「うわぁ……とうとう見たんか」

 晴大がいつも違う女性と歩いている噂は何度も聞いていたけれど、彩里はまだ見たことがないし、楓花も初めて見た。晴大はいつも通りだったけれど、女性は嬉しそうに目を輝かせているように見えた。

「渡利君って、優秀やし、遊んでる風には見えんけどなぁ。どっちかと言うと、翔琉君のほうが遊んでそう」

「うーん……やっぱ、そう見えるよなぁ」

 翔琉の外見のことは気にしていないつもりだったけれど、晴大と比べると遊んでいるように見える。楓花にはいつも優しく接してくれているけれど、文化祭のときに○✕大学で会った彼のバイト先の先輩には冷たいものを感じてしまった。それは、彩里も同じだったらしい。

 見た目やイメージが人の全て──ではないけれど。

 楓花にはまだ、正解が分からなかった。

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