10.三角関係?

 ○✕大学は楓花が通う大学より遠くにあるので、楓花はいつもより──二限から授業の日より早く家を出た。幸い、電車で晴大に会うこともなく、席も取れたのでうとうとしながら一時間ほど揺られ、いつもと同じように乗り換えて、いつも降りる駅は通り過ぎてもう少し先へ行き、家を出て二時間を過ぎてからようやく駅構外に出た。彩里とはそこで待ち合わせていて、○✕大学までは長い坂道を上ることになる。

「うわぁ、キツそうやなぁ……」

「学生はバスあるんやって」

 勾配は緩やかではあるけれど、距離があるので運動不足の楓花と彩里には辛い時間だった。夏を過ぎて気持ち良い風が吹いていることが唯一の救いだ。二人の他にも○✕大学の文化祭に来ている他大学の学生はたくさんいて、全員が呼吸を乱してしまっていた。

「はぁ……着いたぁ」

 正門で配られていた屋内催し物の案内をもらってから、翔琉がいるはずの屋台を探した。キャンパスが広いのであちこち歩き、一周したところでようやく姿を見つけた。

「なんやぁ、逆に回ったらすぐやったんや」

「お疲れ。坂上って歩いて、疲れたやろ?」

 翔琉は店の前に出てきて、ははは、と笑っていた。まだお昼には早いので焼きそばを買いに来る人はいない。

「ん? 桧田──その子が例の?」

 鉄板のほうを見て調理していた男性が顔を上げて楓花を見ていた。

「あ、はい」

「これ、好きなのあげて。喉乾いてるやろし」

「良いんですか?」

「おまえの奢りな?」

「えっ、俺の?」

「ははっ、俺出すから。二人とも、好きなん飲み」

 焼きそばと一緒に売っていたペットボトル飲料をくれると言うので、楓花はお茶を選んだ。彩里ともお金を出すと言ったけれど、奢るから、と受け取ってもらえなかった。

 彼は翔琉のバイト先の先輩で、○✕大学の三年生らしい。雰囲気は翔琉と似ているけれど、何となく嫌な感じがした。気遣いはありがたかったし笑顔で話してくれるけれど、最初に楓花を見たときの表情が品定めしているように見えた。

「楓花ちゃん、俺、昼には終わるから、そこの正門で待っててもらって良い?」

「うん。あ──お腹は空かせといたほうが良いんかな?」

「そうやな……あ、軽くなら大丈夫」

 翔琉とは昼過ぎに待ち合わせることを約束し、楓花は彩里と一緒に催し物のある建物に入った。楓花が通う大学も学生の数が多いけれど、○✕大学も同じくらいだ。レベルはそれほど違わないし学べることも似ているけれど、受験しなかったのは単純に通えないからだ。一人暮らしをすれば通えたかもしれないけれど、楓花の選択が良くなかったとはいまは思っていない。

 いくつかの催し物を見て、彩里が友人と合流してから楓花は一人で正門に戻った。朝から歩きっぱなしでお腹は空いていたけれど、美味しそうな食べ物の屋台がたくさん出ていたけれど、楓花は我慢してお腹を空かせたままにしていた。これから翔琉と行くカフェの食事を楽しみたかった。

「楓花ちゃん!」

 翔琉のほうが先に待ってくれていた。

「ごめん、待った?」

「ううん、腹減ったわぁ、俺、ソースのにおいしてない?」

「大丈夫、してない」

 カフェは隣町にあるようで、楓花は翔琉と話をしながら坂道を下りて、電車に乗った。昼間なので乗客はまばらで、けれど駅から近いカフェの駐車場は車がいっぱいだった。

「良かったぁ、電車で」

「翔琉君……免許持ってるん?」

「ううん、まだやけど……車やったらコインパーキング探さなあかんかったかもな」

 店内もやはり満席だったようで、しばらく待ってからようやく席に案内してもらった。天井が高くシーリングファンがいくつかあって、とても開放的だった。家具は北欧のもので統一されていて、店の中央に置かれたグランドピアノはナチュラルな木目がきれいなピュアオークだ。

「すごい、黒じゃないピアノ初めて見た」

「そうやな……だいたい黒よな? 楓花ちゃんはピアノ弾けるんやろ?」

「うん。もう長いこと弾いてないけど」

 楓花がピアノを見ていると、着飾った男性が二人出てきた。一人はアコースティックギターを持っていて、もう一人はピアノの前に座った。演奏された曲を楓花は知らなかったけれど、聴いていて笑顔になっていたようで、いつの間にか翔琉に見つめられていた。

「楓花ちゃんのピアノ聴いてみたいなぁ」

「いや、もう無理無理。指が動かんと思うわ」

 注文した料理が届けられ、楓花は演奏を聴きながら食べた。演奏は上手くて料理も美味しくて、どちらかひとつに集中はできなかった。

「渡利は聞いたことあるんやろ?」

「え? あ──うん。そもそも出会いが音楽室やったし」

「音楽室? 何かしてたん?」

「違う違う、私が一人で弾いてたら、知らん間に聴かれてた。先生を探しに来たみたいで……。横におったのはその時だけやと思うけど」

「そうなん? 実は、楓花ちゃんがピアノ弾けるって、あいつに聞いた」

 翔琉は楓花をデートに誘う前、晴大から楓花の趣味を聞いていたらしい。彩里にも聞いたけれど詳しくは知らなかったので、迷った末に晴大に聞くことにした。もちろん晴大も楓花の趣味は知らなかったけれど、最後に思い出したように〝そういえばピアノ弾いてたな〟とポツリと言ったらしい。

「あいつ最近、楓花ちゃんに何も言ってきてない?」

「そうやなぁ……夏休みに一回だけバイト帰りに一緒になったけど、後期になってからは」

「渡利とは何もないって言ってたけど、告白もされてない?」

「うん。されてない。多分やけど、私に興味ないんちゃうかな」

「それなら、良いんやけど……」

 翔琉は安心したのか、カフェに入ってからようやく笑顔になった。つられて楓花も笑うと、翔琉は食後のアイスコーヒーを思いっきりストローで吸った。それがおかしくてつい声を出して笑ってしまった。

「今日、俺、バイト入ってもぉたから夕方には行かなあかんのやけど……こないだの返事、聞いて良い?」

「──ごめん、まだ答え出てない。でも翔琉君のことは嫌いじゃないから、前向きには考えてる」

「楓花ちゃん、ほんまは……俺なんかより、だいぶ頭良いんやろ? 渡利が言ってた。俺が知ったら傷つくから黙ってたって」

 成績が理由で離れられるのが嫌だったことも、晴大から聞いたらしい。

「優しすぎやわ。ま、それも含めて好きなんやけどな」

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